道徳的動物日記

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2015年のベスト本は『暴力の人類史』

 

暴力の人類史 上

暴力の人類史 上

 

 

 スティーブン・ピンカーの『暴力の人類史』は、殺人・戦争・虐殺・喧嘩・強姦・DV・児童虐待・動物虐待などの暴力が、狩猟採集民の時代から人間社会に存在し現在に至るまで続いていること、しかし様々な要因(政府や国家に法律や警察などの制度が整う・異なる集団同士が通商などで交流し相互依存するようになる・暴力や粗野な行動を抑えるマナーが浸透する・物語を読むという行為が浸透し、自分とは違う立場の存在について人々が想像するようになる・人々の知性や理性が発達し、論理的で倫理的な思考を行えるようになる、など)によって人間社会における暴力は減り続けており、現在は人類史上において最も暴力の少ない時代である、ということが大量の統計と考察を用いながら、説得的に論じられている。

 私が思うに『暴力の人類史』の優れているところは二つある。一つ目は、現代では評判の悪い進歩史観的な歴史観を大々的に主張しているところである。二つ目は、人間が他者に対する暴力を減らし道徳的に振る舞えるようになるためには、共感や愛情だけでは足りず、政府や法律や通商などの制度・環境が整っている必要があることと、感情だけではなく理性的な思考によって道徳判断を行う必要がある、という合理主義的な考えを主張しているところだ。自然状態では奪う者と奪われる者しかいないゼロサムゲーム的な状態が、政府や法が奪う者を罰することや通商によりお互いが得をする交流が可能になることで、非ゼロサムゲームになる。また、自然な感情に任せると欲求や身内びいきや他集団に対する偏見や敵意に支配されてしまうのが、理性によって配慮や共感を行う対象を拡大して見知らぬ他人に対しても道徳的に振る舞えるようになる。

 邦訳は上下巻合わせて1000ページ以上あり、二冊買うと定価は9000円近く、かなりの大著だ。しかし、人類学・歴史学・心理学・進化生物学・統計学・経済学・倫理学など様々な学問の知識が満遍なく盛り込まれており、その全てが「現在は人類史上最も暴力の少ない時代である」という主張につながっている。ページ数や値段に見合う価値はある。2000年代の教養がジャレッド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』なら、2010年代の教養はスティーブン・ピンカーの『暴力の人類史』である。

 

 しかし、2011年に出版された原著はかなり話題になり、海外では様々な議論が巻き起こったようだが、本邦では思ったより話題にならなかった。残念である。

 インターネット上の書評で目立つものだと、以下のものだろうか。*1

 

書評 「The Better Angels of Our Nature」 - shorebird 進化心理学中心の書評など

 

『暴力の人類史』 人類史上もっとも平和な時代 - HONZ

 

『犯罪社会学研究』第38号 - 紙屋研究所

 

おめでたいアメリカ人『暴力の人類史』: わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる

 

『暴力の人類史』の書評が気になった - 道徳的動物日記

 

スティーブン・ピンカーによる「動物の権利運動」論 - 道徳的動物日記

 

 

 

 

 

 以下では、2014年&2015年に私が読んだ本の中でベスト本を挙げていく。いずれの本も、どこかで『暴力の人類史』と関係している。*2

 

 

文明と戦争 (上)

文明と戦争 (上)

 

 

 『暴力の人類史』の序盤に書かれている「狩猟採集民時代からも、人間は集団同士で争い合い殺しあっていた」という主張は、この本の序盤で詳細に論じられている。翻訳のせいかやや文章が読みづらいが、ホッブズ主義者を自称する著者が「人間は文明に汚されない限り、殺し合いや戦争を行わない」と考えるルソー主義者たちを批判しまくっており、痛快である。*3

 

 

殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?―― ヒトの進化からみた経済学

殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?―― ヒトの進化からみた経済学

 

 

 この本も『文明と戦争』を取り上げている。邦題からわかる通り、知らない人と出会えばすぐに殺し合いをしていた人間たちが、見知らぬ人との相互の信頼を前提とする経済行為をできるようになった、という奇跡的な事象の起源と発達を力説している。

 

 

信頼と裏切りの社会

信頼と裏切りの社会

 

 

 非ゼロサムゲームを可能にする「信頼」を実現するシステムの構造や歴史やその展望について、一から十まで説明されている。

 

 

モラルの起源―道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか

モラルの起源―道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか

 

 

 文化人類学的な研究。平等を志向する狩猟採集民集団では、利己的な行動をする人間は、懲罰を与えられたりゴシップの対象になったり集団から追放されたりする。そのような環境が、個人の内面において利己的な行動に歯止めをかける機能である、罪悪感・恥・良心などの道徳感情を進化させた、と論じる。

 

 

ジャスト・ベイビー:赤ちゃんが教えてくれる善悪の起源

ジャスト・ベイビー:赤ちゃんが教えてくれる善悪の起源

 

 

 ポール・ブルームは乳幼児心理学の研究を通して人間の道徳感情・共感について研究しているが、共感の限界や理性的な思考の重要性をしっかり指摘してくれている。

 以下は、ブルームの「反・共感」論が展開されているweb記事。

 

Against Empathy | Boston Review

 

 

コミュニケーションの起源を探る (ジャン・ニコ講義セレクション 7)

コミュニケーションの起源を探る (ジャン・ニコ講義セレクション 7)

 

 

 チンパンジーやボノボなどの大型霊長類にも、人間の子供に劣らない優れた思考能力や道徳感情が存在することが知られるようになって久しい。だが、「相手の意図を共有する」「相手が相手自身の自己利益でなく、自分のために利他的な行動を行ってくれていることを察知する」など、相互信頼に基づいた共同作業を行うために必須であるタイプの知的能力は、霊長類には無く人間にだけ存在している。人間の乳幼児と大型霊長類との比較研究を通じて、人間だけが行えるタイプのコミュニケーションの起源と発達を明らかにしていく本である。*4

 

 

だれもが偽善者になる本当の理由

だれもが偽善者になる本当の理由

 

 

 

 人間の道徳心理の機能や構造について書かれた本であり、様々な道徳的主張の矛盾や自己欺瞞が皮肉たっぷりに説明されている。「心のモジュール構造」説に基づいて書かれた本であり、モジュール説についてわかりやすく説明されている。

 

 

ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
 

 

 人間の思考における「ファスト」な感覚と「スロー」な理性との役割分担や、それぞれの価値や重要性について論じた本。このテーマについての大御所な著者が書いたものであり、様々なトピックについて網羅的に論じられている。

 

 

ずる――?とごまかしの行動経済学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

ずる――?とごまかしの行動経済学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

 

 行動経済学の観点から、人間の道徳性の矛盾や自己欺瞞が描写されている。紹介されている様々な実験が印象深い。

 

 

社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学
 

  

 進化によって培われた道徳感情や集団への志向という視点から、リベラルの人たちが抱く心理・保守の人たちが抱く心理、政治において人々がリベラルと保守に分極化し対立することなどを説明する。著者はこの本では「感情が人間の思考を全て支配しており、理性は感情を正当化するために使用されるに過ぎない」というスタンスで、このことについてはピンカーや後述するヒースやグリーンからも批判されている。また、人間の進化における「グループ淘汰」を主張していることや、ドーキンスやサム・ハリスなどの新無神論者たちを批判していることから、進化生物学者たちからも評判が悪い。そういうことを差し引いても、かなり面白い本であるし、色々と的を得ていると思う。*5

 以下は、ハイトの共著記事の私訳。

 

グレッグ・ルキアノフ, ジョナサン・ハイト 「アメリカン・マインドの甘やかし:トリガー警告はいかにキャンパスの精神的健康を傷付けているか」 - 道徳的動物日記

 

 

啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために

啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために

 

 

 合理主義的な思考を批判する諸々の主張に対して、徹底的に再反論を行い、こきおろしている。ハイトに対する批判やTVドラマ『そりゃないぜ!?フレイジャー』について論じているところはやや恣意的でアンフェアな気がするし、嫌味っぽすぎて読んでいて気を悪くする部分も多いが、その分痛快である。世の中に蔓延している粗雑な反・合理主義なら、この一冊で片付けられる。フロイト精神分析を批判しているところと、アドルノやホルクハイマー的な反・科学的思考を批判しているところが特に気に入った。

 

 

モラル・トライブズ――共存の道徳哲学へ(上)

モラル・トライブズ――共存の道徳哲学へ(上)

 

 

 この本でもハイトが批判されている(ヒースの批判に比べて、正当な批判であると思う)。ピンカーと同じく、共感や良心などの道徳感情に基づいた倫理の限界を指摘し、異なる価値観や文化の人たちの間で通用する倫理とは何か、ということを説得的に論じている。グリーンは「功利主義こそが、異なる倫理を持つ人たちの間で通じるメタ的な倫理であり根本的な倫理である」と論じる。功利主義は(特に日本では)評判が悪いが、わかりやすく具体的な例を用いながら、功利主義の魅力と強みについて、明快に論じてくれる。カントの権利論など功利主義以外の倫理に対する批判も痛快。また、いわゆる「トロッコ問題」についても、様々なバリエーションの「トロッコ問題」とそれに対する人々の反応を紹介しながら、心理学・倫理学の研究において「トロッコ問題」にどんな意義があるか、教えてくれる。功利主義と同じく「トロッコ問題」にも不当な批判や言いがかりがよくなされるので可哀想である。

 

 

あなたが救える命: 世界の貧困を終わらせるために今すぐできること

あなたが救える命: 世界の貧困を終わらせるために今すぐできること

 

 

 功利主義といえばピーター・シンガーであり、倫理学といえばピーター・シンガーである。シンガーが1981年に書いた『拡大する輪』では「人間は、理性によって、共感する対象の範囲を広げていった」という歴史が論じられているらしい(邦訳はされていない)。ピンカーの『暴力の人類史』でも、主張の源の一つとして取り上げられている。

 

 

大脱出――健康、お金、格差の起原

大脱出――健康、お金、格差の起原

 

 

 著者は今年のノーベル経済学賞受賞者。貧困国の経済発展、健康状態の改善、平均寿命の伸長などを強調している点で、この本も『暴力の人類史』と同じく進歩史観である。中国やインドの発展については、よく知られていることであっても、改めて説明されると驚かされる。また、現在のアメリカや貧困国に存在する格差の問題や、援助の限界・問題点などについても論じられているなど、楽観的なだけの本ではなくバランスのとれた本である。単に「格差はいけない」と書くだけでなく、格差があるとどのような問題が生じるか(民主主義が損なわれる、など)について、詳細に説明してくれている。本の前半では、人類の健康についての世界的な歴史や健康と幸福の測り方について論じており、知らないことが多く新鮮だった。ページ数に比べて話題が豊富でボリュームたっぷりの本である。

 貧困国援助に関連して、ディートンはこの本やインターネット上でピーター・シンガーを批判しているが、シンガーもインターネット上で反論している。

 

The Logic of Effective Altruism | Boston Review

 (ディートンによる批判)

The Logic of Effective Altruism | Boston Review

 (シンガーの反論)

 

 

大格差:機械の知能は仕事と所得をどう変えるか

大格差:機械の知能は仕事と所得をどう変えるか

 

 

 人工知能の発達によって、労働の有様や求められる労働力はどのように変わることになるか、を論じる本。単純に人工知能が人間を支配するわけではなく、医者や弁護士などを含めた、人工知能と共同して働く方法を心得ており高度な知的技能を持った知的エリート層たちが良い思いをするようだ。教育システムも人工知能によって改善されることになるので、向上心と能力を持った人ならば家庭の財産状況や出身地に関係なく立身出世の道が開かれるが、向上心と能力を持たない人にとってはイマイチな労働環境が待ち受けているようだ。しかし、人工知能や経済発展により社会システムは効率化されるので、貧しくてもそれなりに楽しい人生を過ごせるだろう、とコーエンは説く。そういう意味ではこの本も進歩史観である。

  

*6

 

反西洋思想 (新潮新書)

反西洋思想 (新潮新書)

 

 

 反・合理主義や、反・進歩史観の一因として、反西洋的な思想が存在すると思われる。この本は、反西洋思想もその起源は西洋にあることを指摘しながら、反西洋思想(オクシデンタリズム)はオリエンタリズムと同じように他者の非人間化や尊厳の剥奪につながり、戦争や虐殺にもつながる、と警鐘している。『啓蒙思想2.0』などでも指摘されていたが、ナチズムの背後にあるのは反合理主義であり、反民主主義であり、反西洋であった。大日本帝國の思想や多くのテロリズムも反西洋思想や反合理主義が原因となっている。民主主義や合理主義がもたらした安全な環境に胡座をかきながら、口先だけの反西洋思想を唱える知識人たちの欺瞞と愚かさが存分に指摘されている。

 

 

政治の起源 上 人類以前からフランス革命まで
 

 

 近代的な民主主義を到達点とした、政治体制についての進歩史観。「国家」「法の支配」「政府の説明責任」の有無を軸に、狩猟採集民の集団から始まり、中国・インド・イスラム圏の様々な政治体制について、その達成と限界が論じられる。豊富なエピソードとともに、各種の政治体制の成功点と失敗点が説明されている。続編の翻訳が待ち遠しい。*7

 

 

廃墟の零年1945

廃墟の零年1945

 

 

 『暴力の人類史』では、第二次世界大戦は悲惨ではあったが、世界人口全体と戦死者数の割合から見るとさらに悲惨な事態が過去にも起こってきた、と論じられている。感情を刺激するような、ショッキングな写真や胸が痛くなるエピソードに左右されるのではなく、数字や統計を冷静に見つめて理性的に考えることが大切なのだ、とピンカーは論じる。私もピンカーの主張に賛成しているが、それはそれとして、第二次世界大戦は悲惨であった。『廃墟の零年 1945』では、終戦直後の地獄のような飢餓や私刑、1945年を過ぎてもまだまだ終わらない紛争や殺し合い、後に様々な歴史責任問題や禍根を残すこととなる戦後処理について、鮮やかに描いたグローバル・ヒストリーである。ネガティブなエピソードだけでなくポジティブなエピソードも書かれており、読み物として純粋に面白い。

 

 

戦争の記憶―日本人とドイツ人

戦争の記憶―日本人とドイツ人

 

 

 古い本だが、日本人とドイツ人の戦争責任問題への姿勢について、共通点と相違点が鮮やかに描かれている。現在にも通用する本である。

 

 

近代日本の誕生 (クロノス選書)

近代日本の誕生 (クロノス選書)

 

 

 短いが、具体的なエピソードが豊富ですらすらと楽しく読める。

 

 

動物倫理入門

動物倫理入門

 

 

 『暴力の人類史』でも「動物の権利」が論じられているように、人間の倫理や道徳について考える上で、動物の問題を外すわけにはいかない。肉食・動物実験・動物園・ペット飼育・野生動物の管理など、人間の動物との様々な形の関係について、現状が解説されている。そして、考えるべき倫理的な問題がどのように存在しているか、動物のことを倫理学的に考えるための基礎的な用語や理論まで、説明されている。 倫理学の理論的な面についての解説は、基本はおさえているが詳細にはなり過ぎない。各種の問題についての事実がどうなっているかということについての説明が充実しており、現時点で日本語で書かれている動物倫理の入門書としてはベストであると思う。

 

私の書評。

 

ローリー・グルーエン『動物倫理入門』 - 道徳的動物日記

 

 

 

暴力の解剖学: 神経犯罪学への招待

暴力の解剖学: 神経犯罪学への招待

 

  

 『暴力の人類史』とタイトルが似ている。様々な生物学的な要因が、人間の暴力性向にどのような影響をもたらして凶悪犯罪という悲惨な結果を引き起こすか、ショッキングで胸が痛くなるエピソードと共に論じられる。本書の後半で「犯罪を犯す生物学的性向のある人に対する、犯罪を犯す前の予防的な治療・隔離」が提案されていることから誤解されがちだが、環境が与える影響も強調されており、生物学的決定論を論じた本ではない。ある人が凶悪犯罪者になること予防できるかもしれないのに、それを放置することで被害者・加害者に悲惨な結果がもたらされるのだ、という話であり、批判はあるにしても簡単に退けられる主張ではないと私は思う。

 

私が書いた関連記事。

 

 『暴力の解剖学』の書評も気になった - 道徳的動物日記

 

サイコパス・インサイド―ある神経科学者の脳の謎への旅

サイコパス・インサイド―ある神経科学者の脳の謎への旅

 

 

 『暴力の人類史』とタイトルが似ている『暴力の解剖学』とテーマが似ている。この本でも、ある人が凶悪犯罪を犯すタイプのサイコパスになることについて、生物学的な原因と環境的な原因が論じられている。著者本人もサイコパスだが、順当な環境で育ったために凶悪犯罪を犯すタイプにはならなかったそうだ。このテの研究については、生物学的特性など先天的な要因について研究することは後天的な要因を軽んじている、という批判が投げかけられることが多いが、実際には先天的な要因を研究することによって後天的な要因を浮き彫りにすることができるのである。

 

 

 

 

多数決を疑う――社会的選択理論とは何か (岩波新書)

多数決を疑う――社会的選択理論とは何か (岩波新書)

 

 

 『暴力の人類史』とは関係ないが、普通に面白かった。民主主義においてどのような投票システムが本当の意味で民意を反映することができるか、ということについての研究の概説である。いままで社会選択理論という学問についての本を読んだことはなかったが、この一冊で、その存在意義や面白さ・奥深さが伝わる。

 

 

人の心は読めるか?

人の心は読めるか?

 

 

 『暴力の人類史』とは関係ないが、暴力や犯罪についてあまり関係のないソフトな心理学の本として、かなり面白い(「非人間化」について論じる際には、暴力についても扱っている)。タイトルとは裏腹に「他人の考えを推測しようとしても、誤ることが多い」ということを主張した本である。長年連れ添った夫婦であっても、お互いの考えについての推測は間違っていることが多いうえに、「自分は相手の考えをわかっている」と過信する傾向があるそうだ。人付き合いするうえで、マインドリーディングには自覚的になりたい。

 

 以下では未邦訳の洋書を紹介する。

 

 

EVILICIOUS: Cruelty = Desire + Denial (English Edition)

EVILICIOUS: Cruelty = Desire + Denial (English Edition)

 

 

 人間が残虐な暴力を振るう心理のメカニズムについて、「欲求」と「否認(非人間化)」の観点から分析している。『暴力の人類史』の第8章「内なる悪魔」でも同様のテーマが扱われているが、更に深く詳しく分析した本である。心理学の流しだけでなくエピソードも豊富で、読み物として面白い。

 

 

Big Gods: How Religion Transformed Cooperation and Conflict

Big Gods: How Religion Transformed Cooperation and Conflict

 

 

 『暴力の人類史』では宗教が人間の社会にもたらしたポジティブな側面はあまり触れられていなかったが(ただし、ピンカーは新無神論者ではないようだ)、この本では、人間の社会や文明が発達するために不可欠である見知らぬ人同士の相互信頼は宗教が可能にしたということが、文化進化の観点から論じられている。宗教についてポジティブな本だが、北欧諸国のように発達した社会福祉は宗教の代替物になる、とも論じている。かなり面白い本なので翻訳を待ち望んでいる。(文化進化論やグループ淘汰など、進化生物学の専門家から批判されているらしい主張も行われているので、その辺りは鵜呑みにできない)

 

 

 

Predisposed: Liberals, Conservatives, and the Biology of Political Differences

Predisposed: Liberals, Conservatives, and the Biology of Political Differences

 

 

 

Our Political Nature: The Evolutionary Origins of What Divides Us

Our Political Nature: The Evolutionary Origins of What Divides Us

 

 

 どちらも、ハイトの本と同じように、保守やリベラルなどの政治的性向について先天的な要因が与える影響を論じている本。ハイト以上に決定論的な本であり、皮肉なスタンスで書かれている。読んでいて心穏やかでなくなるが、政治についての考え方や人間観に多大な影響を与えてくれる本である。

 

 

How the West Won: The Neglected Story of the Triumph of Modernity

How the West Won: The Neglected Story of the Triumph of Modernity

 

 

 西洋とキリスト教に対する批判を、徹底的に再反論してこきおろしている。著者自身にかなりバイアスがありそうなので鵜呑みにはできないが、的を得ているところも多い。

 

Snakes, Sunrises, and Shakespeare: How Evolution Shapes Our Loves and Fears

Snakes, Sunrises, and Shakespeare: How Evolution Shapes Our Loves and Fears

 

 

 「人間が環境について抱く感情は、狩猟採集民時代に暮らしていたサバンナの環境に由来する」ということが主張の軸となった、自然観についての進化心理学である。「自然観」についての本は比較文化論的なものが多く、西洋と東洋の自然観の違いを論じるのが常だが、この本はむしろ古今東西の自然観の共通性を論じている点で特徴的であり、面白い。例えば、庭園や風景画などは、一見すると文化によって全く違うようにみえるが、そこで「好ましい」とされている自然物の造形には共通点がある、ということが論じられている。他にも、様々な話題について、興味深い進化心理学的な解説がされている。『暴力の人類史』とはあまり関係ない。

 

 本の公式サイトでは、各章について解説している動画が掲載されている。

Videos | Snakes, Sunrises, and Shakespeare

 

 

 

 このように、多くの面白い本が『暴力の人類史』のテーマと関係している。『暴力の人類史』が2015年ベスト本であり、2010年代の教養であることがお分かり頂けただろうか。

 

*1:手間味噌だが、私の書いた記事も記載している。

*2:なぜ2014年も含めているかというと、今年は『ファイアーエムブレム If』と『ファミコンウォーズ DS』に夢中になったために、あまり本を読めなかったから。

 

ファイアーエムブレムif 暗夜王国

ファイアーエムブレムif 暗夜王国

 

 

 

ファミコンウォーズDS

ファミコンウォーズDS

 

 

 

*3:この主張は『GO WILD 野生の体を取り戻せ!』で批判されていた。しかし、ピンカーは「狩猟採集民時代からも、人間は集団同士で争い合い殺しあっていた」と主張するのに多くの論拠を並べているのに対し『GO WILD』はその一部だけを取り上げて批判することでピンカーの主張全体を否定しようとしている感があり、妥当であるとは思えない。本題とは関係ないが、『GO WILD』で展開されている主張(「人間の体は狩猟採集民時代から進化していないから、狩猟採集民のライフスタイルが人間の体に適している」というもの)は『私たちは今でも進化しているのか?』で批判されている。

 

GO WILD 野生の体を取り戻せ! 科学が教えるトレイルラン、低炭水化物食、マインドフルネス

GO WILD 野生の体を取り戻せ! 科学が教えるトレイルラン、低炭水化物食、マインドフルネス

 

 

 

私たちは今でも進化しているのか?

私たちは今でも進化しているのか?

 

 

*4:

 

現実を生きるサル 空想を語るヒト―人間と動物をへだてる、たった2つの違い

現実を生きるサル 空想を語るヒト―人間と動物をへだてる、たった2つの違い

 

 『現実を生きるサル 空想を語るヒト』も『コミュニケーションの起源を探る』と同じく、人間と動物との共通点と相違点について明らかにしていく本だが、この本はあまりピンとこなくて面白くなかった。

*5:

 『道徳性の起源: ボノボが教えてくれること』でも新無神論批判が展開されているが、この本は「共感」を強調しすぎているきらいがある。

道徳性の起源: ボノボが教えてくれること

道徳性の起源: ボノボが教えてくれること

 

 

*6:2016/01/01追記: 記事を書いた時には忘れていたが、経済の本では以下の二つも面白かった。

 

経済政策で人は死ぬか?: 公衆衛生学から見た不況対策

経済政策で人は死ぬか?: 公衆衛生学から見た不況対策

 

 

 

なぜ大国は衰退するのか ―古代ローマから現代まで

なぜ大国は衰退するのか ―古代ローマから現代まで

 

 

*7:

 

Political Order and Political Decay: From the Industrial Revolution to the Globalisation of Democracy

Political Order and Political Decay: From the Industrial Revolution to the Globalisation of Democracy