道徳的動物日記

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文化と倫理

自立の倫理、共同体の倫理、神聖の倫理(『社会はなぜ左と右にわかれるのか』読書メモ③)

社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学 作者:ジョナサン・ハイト 紀伊國屋書店 Amazon ハイトは、文化心理学者のリチャード・シュウィーダーによる「三つの倫理」の考え方を紹介している。 「自立の倫理」は、「人間は第一に、欲求…

リベラルが「分裂」する理由(読書メモ:『リベラル再生宣言』)

リベラル再生宣言 (早川書房) 作者:マーク リラ 早川書房 Amazon マーク・リラの「アイデンティティ・リベラリズム」論についてはトランプ当選直後の記事を自分で訳した*1。『リベラル再生宣言』も以前に図書館で借りて読んだことはあるが、メモを取るために…

「徳」とアイデンティティ(再読メモ:『IDENTITY:尊厳の欲求と憤りの政治』)

IDENTITY (アイデンティティ) 尊厳の欲求と憤りの政治 作者:フランシス・フクヤマ 朝日新聞出版 Amazon 以前にもこのブログで何度か扱ってきた本なので、簡潔にメモ。 ・女性が同一賃金を求める理由について「メガロサミア(優越願望)」の観点から説明して…

生物学者に「道徳」は語れるか?(『社会はなぜ左と右にわかれるのか』+『社会はどう進化するのか』読書メモ)

社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学 作者:ジョナサン・ハイト 紀伊國屋書店 Amazon 〔ジョシュア・グリーンによる「カントの魂の密かなジョーク」論文に関して〕 これは統合知の格好の例である。ウィルソンは一九七五年に、「倫…

デュルーケム流功利主義とダーウィン左翼(『社会はなぜ左と右にわかれるのか』読書メモ②)

社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学 作者:ジョナサン・ハイト 紀伊國屋書店 Amazon 前回の記事ではジョナサン・ハイトによる「道徳基盤理論」をかなりディスって、『社会はなぜ左と右にわかれるのか』という本自体についても辛め…

保守の道徳はリベラルより「広い」のか?(『社会はなぜ左と右にわかれるのか』読書メモ①)

社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学 作者:ジョナサン・ハイト 紀伊國屋書店 Amazon ジョナサン・ハイトの『社会はなぜ左と右にわかれるのか:対立を越えるための道徳心理学』は、大学院生のころに原著の The Righteous Mind のほ…

現代だからこそパターナリズムが正当化される理由(『啓蒙思想2.0』読書メモ⑨)

啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために 作者:ジョセフ・ヒース NTT出版 Amazon 先日の記事でも述べたように、現代社会は、わたしたちの報酬系や認知バイアスの欠陥をついて健康と時間(とお金)を奪うような商品やシステムで溢れており、そういう…

インターネットで「言論」は成立するか?(『啓蒙思想2.0』読書メモ⑦)

啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために 作者:ジョセフ・ヒース NTT出版 Amazon 政治的言説の質にインターネットが与える長期的な影響はまだはっきりとわからない。これはテクノロジーが急速に変化しているからでもあり、伝統的なメディアーー特に…

ファストフードとゲームは依存を悪化させて健康と時間を奪う(『啓蒙思想2.0』読書メモ⑥)

啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために 作者:ジョセフ・ヒース NTT出版 Amazon 『啓蒙思想2.0』の主なテーマは「非合理化する政治」であるが、現代社会では、政治に限らずわたしたちの「生活」全般が、非合理なものとなっている。 これまでの記事…

左派が「共感」に訴えられない理由(『啓蒙思想2.0』読書メモ⑤)

啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために 作者:ジョセフ・ヒース NTT出版 Amazon 『啓蒙思想2.0』では、政治や言論をめぐるアメリカの状況がとにかく「不合理」なものとなっていることが、繰り返し指摘されている。ヒースは、現在における「不合理」…

人種差別は「本能」ではない(『啓蒙思想2.0』読書メモ④)

啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために 作者:ジョセフ・ヒース NTT出版 Amazon 心理学者のジョナサン・ハイトは、『社会はなぜ右と左にわかれるか』などの著作や諸々の記事などで、人間には「部族主義」の本能(バイアス)が備わっていることを何…

反合理主義としてのフェミニズム(『啓蒙思想2.0』読書メモ③)

啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために 作者:ジョセフ・ヒース NTT出版 Amazon ジョセフ・ヒースはカナダ人であるけれど、『啓蒙思想2.0』における彼の問題意識は、ティーパーティーに代表されるように近年のアメリカで不合理で反動的な右派の運動…

対等願望、優越願望、承認欲求、民主主義

IDENTITY (アイデンティティ) 尊厳の欲求と憤りの政治 作者:フランシス・フクヤマ 朝日新聞出版 Amazon フランシス・フクヤマの『IDENTITY:尊厳の欲求と憤りの政治』はこのブログでも何度か扱ったが、あまり高く評価してきたわけではなかった*1。しかし、ポ…

伝統を守ればいいというものではない(『啓蒙思想2.0』読書メモ②)

啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために 作者:ジョセフ・ヒース NTT出版 Amazon 前回の記事で書いた通り、理性とは不自然なものであり、せいぜいが適応の副産物に過ぎず、その力は限られている。 たとえば、野球でボールがフライとなったとき、外野…

『ニコマコス倫理学』読書メモ

他の箇所で細々と書いていたメモを、こちらにまとめる。上巻はしっかり読んだけど、下巻ではかなり力尽きています。たぶん誤字脱字もかなり含んでいるけどとりあえず無視。 (まずは上巻) ニコマコス倫理学(上) (光文社古典新訳文庫) 作者:アリストテレス…

ネットリンチと「非難」の問題

ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち (光文社新書) 作者:ジョン・ロンソン 光文社 Amazon 『ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち』から引用する*1。 最初に何人かが「ジャスティン・サッコは悪人だ」と意見を述べた。その何人かに対して即座に称賛…

「進化政治学」はそんなにおかしいのか?

www.asahi.com note.com 広島大学の伊藤隆太氏の発言が差別的であるとして問題視されており、それにあわせて、彼の研究分野である「進化政治学」も批判の対象となっている。 わたしの目から見ても伊藤氏の発言のうちのいくつかは差別的であり、解雇まで求め…

資本主義から逃れることはできるか?(できません) - 読書メモ:『資本主義だけ残った』

資本主義だけ残った――世界を制するシステムの未来 作者:ブランコ・ミラノヴィッチ みすず書房 Amazon 『資本主義だけ残った』では、アメリカを代表とする「リベラル能力資本主義」と中国を代表とする「政治資本主義」、現代の社会に存在するふたつの形の資本…

読書メモ:『ベジタリアン哲学者の動物倫理入門』&『はじめての動物倫理学』

ベジタリアン哲学者の動物倫理入門 作者:浅野 幸治 ナカニシヤ出版 Amazon はじめての動物倫理学 (集英社新書) 作者:田上 孝一 集英社 Amazon どちらも日本人の哲学者によって書かれた動物倫理学の入門書であり、同時期に出版された*1。基本的な構成はどちら…

内田樹の「被害者の呪い」論

blog.tatsuru.com たまたまの偶然で、2008年に内田樹が書いたブログ記事が目に入ってきた*1 この記事は、直接的には、当時開催されていた北京オリンピックの「聖火リレーをめぐる騒動」について言及したものである*2。また、文中には「統合失調症」について…

社会的制裁のなにがよくないのか

anond.hatelabo.jp 普段ははてな匿名ダイアリーの投稿にはあまり反応しないのだけれど、最近の事例についてはいろいろと思うところがあるので、昨日にTwitterに下記のような投稿をした。 社会的制裁を生み出すような道徳感情は集団や社会の秩序を維持したり…

「傷つき」と表現の自由(読書メモ:『表現の自由を脅すもの』)

gendai.ismedia.jp 昨日に公開された現代ビジネスの記事ではジョン・スチュアート・ミルの『自由論』を紹介したが、ミルと同じようなタイプの主張を現代において行なっている本である、ジョナサン・ローチの『表現の自由を脅すもの』にも目を通してみた。現…

「自由」にケチをつけるな(読書メモ:『自由の命運 : 国家、社会、そして狭い回廊』)

[まとめ買い] 自由の命運 国家、社会、そして狭い回廊 作者:ダロン アセモグル,ジェイムズ A ロビンソン Amazon もう図書館に返却してしまって読み直せないので、浅い感想をメモ的に残しておく。 『自由の命運』は経済学の本(制度論の本)であり、様々な時…

社会性の収斂進化、「社会性」は「善」であるのか?(読書メモ:『ブループリント:「よい未来」を築くための進化論と人類史』)

ブループリント:「よい未来」を築くための進化論と人類史(下) 作者:ニコラス・クリスタキス ニューズピックス Amazon この本のメインの主張である「青写真(社会性一式)」に関する議論などは先日の記事で紹介したので、今回は、感想とか気に入った部分の引…

「正しい怒り」は存在するか?(読書メモ:『怒りの人類史:ブッダからツイッターまで』)

怒りの人類史 作者:バーバラ H ローゼンウェイン 青土社 Amazon 「人類史」とは書いてあるが、内容は思想史のそれ。主に西洋で「怒り」という情動とはどのようにみなされてどのように扱われてきたか、ということが論じられている。 第一部では怒りを否定する…

愛情と結婚の進化論と人類史

ブループリント:「よい未来」を築くための進化論と人類史(上) (NewsPicksパブリッシング) 作者:ニコラス・クリスタキス ニューズピックス Amazon 『ブループリント:「よい未来」を築くための進化論と人類史』では、基本的には進化心理学や文化進化論などの…

なぜ、不倫されたら傷付いて、嫉妬するのか?(読書メモ:『不倫と結婚』)

不倫と結婚 作者:エスター・ペレル 発売日: 2019/03/15 メディア: 単行本 著者のエスター・ペレルはセラピストであり、多数のカップルの不倫問題について現場で扱ってきた。この本は著者がセラピーしてきた男女たちによる様々な事例に基づきながら、「不倫」…

芸術家やリベラルが不倫をしやすい理由(読書メモ:『もっと!愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』)

もっと! : 愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学 作者:ダニエル・Z・リーバーマン,マイケル・E・ロング 発売日: 2020/10/02 メディア: 単行本 研究者らが発見したのは、ドーパミンの本質は快楽ではまったくないという事実だった。ドーパミ…

「恋愛」とは自然なものなのか(読書メモ:『女と男のだましあい:ヒトの性行動の進化』)

女と男のだましあい―ヒトの性行動の進化 作者:デヴィッド・M. バス メディア: 単行本 原著は1994年、邦訳も2000年とかなり古く、進化心理学の本のなかでは「古典」の部類に入るものだ。そして、古典なだけあって、進化心理学の考え方のなかでももっとも基本…

読書メモ:マーサ・ヌスバウムによる「性的モノ化」論

davitrice.hatenadiary.jp ↑ ひと月ほど前にこのブログに掲載した記事でも間接的に取り上げた、マーサ・ヌスバウムによる「性的モノ化」論文について、以下の書籍に収録されているバージョンを読んでみたので、感想や考えたことを書いておこう。 Sex and Soc…