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道徳的動物日記

動物や倫理学やアメリカについて勉強したことのある人の日記です。

「科学はお断り。私たちは人類学者だ」by アリス・ドレガー

学問論 人類学

www.psychologytoday.com

 

 今回紹介する記事は、アリス・ドレガー(Alice Dreger)の「科学はお断り。私たちは人類学者だ」(No Science, Please. We're Anthropologists.)という記事。

 2010年の11月25日に発表された記事で、アメリカ人類学会(American Anthropological Associaton)の長期目標(long term goal)から「科学(science)」という単語が取り除かれる、という事件について扱った記事である。アメリカ人類学会に対して批判的な視点で書かれている。

 アメリカ人類学会でイスラエルに対する学術的ボイコットが決議されたことを批判的に論じた文章を先日に訳したから、その関連でこの記事も訳して紹介することにした*1

 

Welcome! | Alice Domurat Dreger

 

 著者のアリス・ドレガーは医学や科学における社会正義(social justice)や倫理について論じている人らしい。科学史や生命倫理・医療倫理に関する著作を書いているようだ。本人のホームページでは、社会正義や民主主義においてはエビデンスが最も大切であり、学者やジャーナリストはエビデンスを重視する姿勢を守らなければならない、という趣旨の主張が強調されている。

 

 最近出版された彼女の著書『Galileo's Middle Finger: Heretics, Activists, and the Seach for Justice in Science』は、科学的発見に対する攻撃や抑圧の歴史について書かれた本であるようだ。記事内で言及されている、人類学者ナポレオン・シャグノンがジャーナリズムやアカデミズムからの攻撃されたという事例についても書かれているらしい(訳者の私は未読)。

 

 

Galileo's Middle Finger: Heretics, Activists, and the Search for Justice in Science

Galileo's Middle Finger: Heretics, Activists, and the Search for Justice in Science

 

 

nymag.com

 

 

 日本語に訳されている著書としては『私たちの仲間ー結合双生児と多様な身体の未来』がある(これも私は未読)。

 

 

私たちの仲間―結合双生児と多様な身体の未来

私たちの仲間―結合双生児と多様な身体の未来

  • 作者: アリス・ドムラットドレガー,Alice Domurat Dreger,針間克己
  • 出版社/メーカー: 緑風出版
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「科学はお断り。私たちは人類学者だ」by アリス・ドレガー

 

 アメリカ人類学会(American Anthropological Association, 以下ではAAAと表記)の会合に参加するため、先週に私はニューオーリンズに行った。他の科学者たちと一緒に現地でぶらぶらしていたのだが、AAAの指導者たち(leadership)が学会の「長期目標(long term goal)」を新しく作り直して、AAAの綱領から科学(science)への言及を一掃しようとしている、という噂が飛び交っていた。学会の綱領(stated mission)を直接変えるためには会員からの投票が必要となるので、AAAの委員会は長期目標を変えるという卑怯な戦術を使って科学を捨てようとしているのだ、とみんなは推測していた。

 AAAの「公式」部門である進化人類学協会(Evolutionary Anthropology Society)のディスカッションに出席している間、私は相反する二つの考えを巡らせていた。(1)科学を捨ててしまうだって?有り得ない、きっと事実じゃないだろう。(2)これは疑いもなく事実である。最終的には、科学という単語を軽蔑すべきタブーであると見なす方針を具体化することを、AAAの指導者たちは決定した。(私は過去の事情を調べて、AAAの指導者たちが昔からそのような方針を取ってきたことを学んだ*2。2009年の丸一年をかけて研究した、グッゲンハイム財団の奨励金に基づいている査読済みの論文が、近々発表される予定だ*3)。

 昨日、私は人類学科学協会(Society for Anthropological Sciences、以下SAS)の会長からメールを転送してもらった。メールには、AAAの声明文から科学を取り除こうとするAAAの委員会の試みを拒否するというSASの決議が書かれていた。また、委員会によるAAAの声明文の変更案の詳細も書かれていた(メールの全文は以下の通りである)*4

 興味深いことに、AAAの指導者たちは科学を捨てようとしているだけではない。彼らは、人類についての「公共的な理解(public understanding)」を促進するのが主な目的である団体としてAAAを位置付けようとしているのだ。アメリカ国立科学財団の文化人類学プログラムの局長を長く務めてきたスチュアート・プラットナーがメールで私に伝えたように、このことは「人類学を社会科学から密教的なジャーナリズムの一派へと改変するための、次なるステップ」であるように思える。それも、事実の報道よりも論説文を書くことに熱心なタイプのジャーナリズムである。

「人類に関する公共的な理解」の促進の内容には、AAAの指導者たちにとって政治的に不快ではないことなら全て含まれるだろうが、彼らにとって不快であることは全く含まれないだろう、ということがAAAの流儀から推定できる。人間の行動がいかに進化したか、ということについての公共的な理解をAAAは促進する気がない、と推定しても間違いではないだろう。特に、一部の人間や全ての人間を暴力的・強欲・環境に対して有害・(最悪なことに)性的に二形的であるように見せるかもしれない人間の行動については。

 私が昨日話した科学的な人類学者たちのほとんどは、驚いてはいなかったが、怒っていた。米国科学アカデミーの会員で霊長類学者であるサラ・ハーディは以下のように書いている。「私は驚かなかった。それにも関わらず、驚きのなさよりもずっと強い失望を抱いている」。私が話した科学者たちは、AAAの委員会が自分たちの行動をどのように正当化しているのか、正確に知りたがっていた(私もそうだ)。手間をかけて戦うべきなのか、それともAAAを見放して離れてしまうべきなのか、判断に迷っていたのだ。

 一部の人類学的科学者がAAAに付き合い続けている理由は、キャリアを得るためにAAAに参加する必要のある、自分たちが教えている大学院生や若手教職員のためだ。だが、近年では多くの科学者たちがAAAに嫌悪を抱いてAAAを離脱してしまっている。辞めてしまった科学者たちにとっては、最近AAAで起こっている出来事も関係のないことだ(つまり、科学者が辞めることはAAAの委員会にとっても喜ばしいことであるかもしれないのだ)。最近の出来事に気がついたハーディも、AAAがあまりにも多くの不快なことを行ってきたので、そのうちのどれをきっかけにして自分がAAAを辞めたかということすら思い出せなかった。それでも、彼女はまだショックを表している。「なぜ後退するのだろう?」と彼女は書いている。「人間の性質(human nature)について理解するために人類学を研究する、という目標をなぜ捨てなければいけないのだろう?そのような研究への関心は高まり続けているのに?」。

 多くの人たちとやり取りするなかで、人類学者たちが年次総会を複数形で"the meetings"と呼んでいる理由を、私は思い出した。つまり、年次総会に行った人類学者たちは、自分と同じタイプのディシプリンの学者たちとしか会わないのだ。年次総会では人類学者たちはグループに分けられている。科学とは物事を知るための方法の一つに過ぎないと考えているタイプのふわふわ頭(fluff-head)な文化人類学者たちと、本物の科学者たちが必要以上に関わらずに済むようにするためである。

 もちろん、全ての文化人類学者がふわふわ頭であるという訳ではない。多くの場合、ある文化人類学者がふわふわ頭であるかどうかは、その人が自分が抑圧された人々にとっての英雄であるように思われたがっているかどうかで判断できる。また、その人がデータに注目を払っているかどうかを見ることで、ふわふわ頭ではない文化人類学者を見つけ出すこともできる。しかし、ふわふわ頭ではない文化人類学者たちも、科学が積極的に誹謗されておりデータの収集や科学的な理論化よりも政治活動の方が奨励され続けている環境のなかで、自分たちが敵に包囲されているように感じている。ネブラスカ大学リンカーン校の人類学部の学部長であり科学的文化人類学者であるレイモンド・ヘイムズは、この問題について以下のように私に伝えた。「政治的主張(Advocacy)は、民主主義の社会において我々が市民として行うことだ。人類学者であったとしても、我々は基礎科学に基づいて政治的主張を行わなければならない。法廷・世論・立法過程において、科学は特別な価値を持っている。もし我々が公式声明から科学を一掃してしまったなら、私たちは信頼性を失うことなってしまうだろう。実効性のある改革を主張する能力、つまり善いことを行うための力も失ってしまうのだ。人類学者たちは数多ある利益集団の内の一つに過ぎなくなってしまう」。

 ヘイムズは参考になる具体例を挙げた。フロリダで同性愛のカップルが養子をとることを認められるようになったという最近の事例である。この事例では、同性同士のカップルは異性同士のカップルと同じくらい良い両親になれることを科学的な証拠が示している、と裁判官が判断したのだ。「証拠に基づいた主張は、特定の利益集団の主張よりも優位にあるのだ」とヘイムズは私に書いた。つまり、もしAAAの会員の大半がデータに基づいた学問よりも政治的主張をやりたがっているとしても、政治的主張を行うためには科学を捨てるべきではないのだ。

 世界銀行の下で応用人類学を行っているダン・グロスは、以下のようにまとめている。「科学を実践しているという主張を捨てることに一部の人類学者たちが賛成しているのは、多くの人類学者たちに蔓延している自己評価の低さに由来する症状の一つだ。自分たちの研究や論文について高くて厳密な基準を保たなくていいことを、彼らは喜んでいる。そして、決まった解答のない主観的な基準である人文学的な基準によって判断されることを求めているのだ」。

 まさしくその通りだ。何と言っても、科学は大変な作業を必要とするし、自分が最も気に入っている仮説が誤っていることを発見することにも前向きでなければならない。もしかしたら、それこそがAAAの指導者たちが科学を嫌がっている本当の理由かもしれない。どうだろうか?

 

 この問題についてもっと知りたい人には、以下の記事をお勧めする。

Anthropology Association Rejecting Science? – Innovations - Blogs - The Chronicle of Higher Education

Evolution Beach: Whither Anthropology as a Science?

Biological ANthropology Developing Investigators Troop: The place of science in anthropology

 

 以下は、私による補足記事である。

The Remains of the AAA | Psychology Today

 

(訳注:著者が紹介する記事の他にも、リンクを貼っておく。)

 

Anthropology, Science, and the AAA Long-Range Plan: What Really Happened | Neuroanthropology

 

この記事に対して批判的な記事 ↓

 

Why anthropology is ‘true’ even if it is not ‘science’ | Savage Minds

 

 

  なお、現在のアメリカ人類学会のホームページに掲載されているLong-Range Plan (長期目標)やState of Purpose(声明文)には「science」という単語が載っているようだ。

Long-Range Plan - Connect with AAA

AAA Statement of Purpose - Connect with AAA

 

 

*1:

「イスラエルに対するBDS運動と、非-事実的(post-factual)な人類学の登場」 by デビッド・ローゼン - 道徳的動物日記

スティーブン・ピンカー、ノーム・チョムスキーらがイスラエルに対する学術的ボイコットを批判 - 道徳的動物日記

*2:

Science Magazine on my AAA session | Alice Domurat Dreger

 人類学者ナポレオン・シャグノンの研究をめぐる事件についての記事。

*3:

Darkness’s Descent on the American Anthropological Association - Springer 言及されている論文のことかどうかはわからないが、2012年に著者が発表した、アメリカ人類学会について論じているらしい論文(訳者の私は未読)。

*4:記事の原文にはメール全文のPDFへのリンクが貼られている。