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道徳的動物日記

動物や倫理学やアメリカについて勉強したことのある人の日記です。

「戦争は人間の本性に深く根付いているという生物学理論」に関する、ジョン・ホーガンとスティーブン・ピンカーの見解

 

Steve Pinker demolishes John Horgan’s view of war « Why Evolution Is True

 

 

 

 今回紹介するのは、進化生物学者のジェリー・コイン(Jerry Coyne)のブログに掲載された、「戦争は人間にとって生得的なものである」という主張を批判する科学ジャーナリストのジョン・ホーガン(John Horgan)の意見と、それに対する心理学者のスティーブン・ピンカー(Steven Pinker)のレスポンス。コインの記事のタイトルを訳すと「スティーブン・ピンカーがジョン・ホーガンの戦争に関する認識を粉砕する」。

 サイエンティフィック・アメリカン誌(Scientific American)に掲載された記事などで、ホーガンは「戦争は人間にとって生得的なものである」という主張を度々批判し続けてきた人である*1。ピンカーの著書『暴力の人類史』もホーガンは批判しているようだ。最近では、マイケル・シャーマー(Michael Shermer)が主催する科学的懐疑主義の雑誌であるスケプティック誌(Skeptic)の筆者たちに対して「懐疑主義者たちは、ホメオパシー地球温暖化否定論・ワクチンや遺伝子組み換え作物に対する反対といった狙いやすい対象(soft target)を攻撃する代わりに、戦争という解決するのが難しい問題(hard target)について取り組むべきだ」というようなことをホーガンが主張した*2。それに反応して、スケプティック誌に関わる人たちがホーガンに反論する記事を書いている*3。その流れで、ホーガンの主張に反論する文章をピンカーがジェリー・コインに送って、コインがピンカーの許可を得て自分のブログに公開した…ということであるようだ*4

 今回翻訳して掲載するのは、ホーガンの記事から「戦争は人間の本性に深く根付いているという生物学理論」への批判として書かれている部分をコインが抜粋したものと、それに対するピンカーの反論。ホーガンの記事には、過去にホーガン自身が書いた記事へのリンクがかなり多く貼られているのだが、多過ぎて煩雑になるので一部省略している。

 

 

 ジョン・ホーガン

 

 戦争は人間の本性に深く根付いているという生物学理論(訳注:deep-roots theory of war, 以下ではディープ・ルーツ理論と表記する)は、実に私をイラつかせる。この理論によると、集団による致死的な暴力は私たちの遺伝子に内在しているのだ。戦争はチンパンジーと人間の共通の祖先が存在していた数百万年前にまで遡るのだそうだ*5

 ディープ・ルーツ理論は、スティーブン・ピンカー、リチャード・ランガム、そしてエドワード・ウィルソンといった重鎮の科学者たちによって促進されてきた。スケプティック誌のマイケル・シャーマーも飽きることなくこの理論を押し売りし続けているし、メディアもこの理論を好む*6。なぜなら、血に飢えたチンパンジーや石器時代の人間たちについてのけばけばしい物語がこの理論には含まれているからだ*7

 だが、戦争とは文化的な発明であることを示す証拠は反論の余地がない程存在している*8。農業や宗教や奴隷制と同じように、戦争は1万2千年前よりも後の時代に出現したものなのだ。

  私がディープ・ルーツ理論を憎んでいるのは、それが間違っているからだというだけでなく、戦争とは宿命的に起こるものであるという考え方を助長してしまうからだ*9。戦争は私たちが直面している問題の中でも最も差し迫ったものである。地球温暖化、貧困、疫病、政治的抑圧よりも戦争の方が切迫した問題なのだ。問題を解決するためのリソースが戦争に取られてしまうので、戦争は直接的にも間接的にも他の問題を更に悪化させるのである。

 しかし、戦争とは本当に難しい問題だ。大半の人々…おそらく、読者たちの大半も…世界平和という考えを空想に過ぎないとして退けている。あるいは、あなたはディープ・ルーツ理論を信じているかもしれない*10。もし戦争が古代から存在している先天的なものであるとしたら、戦争を避けることは不可能であるはずだ、そうではないか?

 また、宗教的な狂信…特にイスラム教の狂信は平和に対する最大の脅威である、とあなたは考えているかもしれない。そのような考えは、リチャード・ドーキンス、ローレンス・クラウス、サム・ハリス、ジェリー・コインのような宗教非難者たちが主張している考えであり、そして誰よりも挑発的な戦争屋であった生前のクリストファー・ヒッチンズが主張していた考えだ*11

 私が服従しているアメリカ合州国こそが、平和に対する最大の脅威なのだ。2001年の9月11日以来、アフガニスタンイラクパキスタンで行われたアメリカによる戦争は37万人の人間を殺害した。その中には21万人以上の市民が含まれているし、その多くは子供である*12。そして、この数字はあくまで控えめに推計したものだ。

 アメリカが行った行為は、イスラム教徒たちの闘争心を解決するどころか更にそれを悪化させる結果をもたらしてしまった。ISISとは、アメリカとその同盟国が行った反ムスリム的な暴力に対する反応であるのだ*13

 

 スティーブン・ピンカー

 

 ジョン・ホーガンは、戦争が人間の本性に深く根付いているという理論を「憎んでいる」のであり、ディープ・ルーツ理論は「戦争とは宿命的に起こるものであるという考え方を助長してしまう」から彼を「イラつかせる」と書いている。だが、ジョン・ホーガンが何を憎んでいるとしても、そのことは何が真実であるかということには全く関係がない。自身の憎しみに自分の思考を導かせるがままにしておくという数十年来の悪癖のために、ホーガンは誤った推論と事実の歪曲を行い続けている。

 戦争が先史時代から人間に深く根付いているのであれば戦争を減少させようとする試みは無益なものとなるはずだ、という飛躍した論理をホーガンは飽きることなく主張し続けている。彼の主張が誤っていることは明白である。なぜなら、 先史時代から人間に深く根付いている全ての物事について、それらを減少させることが私たちには可能であるからだ(無学であること、疫病、一夫多妻制、その他色々)。いずれにせよ、人間の進化の歴史を引き合いに出すことで戦争を正当化した指導者の例は歴史上存在していない。言うまでもなく、チンパンジーを引き合いに出した指導者も存在しない。 

「しかし、戦争とは本当に難しい問題だ。大半の人々…おそらく、読者たちの大半も…世界平和という考えを空想に過ぎないとして退けている。あるいは、あなたはディープ・ルーツ理論を信じているかもしれない。もし戦争が古代から存在している先天的なものであるとしたら、戦争を避けることは不可能であるはずだ、そうではないか?」と、ホーガンは書いている。だが、彼自身も、自分が書いていることはナンセンスだと知っているはずだ。ホーガンは私をディープ・ルーツ理論の支持者として持ち出しているが、ならば、世界平和は空想上の考えではないという主張を私こそが行っていることもホーガンは知っているはずだ。人類は正しい方向に向かっている、と私は繰り返し公式に発表し続けてきた(最近では先月に発表したところだ)*14軍事史家のアザー・ガット(ホーガンもよく知っている人物だ)も、私と同じように、戦争の根深さと近年における戦争の減少の両方について書いている。

 ディープ・ルーツ理論は戦争が永久に続くことを意味する、という誤謬に自分自身を鎖で繋いでしまったことで、ホーガンは戦争が「文化的な発明」であるという主張を行い続ける羽目になった。それも、彼自身が戦争屋になってしまうという代償付きである。16年前にニューヨークタイムス誌に書いたレビューで、ホーガンは文化人類学者のナポレオン・シャグノンに対する悪意に満ちた不当な中傷を是認してしまった*15。シャグノンが、ヤノマミ族における暴力の頻度の高さについて書いたためである*16。今日では、ホーガンは戦争が文化的な発明であることを示す証拠は「反論の余地がない程存在している」と書いている。まばらに分散していた集団からでたらめに得られた考古学的記録が、何かについての「反論の余地が無い程の証拠」になり得るなんて言われても、不思議に思わざるを得ない。ホーガンは疑わしい学者であるマーガレット・ミードも引用している(不名誉なことに、ミードは首刈り族であったチャンブリ族のことを平和愛好者たちであると誤って描写してしまった人物だ)*17。そして、ホーガンは「平和の文化人類学者」たちであるブライアン・ファーガソンとダグラス・フライも引用しているが、彼らはホーガンと同様の道徳主義的誤謬を数十年に渡って主張し続けてきた人物である(例えば、フライは「もし戦争が自然であると見られるなら、戦争を予防したり減少したり撲滅しようとすることにはほとんど意味がなくなるであろう」と書いている)。

 私が著書『暴力の人類史』にて国家によるものではない暴力の割合についての量的な推計のレビューを発表してから数年後、アザー・ガットやリチャード・ランガムも彼ら自身のレビューを発表した*18。いずれも、ファーガソンとフライの主張に関わるものだ(マーク・アレンとテリー・ジョーンズが最近編集した本である『 Violence and Warfare among Hunter-Gatherers(狩猟採集民における暴力と戦争)』も参照)*19。 ガットは、証拠が「平和の人類学者」たちの主張…国家が存在する以前の人々が致死的な暴力を行っていたことの否定、彼らが「戦争」を行っていたことの否定、そして彼らが暴力や戦争をかなり頻繁に行っていたことの否定…を着実に退け続けていることを示している。そのために、ファーガソンも最近の著書では「暴力と戦争は西洋の植民地主義が登場するまでは存在しなかった、あるいは暴力と戦争は国家や農業が登場するまでは存在しなかったと考えている人がいるとしたら、この本は彼らが間違っていることを証明するだろう」と書いている。また、「先史時代における戦争」という言葉の定義から争い・奇襲・個人レベルの殺人を除くことだけが先史時代における戦争を無かったことにする唯一の方法である、とガットとランガムは指摘している。しかし、被害者の親族たちが一人以上の人数によって殺人に対する報復を行うことはありふれているし、報復に対する報復が始まって、それは高い確率で争いのサイクルへと発展する。この現象を「戦争」と呼べるかどうかは、言葉の意味の問題となる。

 同様に、「文化的な発明」も言葉の意味の問題だ。農業や文字などは明確に文化的な発明と呼べるものであり、数千年前に少数の発祥地で誕生した発明が世界中に広がっていったものである。一方で、独立していて外界との接触がない多数の部族で、集団的な暴力が存在していたことが記録されている。2016年の初頭にケニアで発見された1万年前の狩猟採集民たちの遺跡にも、集団的な暴力の痕跡が示されている*20。もし戦争が「文化的な発明」であるとしても、戦争は人間がとりわけ発明や再発明を行う傾向のある物事の一つだということになる。そうだとすれば、「私たちの遺伝子に内在している」ことと「文化的な発明」との二分法は無意味になるだろう。

 誤った二分法と言えば、私たちは「イスラム教の狂信」とアメリカ合州国のどちらを「平和に対する最大の脅威」と見なして非難するべきなのであるか、という論の立て方は、懐疑的な科学者が戦争について分析する洗練された方法からはかけ離れているものだ…ホーガンは、自分と同じ論の立て方を懐疑的な科学者も行うべきであると主張している訳だが。アフガニスタンイラクに対するアメリカの向こう見ずな侵略が、無能な政府や失敗した国家や公然とした無秩序状態をもたらして、スンニ派とシーア派の間の戦いやその他の血生臭い殺し合いの暴力を激増させてしまったことは確かである。…しかし、その理由は、これらの地域に潜在していた狂信的な暴力は残忍な独裁制でしか抑えることができなかったからだ。ウプサラ紛争データプロジェクトによると、2014年の時点で継続していた11の戦争のうち、8の戦争(73%)で過激派イスラム教徒の戦力が戦闘当事者の1つとして関わっており、他の2つの戦争ではウクライナと戦う民兵プーチン大統領がバックにいる民兵である)が関わっており、11番目の戦争は南スーダンで行われた部族間戦争である。2015年の戦争について分析しても似たような結果になるはずだ。これら全ての戦争とISISの残虐行為をアメリカ合州国のせいにするのは、特定の政治的感受性を持っている人たちにとっては気分が良いことかもしれないが、今日の世界における戦争と平和の複雑な原因について科学者たちが理解する方法だとはとても言えないだろう。

 

 

暴力の人類史 上

暴力の人類史 上

 

 

*1:サイエンティフィック・アメリカン誌に掲載された複数の記事を見ると、政治的主張としてはかなりの反米・反戦的な左派であり、いわゆる「科学至上主義」の批判者的な人でもあるようだ。邦訳されているホーガンの本の例。

 

続・科学の終焉(おわり)―未知なる心 (Naturaーeye science)

続・科学の終焉(おわり)―未知なる心 (Naturaーeye science)

 

 

*2:

Dear "Skeptics," Bash Homeopathy and Bigfoot Less, Mammograms and War More - Scientific American Blog Network

*3:一例

NeuroLogica Blog » John Horgan is “Skeptical of Skeptics”

*4:ジェリー・コインのブログは、ほぼ毎日のように複数の記事が更新されるうえに、科学や宗教に関する様々な論争的な話題について挑発的な文体で書かれている記事も多いので、英語圏では読者が多くて影響力の強いブログであるようだ。背景の事情がよくわからないが、コインのブログで自分の議論を発表するのが効果的だ、とピンカーは判断したかもしれない。

*5:

Quitting the hominid fight club: The evidence is flimsy for innate chimpanzee--let alone human--warfare - Scientific American Blog Network

*6:

I am Innately Aggressive, Not Innately Warlike - Scientific American Blog Network

*7:

New Report on Chimp Violence Fails to Support Deep-Roots Theory of War - Scientific American Blog Network

*8:

Japanese Study Deals Another Blow to Deep-Roots Theory of War - Scientific American Blog Network

この記事の中で、ホーガンは中尾央らの研究を参照している。

日本先史時代における暴力と戦争 - 国立大学法人 岡山大学

*9:

Are predictions of endless war self-fulfilling? - Scientific American Blog Network

*10:

Let's Begin Talking about How to End Wars - Scientific American Blog Network

*11:

Book by Biologist Jerry Coyne Goes Too Far Denouncing Religion, Defending Science - Scientific American Blog Network

*12:

Where Is the Outcry Over Children Killed by U.S.-Led Forces? - Scientific American Blog Network

*13:

U.S. Bombs, Which Helped Spawn ISIS, Can’t Crush It - Scientific American Blog Network

*14:

The decline of war and violence - The Boston Globe

翻訳 

2016年4月の世界における戦争と暴力の状況 (ジョシュア・ゴールドスティンとスティーブン・ピンカーの記事) - 道徳的動物日記

*15:

Hearts of Darkness - NYTimes.com 

Darkness’s Descent on the American Anthropological Association

前者はホーガンのレビュー、後者はシャグノンに対してアメリカ人類学会が行った仕打ちに関するアリス・ドレガーの報告。ドレガーは他の場所でもアメリカ人類学会の問題点について書いている。

「科学はお断り。私たちは人類学者だ」by アリス・ドレガー - 道徳的動物日記

*16:

シャグノンに関する事件の詳細はこの記事にも書かれている。

「科学から政治的活動へと変貌させられる人類学」by グリン・カストレッド - 道徳的動物日記

*17:

Margaret Mead's war theory kicks butt of neo-Darwinian and Malthusian models - Scientific American Blog Network

*18:

Proving communal warfare among hunter-gatherers: The quasi-rousseauan error - Gat - 2015 - Evolutionary Anthropology: Issues, News, and Reviews - Wiley Online Library

Intergroup aggression in chimpanzees and war in nomadic hunter-gatherers: evaluating the chimpanzee model. - PubMed - NCBI

*19:

Violence and Warfare among Hunter-Gatherers: Mark W Allen, Terry L Jones: 9781611329391: Amazon.com: Books

 

*20:* PDF

www.dropbox.com