道徳的動物日記

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陰謀論としての「ピンクウォッシュ」

davitrice.hatenadiary.jp

 

 イスラエルに対する「ピンクウォッシュ」という批判(イスラエルの同性愛やその他のセクシュアル・マイノリティへの環境的な風土や政策は、パレスチナ人に対する人権侵害を隠蔽するためのイメージ戦略に過ぎない、という理論による批判)についての記事は以前にも訳したのだが、今回あたらためて紹介することにする。

 下記の二つの記事の中から、特に「ピンクウォッシュは陰謀論である」という批判をしている部分を取り上げて紹介。

 

 

 

www.queerty.com

 まず紹介するのは、Queertyというwebサイトに掲載された「ピンクウォッシングという主張に反対する、あるいはなぜ私はイスラエルを支持するゲイであるか」という記事。著者のジェイソン・リットマンはユダヤ系アメリカ人で、イスラエルにも度々行っており、イスラエル内のLGBTの権利を支持する団体とイスラエルを支持する団体などで活動しているようだ。

 

 

『ニューヨークタイムス紙の署名入り記事「イスラエルとピンクウォッシング」で、ユダヤレズビアンの作家・脚本家のサラ・シュルマンは「ピンクウォッシュ」という単語を「イスラエルにおけるゲイの生活に表現されるような現代性のイメージでパレスチナ人の人権に対する暴力を隠すための、計画的な戦略」と定義している*1

 ピンクウォッシングとは、ミスリーディングな単語である。この単語はイスラエルにおけるゲイの扱いは単なる(訳注:同性愛者や先進国からの)人気取りであるということを意味しているが、それには全く根拠がない。イスラエルでゲイが送っている生活の豊かさや多様さは周辺地域で起こっている別の問題から目を逸らさせるための政府による陰謀に過ぎないのだと、ピンクウォッシュ批判の活動家たちは本気で思っているのだろうか?イスラエルという広範囲において、ゲイが実際に過ごしている生活を捏造するのは、相当難しいだろう。

 プロガバンダという目的のためだけに、(訳注:ゲイに対する)寛容だけではなく受容まで行うような世論を創造することなんてできるわけがないのだ。

 ゲイ・コミュニティに対する進歩的な態度はパレスチナ人に対する特定の暴力を隠すために使われている、とシュルマンのような人たちは主張しているが、それなら彼女たちはイスラエルをウーマンウォッシング(イスラエルで女性が持っている権利のために)、スピーチウォッシング(言論の自由のために)、プレスウォッシング(出版の自由のため)、その他の罪でもイスラエルを糾弾するべきだ。

 …(中略)…

 私は、イスラエルにおけるパレスチナ人の扱いやイスラエルの政策を批判する人と争おうとは思っていない。他の数多くの国々よりも、ユダヤ人国家であるイスラエルだけが選択的に批判されてはいるのだが。活動家たちは、他の問題を取り上げるために、イスラエルにおけるLGBTの権利の記録を永久的に捨て去ろうとしている。

 これは間違っているだろう。』

 

www.slate.com

 

 この記事は以前にも紹介したが、Slateというwebページで法律とLGBTQに関する記事を書いているマーク・ジョセフ・スターンという人による「LGBTQ左派は反ユダヤ主義の問題を抱えている」という記事。

 2016年のCreating ChangeというアメリカのLGBTQ団体の全国会議において、A Wider Bridge(アメリカ内のユダヤ人LGBTQとイスラエル内のLGBTQコミュニティをつなげることを目的とした団体)がJerusalem Open House for Pride and Tolerance(イスラエルのLGBTQ団体)を招待した際に起こった事件について書かれたもの。

 会議が開催される前から反イスラエルの活動家たちが会場で「シオニズム」「ピンクウォッシュ」と批判し、登壇者の正体をキャンセルしようとしていた。運営は招待をキャンセルすることはしなかったが、当日の会場でも抗議者たちは「ピンクウォッシュをキャンセルしろ」や「シオニズムはクソだ」と書かれた看板を掲げなから抗議して、登壇者を会場から退場させた、という事件である。

 

『(前略。直前の段落では、イスラエルパレスチナ政策について批判的な意見が書かれている)…だが、Wider Bridge とJerusalem Open Houseは、イスラエルによるパレスチ人の征服を支持していない。実際には、どちらの団体もイスラエル-パレスチナ論争には特に関わっていないのだ。どちらの団体も、平等な権利をイスラエルのLGBTQの人にもたらすことと、運動の戦略を共有するためにイスラエルとアメリカのそれぞれのLGBTQコミュニティの間のつながりを育てることに集中した活動を行っているのだ。

 しかしながら、Creating Changeに居た200人の抗議者たちにとっては、団体がイスラエルと関係があるということだけでも充分であったようだ。彼らはWider Bridgeが「ピンクウォッシング」に協力していると怒りながら糾弾した。あるピンクウォッシュ理論家によると、イスラエルがLGBTQの人々に市民権を認めようとすることは、実は、他の場所でイスラエルが行っている人権侵害を隠そうとする狡猾な試みに過ぎないのだそうだ*2イスラエルは職業差別からLGBTQの人々を保護したり、軍隊の中でオープンに打ち明けることを認めたり、カップルが養子を得ることを認めたり、他の場所で行われた同性婚を認めたりしているのだが…だが、ピンクウォッシュ理論によると、これらの達成は全て策略なのである*3。実際にはイスラエル人はLGBTQコミュニティにゴミを投げつけているのであり、パレスチナ人の苦しみの声が聞こえてくる時にだけ寛容について大声で言い立てるのだ、とのことだ。

 ピンクウォッシュという概念は、非常に侮辱的なものだ。この概念は、他の集団に対する抑圧を隠すという目的を除けばイスラエル政府はLGBTQの権利を向上させることに関心を持っていない、と推測している。このような推測はイスラエルに対してだけ向けられるものだ。フランスが同性婚を合法化した時に、それはロマの移民に対する酷い虐待から目を逸らそうとする試みだ、とフランスを批判した人はいない*4南アフリカ同性婚を合法化したときに、未だに存在する苦痛に満ちたアパルトヘイトの残滓から注意を逸らそうとしているのだ、と考えた人はいない*5。だが、多くのLGBTQ活動家たちが、イスラエルが性的マイノリティに権利を拡大することについては悪意のある動機を躊躇なく見出している。

 ピンクウォッシュという批判の妥当性に対する私の意見を変えるつもりはない。また、イスラエル一般に対する擁護をするつもりもない。イスラエルによるパレスチナ人に対する扱いは擁護不可能となり続けているのだ。むしろ、私は200人の抗議者たちに、正確に聞いてみたいのだ。なぜ、それらの団体がつながっている国の罪のために、A Wider Bridge とJerusalem Open House に罰を与えたのか? Creating Change に参加していた団体のかなり多くが、非常に不正な法律や政策を実施している国に基盤を持つ団体であった筈だ。かなり多くの参加者たちが、イスラエルよりも遥かに抑圧的な国からやってきた筈だ。だが、抗議者たちはそれらの人々を選択的に抜き出して批判したりはしなかった。その代わりに、イスラエルとアメリカの団体がスポンサーとなっていてイスラエル人の登壇者たちが登場するレセプションの時にだけ、抗議者たちは会場を襲撃した。言い換えるなら、抗議者たちはユダヤ人たちが集まっていたレセプションを襲撃したのである。

 イスラエルに対する敵意の全てが、ユダヤ人に対する敵意と重なるわけではない。しかし、もしその敵意がイスラエルに対する一般化された憎悪からもたらされるものであり、イスラエルユダヤ人は邪悪な動機を持っているはずだという理論となり、二つのユダヤ人団体に対する醜い待ち伏せ行為に表れているようなものとなったなら、反シオニズム反ユダヤ主義を分ける一線はひどく曖昧なものとなってしまう。私は、抗議者達が悪意のある反ユダヤ主義者であったとは思わない。だが、私は、抗議者達の多数派がユダヤ人とイスラエルについての反ユダヤ主義に根付いた考えに影響されて行動していた、と疑っている。抗議活動の陰謀論的な傾向や、イスラエルの悪事に関してアメリカのユダヤ人を非難することをためらわない抗議者達の傾向は、反ユダヤ主義的なパライノアから発生したものである可能性が高い。激怒した集団がユダヤ人の登壇者を攻めたてる、という抗議の形も、過去の反ユダヤ暴力を思い起こさせるものだ。』