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道徳的動物日記

動物や倫理学やアメリカについて勉強したことのある人の日記です。

ピーター・シンガーと資本主義

theconcourse.deadspin.com

 

  今回は、Concourseというwebサイトに掲載された「革命は行ってもよいだろうか?世界一の倫理学者に訊いてみた」というタイトルの記事を軽く紹介したい。

 

 記事の冒頭では、現代のアメリカにおける富裕層貧困層との間の圧倒的な格差について触れられている。サンフラシスコでは職を失った人たちがホームレスになっているそばで金持ちたちは豪華な高層住宅に住んでいて、アメリカの財産の大半はごく一握りの金持ちたちによって占められていて…といった事情が描写されて、このような現状では「金持ちの持っているものは奪ってもよいか」という問いは真剣に道徳的な問いとなる、と記者は書く。そして、現代のアメリカで革命や階級闘争を起こすことの是非を倫理学者のピーター・シンガーに訊きに行く…という趣旨の記事である。

 

 この記事の中でも私が特に紹介したいのは、以下の文章である。

 

右派はシンガーのことをどうしようもない理想主義者であるとみなしがちだ。資本主義を打ち砕こうとはせずにウォールストリートで働いてその収入の大半を貧困層に寄付することは良いことであるかもしれない、と最近にシンガーが提案した後には、左派の多くも彼のもとを去っていった*1。本当のところは、シンガーの道徳的理想主義は現実主義(プラグマティズム)によって大いに膨らまされているのだ。「私たちのみんなが、実際に存在するものとは全く違ったシステムが存在する状況を望ましいと思っているかもしれません。しかし、煉瓦の壁に向かって頭をぶつけ続けることには何の意味もありません。だから、評価を行う必要があるのです。いま私が立ち向かっているのは、頭をぶつけ続けるしかない煉瓦の壁なのか、実際に私が押し動かして全体的な構造を変革することのできるものなのか?」と、シンガーは言う。「私が講演を行うと、よく誰かが立ち上がって"問題なのはグローバルな資本主義だ、それこそが私たちが変革をするべきものなのだ。どうしてあなたは対処療法(band-aid)的な解決策ばかり話しているのだ?"と言います。私はいつも彼らに尋ねます。どうすれば実際にそれを行うことができるか?実際にグローバルな資本主義を取り除くためにはどうすればいいのか?半分程にもまともな答えを私に教えてくれた人はいませんよ」。

正しさに適ったシステムを持つ資本主義を想像することは理論的に不可能ではない、とシンガーは批判を退ける。それは、現在では金を稼ぐことへと向けられているモチベーションが、他人を救うことに向けられた資本主義である。そして、総体的な繁栄(prosperity)を最も多く生産できる経済システムが資本主義であるとすれば、資本主義よりも公平であるが全員にとっての繁栄が少なくなるシステムに置き換えることは、実際には非生産的なのである…「繁栄ということが、最底辺の人に対して割くことのできるリソースがより多く社会に存在することを意味する限りでは」。

 

 もちろん現時点で実際に存在している資本主義が理想的なシステムではないことはシンガーも認識しており、富裕層に対する課税を増す必要性なども認めている。そもそも誰もが億万長者にはなることができない社会も…それが人々の生産性や才能の発揮を妨げない限りでは…理想的であるかもしれない、とも論じている。

 ただし、多大な財産を持つこと自体は必ずしも非道徳的ではない、とシンガーは強調する。問題なのは財産の使い道であり、最終的により多くの他人を救うことに財産が使われていれば良いのである。また、資産家のウォーレン・バフェットを例に挙げながら、若いうちに財産をすべて寄付してしまうよりかは、財産を利用して自分がさらに豊かになったあとで増えた財産を寄付する方がよい、とも論じている。

 

 効果的利他主義を主張するシンガーの倫理学に対する、引用部分で言及されているようなタイプの批判…資本主義やグローバリズムを否定しないのは欺瞞だ、根本的な問題に目を向けない浅薄な実用主義だ…は、日本語圏でもよく目にする*2。この話題については私も以前に書いたが、現実に行うことが可能であるし実際的な効果も期待できる提案に対して「現状肯定」というラベルを貼り、具体案を示さずに口先だけで現状や資本主義などを否定して満足する、というのはやはり不毛であると思う*3

 

 記事の本題である革命については、革命が理想的に行われれば社会はより平等になるしそれは良いことだが、歴史上では多くの革命は悲惨な暴力を伴ったうえに理想を裏切って目的とは逆の効果を生み出してきた、とシンガーは言及する。そのうえで、「問題なのは、革命は必ず間違った方向に行ってしまうものなのか?、ということです。それは避けられないことなのか?革命が間違った方向に行ってしまうことは人間の本性なのか?」とシンガーは言う。また、フランス革命については「多くの血が流されたことや、多くの物事が間違った方向に行ってしまったことにもかかわらず、フランス革命は平等や市民権や法の支配をヨーロッパに拡大しました。それは、疑いの余地もなく良いことです」と、(物事の最終的な結果を重視する)功利主義者らしいコメントをしている。

 現在の世界で革命を行おうとすることについてはどう思うか、という論点については、歴史上に存在する数々の反例にもかかわらず、悲惨な暴力を伴わずに間違った方向に行かない革命というものが存在できる可能性はあるかもしれない、といったコメントをしている。

 

 

 

現実的な左翼に進化する 進化論の現在 (シリーズ「進化論の現在」)

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