道徳的動物日記

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実用的な道徳理論としての功利主義 (『モラル・トライブズ』の著者へのインタビュー記事)

news.harvard.edu

 Havard gazette というサイトに掲載された、心理学者兼道徳哲学者のジョシュア・グリーンのインタビュー記事について、後半だけ紹介。省略箇所に合わせてちょっと意訳もしている。これだけじゃなんのことかわからない人も多いと思うので気になったら他の記事を参照してほしい*1

 

「道徳エンジンとしての"深遠な実用主義」by ジョシュア・グリーン

 

(記事の前半では、先天的な道徳感情や各共同体の文化規範に依存した日常道徳とは「共同体の悲劇」に対処するためのものであるが、現代ではそれぞれに異なる文化からやってきて異なる日常道徳を持った人たちが相互に関わるようになったために「共通道徳の悲劇」が起こるようになっており、「共通道徳の悲劇」に対処するためには日常道徳をメタ的な立場から扱うメタ-道徳である「深遠な実用主義(deep pragmatism)」が必要とされる、という話がされている)

 

(前略)

 

 …この問題を解決するためには私たちは「深遠な実用主義」を適用しなければならない、とグリーンは論じる。「深遠な実用主義」とは、功利主義の創始者たちであるジェレミー・ベンサムジョン・スチュアート・ミルのアイデアに基づいた考えである。

「物事について最終的に問題となるのは人々の経験の質…私たちの幸福と苦痛である、とベンサムとミルは論じました」とグリーンは言う。「経験とは、規範におけるヒッグス粒子なのです…経験は、私たちが価値を見出す物事の内の非常に多くを価値付けている価値なのです。例えば、私たちが"正直さ(honesty)"に価値を見出す理由とは何でしょうか?正直さはそれ自体に価値がある、と言うことはできるかもしれません。しかし、正直さが一般的に有益なものでないとすれば、私たちは正直さに今ほど直感的なレベルで価値を見出しはしないのではないでしょうか?人々が不正直である場合、危害が引き起こされます。不正直は、私たちの人生の経験に負の影響を与えるのです。」

 しかし、深遠な実用主義をどのように実践すれば良いのだろうか?その具体的な例として、グリーンは中絶を巡る議論について話をした。

「左派の人々は、女性には"選択する権利"があると言います。そして、右派の人々は胎児には"生きる権利"があると言います。これはどちらも客観的で合理的であるかのように聞こえますが、その議論の表面よりも奥を見てみましょう。

 妊娠9ヶ月の女性には"選択する権利"があるか?大半のプロ-チョイスは"いいえ"と答えます。しかし、妊娠1ヶ月と9ヶ月の間で、何が変わるのでしょうか?胎児が苦痛を感じるかどうか?胎児が意識を持つかどうか?しかし、私たちの食べる動物たちの多くは…または、自分では食べないが他人が個人的な選択として食べることを認めている動物たちの多くは…苦痛を感じるし意識を持つようにも見える、などなどが問題になります。このことは、女性の"選択する権利"を論理的に首尾一貫して擁護することはできない、ということを意味していません。しかし、女性には"選択する権利"があるとただ単に宣言するだけよりもずっと難しい作業ではあるのです。」

 反-中絶派の議論については、グリーンは以下のように言う。彼らの議論は、最終的には、胎児には受精の瞬間から魂が吹き込まれているという形而上学的な信念に落ち着くことになる。…そして、その形而上学的な主張には何の証拠もないのだ。

 グリーンが提案する代替案とは、"権利"について果てしなく議論することを回避して(権利とは究極的には直感レベルの感情に由来しているものだ、とグリーンは論じている)、その代わりに"結果"に焦点を当てることだ。

 中絶が違法となったら、あるいは厳しく制限されたとすれば、何が起こるだろうか?幸せに養子となった赤ん坊の数が増えるのか?赤ん坊をケアすることのできない(あるいは、ケアする意志のない)両親の元に生まれ落ちる赤ん坊の数が増えるのか?中絶の数は減るのか、それとも、これまでと同じ割合の中絶が影に隠れて行われ続けられるのだろうか?

「もちろん、どちらの側にもバイアスはあります。どちらの側も、自分たちの主張する道がとられなければ酷いことが起こる、と主張するでしょう」とグリーンは言う。「しかし、意見の不一致は同じくらい苛烈であるとしても、(訳注:深遠な実用主義-功利主義と、"権利"についての議論との)違いは、最終的には答えが見出されるということにあります。その議論は証拠によって審査することができるのです。ですから、10歩進んで9歩下がるとしても、議論を進歩させることができるのです。」

 

 

モラル・トライブズ――共存の道徳哲学へ(上)

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