道徳的動物日記

動物や倫理学やアメリカについて勉強したことのある人の日記です。

私はこの記事を書くべきではない ー ある非・左翼的大学教授の告白 by ジョージ・ヤンシー

 

 

 今年のアメリカの大学では例年にも増して学生による抗議運動が盛んであったらしい。ミズーリ大学では人種差別に適切な対応をしなかったという理由で学生に抗議された学長が辞任した*1。イェール大学では、ハロウィンにて人種差別やマイノリティ差別につながる可能性のある仮装を許可されるべきかどうかということが問題になり、「少しくらい不適切であったり攻撃的だと感じる人がいる可能性のある仮装でも、認めていいと思う」という趣旨の文章が含まれたメールを書いた教授とその夫(教授であり学部長でもあるようだ)への抗議運動が巻き起こった*2

 現地の大学教授や知識人のなかには、これらの抗議運動に対して批判的な人も多い。例えば、社会心理学者のジョナサン・ハイトは、抗議運動の偏狭さと過激化についてオンラインの記事やTwitterなどで度々懸念を表明している*3

  私はアメリカに住んでいる訳ではないし、目にしている情報の多くは抗議運動に批判的な教授たちによって紹介されたものだから偏りやバイアスがあるかもしれないが、観測範囲で判断する限りでは素直に賛同できない事態であるように思える。

 

 今回紹介する記事はアフリカ系アメリカ人の社会学者、ジョージ・ヤンシーが11月にストリーム誌で発表したものである。

I Should Not Write this Op-Ed: Confessions of a Non-Leftist Professor | The Stream

 

 彼自身の公式サイトによると、ヤンシーはアメリカ社会におけるキリスト教徒に対する差別やアカデミズムにおけるキリスト教徒への偏見を主な研究対象としているようだ*4。5月には「教育のドグマ」と題された記事を発表し、アメリカの大学では教授や学生たちの多数が左派的な特定の意見を支持して他の意見を軽視していることを批判している。

Education Dogma

 

 以下は記事の私訳。省略や改変をしたつもりはないが、翻訳が難しかった部分などはところどころ文章を意訳している。また、記事内で貼られている他のwebページへのリンクは一部を除いて省略している。

 

 

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私はこの記事を書くべきではない ー ある非・左翼的大学教授の告白 by ジョージ・ヤンシー

 

 

  ここ最近の大学で起こっている争いからなにか学べることがあるとすれば、現在のキャンパスで信奉される価値観に従わない人間は黙っておいたほうがいい、ということだ。何か発言しようとする時には非常に慎重にしなければいけないし、何も発言しないほうが身のためだろう。言論の自由・寛容・大学の目的・人種差別など、複雑で厄介な問題について発言した人たちはいる。しかし、イェール大学、ミズーリ大学コロンビア校、クレアモント・マッケナ大学、イサカ大学で起こった諸々の争いから学べる教訓は、抗議運動を行っている学生たちが奉じているようなドグマに疑問を投げかけたらクビになって大学から追い出される、という単純な事実だ。私の言い方は大げさだと思うだろうか?それなら、学生の要求に従わない教授たちがどんな目にあうか、オスカー・ロバート・ロペズやキャロル・スウィエンに聞いてみるといい*5

 ロペズやスウェインのような不運な教授たちは、人種差別を犯したという咎で告発されることが多い。アフリカ系アメリカ人として私は人種差別を憎むし、人種差別をされる経験もしてきた。私は、異なる人種の人たちの連帯を実現するために努力をしてきた。自分が同意しない人と同じテーブルに座って彼らの意見に耳をかたむけるという、困難な仕事も行ってきた。抗議運動を行っている学生たちには、他人と同じテーブルに座って、その人の意見に耳を傾ける気はあるのだろうか?もし彼らの態度が「私は議論なんてしたくない。私は自分の苦痛について発言したいんだ」と言ったイェール大学の学生と同じものであったら、コミュニケーションが起こる可能性は全く無いだろう。人種差別を終わらせると発言している学生たちは、自分たちに同意しない人をクビにすることを要求している。もし彼らが自分たちの要求を受け入れさせることに成功したなら、皮肉なことに、それは人種的な疎外と争いを存続させることになるのだ。

 また、マイノリティの大学教授であったら人種差別の咎で告発されることはない、とは思わないでほしい。ロペズ教授もスウェイン教授も有色人種だったが、その事実は彼らを守らなかった。私は研究を行ってきて、職務として講義などを行ってきた。しかし、近年のイデオロギー的な熱狂に私が不平を言っていることに目を付けて問題化しようとする学生がもし存在したら、私が職務を果たしてきたということは考慮されるだろうか?私は自分の同僚たちとは良い関係を築いているが、もし私がポリティカル・コレクトではないことを言ったとして、同僚たちとの関係は私を守ってくれるだろうか?いいや。私がいまこの記事を書いていることは、自分の職業的安全を考慮すると、賢い行為ではない。しかし、私がここで言っていることは、誰かが言わなければならないことなのだ。

 学生が元々持っていた意見や想像を肯定するだけのことは、大学教授の仕事とは言えない。自分が抱いているものとは別の観点から物事を考えることができるように学生たちを促すことが、私たちの本当の仕事だ。私は、学生たちが安全圏を求める原因である彼らの懸念を聞きたいし、それを尊重したいと思う。しかし、最近の社会的・政治的要求に従わないと仕事が奪われるかもしれないという、教授たちが置かれている状況は、安全なものだと言えるだろうか?アカデミズムには保守的なキリスト教徒に対して偏見が存在するという証拠がある。抗議運動を行っている学生たちには、大学が全ての人たちにとっての安全圏であることを本当に望んでいるのだろうか、それとも、自分たちが好む人たちにとってだけの安全圏であることを望んでいるのだろうか?

 近頃の争いには、様々な原因が存在している。メリッサ・クリックのような大学教授は、私たちが近年目にしているようなドグマ的な運動の下地を長年にわたって作ってきた*6。大学の管理者たちは抗議活動を行っている学生たちと対立することを恐れ、自分たちとは違う観点から物事を考えるように学生たちを促すことをせずに、ただ単に学生たちの要求を聞き入れるという簡単な解決策に飛びついてしまう。近年では私たちの社会は多くの面で分極化しており、大学の学生たちは単に社会の状況を反映しているといえる。かなり多くのキリスト教徒が大学に入ることを止めてしまっているので、大学は、左翼的なドグマに従わない人を罰することを欲求する学生たちの手に落ちてしまった。これは長年に渡る問題であり、一晩で解決することができると考えるのは馬鹿げているだろう。

 そして、この問題を解決するには時間がかかるということも、左翼ではないとして批判されるのを承知で私がこの記事を書かねばならない理由だ。大学を全ての個人に対する真正な尊敬のもとに異なる意見が議論される場所にするための、長い道のりを私たちは歩み始めなければならない。私たちは、自分たちが自己反省をするとともに学生たちにも自己反省をするように促すという難しい過程を始めなければならない。私たちは学生の意見に慎重に耳を傾けるべきだし、彼らが学習を行うことのできるような環境をつくる努力をするべきだ。しかし、ある種の安全を彼らが必要としているとしても、自分自身の意見を問い直してくるような考えから彼らを守り続けるべきではない。

 最後に、大学を包括的な場所にしたいなら、左翼的ではない研究者たちも大学内で役割を果たすことができるようにするべきだ。一部の学生が嫌がるようなコメントをしたり一部の学生が嫌がるような考え方を支持したとしても、仕事が奪われる危険性が無いようにするべきだ。左翼的ではない教授たちの利益を考慮する気もないような人たちは、自分たちは大学に包括性や多様性を求めていると主張するべきではない。そういう人たちは、自分が同意できる人たちだけを大学に含めたがっているのだ。この点で、悲寛容なキリスト教原理主義者としてあまりにも頻繁に喧伝されるステレオタイプと彼らはそっくりである。

 

 

 

*1:

米ミズーリ大学長が辞任、人種差別対応で学生が抗議 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News

*2:

Yale students protest over racial insensitivity and free speech. 

The Halloween Costume Controversy at Yale's Silliman College - The Atlantic

*3:

True Diversity Requires Generosity of Spirit | HeterodoxAcademy.org

 

 クレアモント・マッケナ大学で学部長のメアリー・スペルマンが「マイノリティの学生でも安全に感じられる環境を大学内に作ることを怠ってきた」という理由で学生に抗議運動を起こされて辞職した件についての、ハイトの発言。抗議運動を起こした学生はスペルマンからのメールを悪意を持って解釈していたことや、問題についての審理中にスペルマンが涙を抑えるために手を顔に当てたことを学生たちが「審理中にスペルマンは居眠りした」と断定して抗議の合唱をした、ということなどが紹介されて批判されている

*4:

http://www.georgeyancey.com

 尚、私が以前に取り上げたニューヨーク・タイムス紙におけるピーター・シンガーのインタビュー記事のインタビュアーである、人種差別や白人性を研究テーマにしている哲学者ジョージ・ヤンシーとは別人である。

George Yancy, Ph.D. | Duquesne University 

ニューヨークタイムス誌のwebページにピーター・シンガーのインタビュー「人種差別、動物の権利と人権について」 - 道徳的動物日記

*5:二人とも、マイノリティを差別しているとして学生に批判されて大学から懲戒処分を受けているようだ。http://www.nationalreview.com/corner/426941/campus-kangaroo-court-convicts-conservative-professor-david-french

*6:

http://www.nytimes.com/2015/11/10/us/university-missouri-protesters-block-journalists-press-freedom.html?_r=0

 ミズーリ大学の助教授のメリッサ・クリックが、ミズーリ大学で行われている抗議活動を取材しにきたジャーナリストを妨害した、という記事。