道徳的動物日記

動物や倫理学やアメリカについて勉強したことのある人の日記です。

「長い目で見れば、戦争は人類を安全にして豊かにしてきた」by イアン・モリス

www.washingtonpost.com

 

 今回紹介するのは、2014年の4月に歴史家のイアン・モリス(Ian Morris)が Wshington Post に発表した記事で、自著『War! What is Good For ? : The Role of Conflict in Civilization, from Primates to Robots』 で行っている議論の要約紹介的な記事。私は本の方は半年前に読んだが、なかなか刺激的かつ説得的で面白かったので、こちらの記事を訳して紹介することにした。

 

「長い目で見れば、戦争は人類を安全にして豊かにしてきた」by イアン・モリス

 

 

 パリでデイリー・メイル誌の編集者をしていたノーマン・エンジェル(Norman Angell)は、傾聴に値する意見を持っている人であった。その彼でさえも、自著『大いなる幻想』の売れ行きには驚いた。戦争はもう時代遅れで廃れてしまった、とエンジェルは『大いなる幻想』で説いていた。「力によって前進していく時代は過ぎ去った」とエンジェルは書いている。これからは「理念によって前進していく時代となるか、そうでなければ何も前進しない時代となるだろう」。

 エンジェルがこの文章を書いたのは1910年である。政治家たちは誰も彼もが『大いなる幻想』を絶賛した。4年後には、同じ政治家たちが第一次世界大戦を始めていた。1918年に至るまでに彼らは1500万人もの人々を殺していた。1945年になると二つの世界大戦による死者数の合計は1億人を超えていたし、核兵器開発競争も始まっていた。1983年には、アメリカとソ連との全面戦争が起これば最初の数週間で10億人が殺されることになるだろう(当時の地球の人口の5分の1である)、とアメリカの戦争シュミレーション(war games)が予測していた。そして第一次世界大戦が始まってから一世紀経った今日(2014年)では、シリアでは内戦が起こっているし、ロシアの戦車がウクライナとの国境に押し寄せているし、テロリズムとの戦いは終わりが無いように見える。

 その通り、戦争は地獄である…しかし、戦争が無かった場合のことを考えたことはあるだろうか?長期的な視点で歴史を見てみれば、1万年間の争いを通じて、人類はより大規模でより組織化された社会を作り出してきたことは明白である。その社会は、構成員たちが暴力的な死を迎えるリスクを著しく削減してきた。これらのより良く組織化された社会は、高い生活水準を達成したり経済成長を迎えたりするための条件も満たしてきた。戦争は私たちを安全にしただけではなく、豊かにもしたのである。

 思想家たちは、平和・戦争・力の関係性という問題に長い間取り組んできた。1640年代にイングランド内戦がトマス・ホッブズの周辺で起こり始めると、ホッブズは『リヴァイアサン』を書いて強い政府の必要性を主張した。ドイツの社会学ノルベルト・エリアス(Norbert Elias)は第二世界大戦の前夜に上下二巻の『文明化の過程』を出版して、当時から遡って5世紀の間でヨーロッパはより平和な場所になっていったと論じた。ホッブズやエリアスと私たちとの違いは、彼らの主張を立証する証拠を現在の私たちは手にしているということにある。

 長い目で見てみよう。例えば、石器時代は厳しい世界であった。言い争いを解決するのに暴力を用いようとする人がいたとして、その人が直面することになる制約や束縛(constraint)は、1万年前にはごく僅かであったのだ。殺人や復讐や襲撃などの形で行われる殺害は通常は小規模なものであったが、人口数そのものも小さかったをふまえれば、安定して行われ続けた小規模な殺害を合計すると恐ろしい程の死者数となる。多くの推計によると、石器時代の人間たちのうち10%から20%は他の人の手にかかって殺されていたのである。

 この事実は、過去100年間について広い視野で見ることを可能にしてくれる。1914年以来、私たちは二つの世界大戦を経験してきたし、ジェノサイドや政府主導の飢饉も経験した。内戦や暴動、殺人事件については言うまでもない。その全てを合計すると、人類は1億人から2億人という驚異的な数の同胞たちを殺してきたのである。しかし、この100年の間ではおよそ100億人が生を過ごしている…つまり、世界の人口の中で暴力的に死んだ人はたった1%から2%しかいなかったのである。幸運にも20世紀に生まれてきた人々が陰惨な死を遂げる可能性は、石器時代の人に比べると平均で10分の1であったのだ。そして、国際連合によると、暴力的な死を迎えるリスクは2000年以降には0.7%にまで下がっている。

 このプロセスが展開するにつれて、人類は繁栄している。1000年前には地球上の人口は600万人程度であり、人々は平均で30年程度しか生きなかったし、1日当たり約2ドル相当の収入で生き延びなければならなかった。現在は70億人以上が地球に存在しており、平均寿命は1000年前の2倍以上(67歳)であり、平均収入は1日当たり25ドルである。

 このような成長が起こった理由は、およそ1万年前、戦争の勝者たちがより大規模な社会に敗者たちを組み込み始めたことにある(incorporating)。そのような大規模な社会を機能させる唯一の方法とはより強い政府を発展させることである、と勝者たちは理解した。そして、戦争の勝者たちが権力を手にしたままでいるためには、政府がまず行うべきは支配下の人間たちの間で起こる暴力を抑制することであった。

  政府を運営する人間たちは聖人ではなかった。彼らは自身の良心から殺人を取り締まったのではなく、怒りっぽくて殺し合いを行う人間たちよりも行儀よく振る舞う人間たちの方が統治して税金を取るのが簡単であったから殺人を取り締まっていたのだ。しかし、意図せざる結果として、石器時代から20世紀にかけて暴力的な死の割合が急降下していくプロセスは戦争の勝者たちによって始動されたのである。

  それは野蛮なプロセスであった。ローマ人がブリテン島で行ったことにせよイギリス人がインドで行ったことにせよ、平和化(鎮定, pacification)はそれが鎮圧する野蛮と同じくらい血生臭いものになりえる。それでも、ヒトラーたちやスターリンたちや毛沢東たちの存在にもかかわらず、1万年間に渡って戦争は国家を作ってきたのであり、そして国家は平和を作ってきたのである。

 より大規模でより平和な社会を作る方法としては、戦争は想像できる中でも最悪の方法かもしれない。しかし、気の滅入るような事実ではあるが、ほとんどの場合において戦争だけが大規模で平和な社会を作る唯一の方法であるのだ。もしも何百万人ものガリア人やギリシャ人も殺さずにローマ帝国を創立することができていれば、または何百万人ものネイティヴアメリカンを殺さずにアメリカ合衆国を創立することができていれば、暴力ではなく議論によってローマやアメリカやその他の無数の争いを解決することができていれば…。だが、そんなことは起きなかった。人々が自分たちの自由を手放すことは殆どありえない…時には、他人を殺す権利や他人を貧しくさせる権利も含まれた自由であるが…力によって自由を手放すように強制されない限りは。そして、戦争での敗北か、敗北が差し迫っているという恐怖だけが、人々に自由を手放すことを強制することができるほとんど唯一の力なのである。

  文明化のプロセスは不規則であった。暴力は急増することもあれば急減することもあった。西暦400年代にフン族アッティラが登場する前から始まって1200年代にチンギス・ハンが登場した後までの1000年間、ステップ草原から馬に乗ってやって来る侵略者たちは、中国からヨーロッパにかけてのありとあらゆる場所で平和化のプロセスを実質的に逆戻りさせてしまった。大規模で安全な社会が戦争によって破壊され、より小さくより危険な社会に戻ってしまったのである。大規模な定住国家たちが遊牧民たちに対処する方法をようやく発見したのは1600年代である。走り回る騎手たちを停止させることができるだけの火力を銃に持たせることに成功したのだ。これらの銃と新型の外洋航行船を組み合わせることによって、ヨーロッパ人たちはかつてない量の暴力を世界中に輸出した。その帰結は恐ろしいものであった。それでも、ヨーロッパ人たちはそれまでの歴史で最大の社会を作り上げたのであり、そして暴力の割合をそれまでの歴史で最小にまで低下させたのである。

 18世紀には、海洋を跨る広大なヨーロッパ帝国が存在していた。スコットランドの哲学者であるアダム・スミスは、ある新しい事態が進行していることを発見した。数千年間に渡って、支配者たちは征服と略奪と課税によって豊かになっていた。しかし、今では市場がこれ程までに大きくなったために、国家が富を得るための新しい道が開けていることをスミスは理解したのだ。とはいえ、この道を通ることは複雑でもあった。政府が市場に介入せず、人々が自由に経済活動(truck and barter)を行うのに任せる時にこそ、市場は最も効率的に機能する。しかし、政府が介入してルールを強制したり取引を安全で自由に行えるようにしなければ、市場は機能しない。スミスがほのめかした解決策とは、ホッブズの主張したようなリヴァイアサン国家ではなく、グローバルな貿易の治安を守るスーパー・リヴァイアサンである。

 1815年にナポレオンが失脚してからは、世界はまさにスーパー・リヴァイアサンとなっていった。イギリスには地球上で唯一の産業経済が存在していて、その力はインドや中国といった遠方にまで投げかけられていた。イギリスの富は海外に財やサービスを輸出することからもたらされていたために、世界秩序を脅かさそうとするライバルを抑止することにイギリスは自国の経済力と海軍力を用いていた。戦争は終わらなかったが…アメリカと中国は内戦を経験したし、ヨーロッパの軍隊はアフリカやインドの奥深くにまで行進していた…、全体的には、イギリスの目の下で、地球はより平和でより豊かになり続けていったのである。

 とはいえ、イギリスの平和(Pax  Britannica)は矛盾に基づいたものであった。イギリスが財やサービスを売るためには、他の国にも商品を買える程には豊かになってもらう必要があったのだ。そのことは、好むと好まざるとにかかわらず、産業化して財産を蓄えることを他の国にも奨励する必要がイギリスにあったことを意味する。19世紀にはイギリスは世界システムを築いて勝利を得ていたのだが、同時に、それは戦略上の大失敗でもあったのだ。1870年代にはアメリカとドイツが産業界の巨人となっていたが、その成長のかなりの部分がイギリスの資本と専門的技術のおかげである。そして、アメリカとドイツはイギリスの世界秩序維持能力に疑問を抱き始めるようになった。世界の警察が職務の遂行に成功すればする程に、世界の警察の職務は難しくなっていったのである。

 1910年代には、エンジェルの『大いなる幻想』をあれ程までに称賛していた政治家たちの一部は、いまや戦争は最悪の選択肢でもないと結論していた。彼らが解き放った暴力はイギリスを破産させて世界を混沌の淵に引きずり込んでしまった。その戦争や極めて戦争に近い状態がついに終了するには、ソビエトが崩壊して、最盛期のイギリスよりも遥かに強力な警官としてのアメリカが残った1989年になるまで待たなければならなかった。

 前任者であるイギリスと同じく、アメリカは急拡大する貿易を監督して、世界秩序を乱すような戦争を起こさせないように他の国を脅して、世界における暴力的な死の割合を更に引き下げた。だが、これもまたイギリスと同じく、アメリカは自身が金を蓄えるために貿易相手を豊かにさせてしまったのである。アメリカは特に中国を豊かにさせたが、2000年以降、中国はアメリカのライバルとなる可能性を増し続けている。イギリスが経験した運命がアメリカにも待ち構えているかもしれない。不安定になり続ける世界における唯一の警官としての役割をアメリカ政府が果たし続けるなら話は別だが…その世界は、一世紀前のイギリスが想像できたものに比べて遥かに致命的な武器に溢れた世界である。

 そのため、アメリカ人たちの自国政府に対する態度はアメリカの国政だけに関わる問題ではない。それは地球上の全ての人に関係しているのだ。ロナルド・レーガンは第一期大統領就任演説で「政府は問題の解決策ではない、政府こそが問題なのだ」とアメリカ人たちに断言した。レーガンの抱いていた最大の恐怖…肥大した政府が個人の自由を抑圧すること…は、大きい政府と小さい政府それぞれのメリットについての未だ継続中の議論が、ホッブズが恐れていた事態について考えることから私たちをどれだけ遠ざけているかということを示している。別の場面では、英語で最も危険な10単語とは「こんにちは、私は政府の者だ、私は君を助けにきたんだ(‘Hi, I’m from the government, and I’m here to help.’)」であるとレーガンは言っている*1ホッブズが生きていれば、実際に最も恐ろしい10単語とは「政府は存在しないが、ところで私は君を殺しにきたんだ( “There is no government and I’m here to kill you.”)」であるとレーガンに伝えていただろう。

 私たちの時代より以前のほとんど全ての時代の人にとっては、極めて小さな政府が存在しているか政府が全く存在していないかということについての議論しか問題にならなかった。極めて小さな政府とは、少なくとも何らかの法と秩序が存在していることを意味している。政府が存在しないとは、法も秩序も存在していないということだ。

 このことにはレーガンでさえも同意するだろう、と私は思っている。「ある議員が、お前は法と秩序に対して19世紀の様な態度をとっている、と私のことを非難したんだ」とレーガンカリフォルニア州知事時代に言ったことがある。「しかし、それは全く言いがかりだ。私は18世紀の態度をとっているんだ。法律を守る市民たちの安全を守ることこそが政府が最優先するべき目標の一つである、ということをアメリカ建国の父たちが明言していた時代だよ」

 

 


Edwin Starr- War (HQ)

 

 ↑ 著書の題名の元ネタ。

 

War: What is it good for?: The role of conflict in civilisation, from primates to robots

War: What is it good for?: The role of conflict in civilisation, from primates to robots

 

 

 尚、この記事をめぐる議論に関しては発表当時に日本語でも紹介されている。

 

 

business.nikkeibp.co.jp

 邦訳されているイアン・モリスの著書。

 

 

人類5万年 文明の興亡(上): なせ西洋が世界を支配しているのか (単行本)

人類5万年 文明の興亡(上): なせ西洋が世界を支配しているのか (単行本)

 

 

 

人類5万年 文明の興亡(下): なぜ西洋が世界を支配しているのか (単行本)

人類5万年 文明の興亡(下): なぜ西洋が世界を支配しているのか (単行本)