道徳的動物日記

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「人道革命」by ニコラス・クリストフ (消費者主導の、動物福祉の改善運動についての記事)

 

http://www.nytimes.com/2016/05/15/opinion/sunday/a-humane-revolution.html

 

 今回紹介するのは、ニューヨークタイムス紙にコラムニストのニコラス・クリストフ(Nicholas Kristof)が、全米人道協会(Humane Society of the United States)の会長のウェイン・パーセル(Wayne Pacelle)へのインタビューやパーセルの新著に基づいて書いた記事。

 注釈として書いておくと、人道という言葉は「Humane」の略で、訳語は「人道」なのだが英語圏では動物愛護に言及してHumaneという単語が使われたりする。Humane Societyも「人道協会」と訳すこともできれば「動物愛護協会」と訳すこともできる。そこら辺がややこしいのだが、この記事の中では基本的に「Humane」は「人道」と訳している*1

 

「人道革命」by ニコラス・クリストフ

 

 1903年、ニューヨークの住民たちは1頭の象をコニーアイランド(遊園地を含むリゾート施設)に連れてきて、その象に拷問を与えて死に至らしめてしまった。

 この出来事についてはいくつかの違った伝聞が存在しているのだが…サーカスで働かされていた象のトプシーは数年間にわたって虐待を受け続けていて、ある日彼女の鼻に葉巻で火傷をつけていた1人の男性を殺してしまったのだ。トプシーはその後にもしばらく持ち主に酷使された後に、青酸カリを与えられて、感電死させられた末に、巻き上げ機で吊るされた*2エジソン映画会社はこの様子を映して「トプシーの電気処刑」という映画を製作した*3

 このような昔のことを思えば、道徳的な進歩は起こっているのだと考えてもいいのかもしれない。リンギング・ブラザーズというサーカス団では、数多くの動物虐待が告発されたために、動物たちを解放してフロリダで余生を過ごさせることになった。水族館のシーワールドは今年の春から館内でのシャチの繁殖を中止して、その代わりに海洋動物をレスキューして環境に復帰させる事業に数百万ドルを投資することになった。

 スーパーマーケットチェーンのウォルマートは、販売する卵をケージ内で飼われている鶏ではなく平飼いの鶏から生産された卵へと切り替えていくと先月に発表したことで、動物福祉に配慮することへの要求に応じた*4ウォルマートの発表は、アメリカとカナダにおいてコストコデニーズ・ウェンディーズ・セーフウェイ・スターバックス、そしてマクドナルドが行った同様の発表に続くものである*5

  これは人道革命( Humane Revolution)なのだ、とウェイン・パーセルは言う。パーセルは全米人道協会の会長だ。パーセルの素晴らしい新著『人道的な経済( The Humane Economy )』では、企業に動物の扱いを改善しろと脅すという方法の代わりに、企業と協力することで動物の扱いを改善する方法が解説されている*6。企業が変わることは莫大な影響をもたらすことになる。動物を保護するシェルターが10年間の合計で扱って生活状況に影響を与えてきた動物の数よりも、ウォルマートマクドナルドが1日間で扱って生活状況に影響を与える動物の数の方が大きいのだ。

 動物愛護運動だけではなく環境運動や地球上の女性の健康を守る運動などにとっても、パーセルの本から学べる教訓はある、と私は考えている。その教訓とは、非営利団体が大規模な結果を成し遂げるためには、行いを変えることを拒否する企業を攻撃するのと同時に、企業と協力することで行いを変えさせたり供給線を改善させる必要もある、ということだ。

 環境保護基金(The Environmental Defense Fund)やコンサベーション・インターナショナルなどの団体は、環境運動という領域で全米人道協会と同様の戦略を行っている。国際協力 NGOの CAREは世界の貧困問題について、ヒューマン・ライツ・キャンペーンという団体はL.G.B.T.の人権問題について、企業と協力するという同様の戦略を採用している。

 批判者たちは、このような戦略は道徳について妥協しているのだと言う。悪を打倒するのではなくに悪と契約を結んでしまっているのだ、という批判である。だが、私はこのような戦略はプラグマティズム(現実主義)であると考えている。31年間ビーガン(完全菜食主義)を貫いているが、肉となるために育てられている動物の生活状況を良くするためにファストフード企業との協力を行うパーセルも私と同様の見解だ。

「檻や木枠の中に押し込められている動物たちは、世界中がビーガンになるまで待っていられません」とパーセルは私に言った。「身動きもできずに欠乏だけを感じる生活から動物たちはすぐにでも解放されたがっている、ということについて私は確信を抱いています。そもそも肉のために動物を養殖するべきであるかどうかという議論は、家畜たちの酷い生活環境という問題が解決された後に、分別のある人たちの間で改めて行えばいいのです」。

 現時点での世界の状況は酷いものだが、パーセルは希望に満ちた展望を解説する。大衆はチャリティや募金によってある程度の影響を常に与えてきたし、これまでにもボイコットは度々行われ続けていた。だが、時には、消費者としての日々の購入力を用いることが最大級の影響をもたらしてきたのである。

 「人道的な経済の論理や作法が機能して力を発揮されることによって、旧来の状況が終わっていく」とパーセルは著書の中で書いている。「人間の欲求や必要品を満たすことが動物の虐待に基づいたものでなくなった時に、全ての尺度において生活は向上する。本来擁護できない慣習は、もはや擁護を必要ともせず失われることになのだ」。

 動物に対する残虐な行為が続いているのは事実であるし、象のような動物の殺害もいまだに続いている。25年前のスーダンには1万3千頭の象がいたのだが、現代ではスーダン南スーダンスーダンから分離した国)を合わせてもおよそ5千頭ほどしか残っていないだろう、とパーセルは書いている。

 だが、象のような大型動物を生存させ続けるためのビジネス・モデルも存在している。ある分析では、1頭の死んだ象から採取できる象牙は2万1千ドルの価値があるが、1頭の生きている象がその生涯を通じて観光事業に与える価値は160万ドルである*7。知識に基づいた自己利益に従う国々が象を保護するのと同じように、マクドナルドが平飼いの鶏から取れた卵に移行するのも自己利益に基づいている。

 動物の扱いに関する世論に対して企業がこれ程までに敏感になったことも、驚くべきことだ。ジンバブエでライオンのセシルが射殺された時には、トロフィー・ハンティングで殺された動物の死骸の郵送を禁止するように動物保護団体が航空会社に訴えた。そして、デルタ航空アメリカン航空ユナイテッド航空・エアーカナダ航空やその他の航空会社たちは即座に動物保護団体の要求に従ったのだ。

 ペット業界では、ペットスマートとペトコという二つのチェーン企業が、 パピーミルを始めとした大量生産ブリーダーから仕入れた犬と猫を売るという業界の慣習に逆らっているのにも関わらず、繁盛している。ペットスマートとペトコは、動物レスキュー団体が保護した動物の里親を募集するためのスペースを1990年代から設けている。保護動物が里親にもらわれても企業は金を得られないが、客からの支持を永久的に得られることはできる。そして、ペットスマートとペトコはこれまでに1100万匹の犬と猫が新しい飼い主を得られることを助けてきた。

 動物虐待…特に農業(畜産)における動物虐待は、これから先も人間の道徳の死角として残り続けるだろう、と私は考えている。とはいえ、消費者の力によって革命が起きている様子を目にするのは元気付けられることである。

「動物の虐待の上に成立している業界は、もうすぐ崩壊の危機に瀕することになるだろう」とパーセルは書いている。世界は恐ろしいことに溢れているが、進歩も起こっているのだいうことを思い起こさせる文章は有難いものだ。象を虐待する様子を映した映画を製作していた日から1世紀と少し経った後には、私たちは象をサーカスから解放してフロリダの施設で余生を過ごさせているのだ。だが、残念ながら、やらなければいけないことはあまりにも多く残っている。