道徳的動物日記

動物や倫理学やアメリカについて勉強したことのある人の日記です。

イギリスにおける動物愛護運動の歴史

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 クリスチャン・サイエンス・モニター誌に掲載された書評を紹介する。

書評:『動物たちのために』 by ランディ・ドティンガ (Randy Dotinga)

 

 

 数世紀前のイギリスで行われていた動物たちに対するショッキングな虐待は、歴史からは忘れられた。しかし、動物に対する虐待行為は、ぞっとするような遺産を英語の中に残している。

「コックピット(cockpit)」という単語は、もともとは闘鶏たちが死ぬまで戦う空間(闘鶏場)の事を示す言葉であった。「ブルドッグ(bulldog)」…今日のピット・ブルの先祖である…は、血に飢えた農民や貴族たちの群集の前で怒り狂った牛を攻撃していた。現在では卑屈や恥じ入りなどの表情を示す言葉である「ハングドッグ (hangdog, 吊るされた犬)」という単語でさえも、動物裁判を受けさせられた犬の哀れな末路にその起源を持つのだ。

 現代と同じように、当時でも多くの人々は自分の家にいるペットたちのことは熱愛していたが、「世界で最も残酷な国」であると言われていたイギリスの街中で動物たちに行なわれている恐るべき行為について気にかける人は僅かであった。しかし、人間たちは思いやりを持つようになり始めた。動物たちは単なる財産以上の存在であると見なすようになり始めたのだ。そして、動物虐待を行うことが個人の権利であるとは見なされなくなった。

「今日では、非常に多くの人たちが保護された犬や猫やウサギや馬と暮らしているが、動物たちが保護されて生き延びられることは、究極的には当時のイギリスの改革者たちのおかげである」と、キャサリン・シェヴロー(Kathryn Shevelow)は著書『動物たちのために:動物愛護運動の誕生(For the Love of Animals: The Rise of the Animal Protection Movement)』の中で書いている。彼女によると、当時のイギリスで改革を行っていた男女たちは「初めて、動物たちの苦境に対処する法律を施行したのだ」。

『動物たちのために』は、自分の身を守ることができない生き物たちをケアすることは義務であるという感覚をイギリス人たちがいかに発展させてきたかについて、鋭くて目を見開かせるような視点を提供してくれる。鮮やかな逸話を通じて、イギリスに存在していた膨大な矛盾と、動物の権利運動を創立した様々な人たちの記憶に残るような肖像画で彩られた旅へとシェヴローは読者を連れて行ってくれるのだ。

 シェイクスピアの時代からその数世紀後まで、貴族たちは甘やかされた愛玩用子犬やファンシーな見た目をした鳥たちを熱愛する一方で、ほとんど飢え死にかけている雑種犬が街を徘徊していたり子供たちが公衆の面前で猫を拷問していることは無視していた*1。闘鶏や"いじめ(baiting)"…アヒルから猿までの様々な動物達に、獰猛な犬をけしかけること…は、全ての階級にとって人気なエンターテインメントであった。

『動物たちのために』にて書かれている様々な動物虐待の逸話は気を滅入らせるようなものであるが、シェヴローは、動物虐待の逸話を避けるためにはどの章を読み飛ばせばいいかというアドバイスも読者に向けて書いている。幸いなことに、本の中には読者が喜んで読めることも書かれている。果てしなく続く嘲笑にも関わらず、動物たちのために声を発した活動家たちの物語もその中に含まれている。

 動物愛護運動の初期には、動物たちは言葉を喋ることができないから愚かである、という一般に普及していた考えに疑問を呈した、マーガレット・キャヴェンディッシュという名の風変わりな公爵夫人が登場する*2。人間たちが行う数多くの愚かな物事を考えれば、言葉を喋られるかどうかは知性の存在を示すサインにはならない、と彼女は論じたのだ。しかし、彼女の苦労(と、彼女が行っていたフェミニズムの苦労)にも関わらず、後世の批判者たちは「狂ったマッジ」という不名誉な称号を彼女に授けたのであった。

 その後も、同じようなことが続いた。聖書は動物虐待を批判している、という思い切った解釈を行った大臣がいたが、彼は狂っていると呼ばれた。牛いじめを禁止しようとした国会議員は、人間が楽しく時を過ごすということが理解できない道徳主義的なおせっかい屋であると呼ばれた。「牛いじめの次は何を禁止するんだ、キツネ狩りか?」と批判者たちは言ったのだ(確かにキツネ狩りも禁止されることになったが、それは2004年までかかった)*3

 馬に対する虐待を禁止する法律について国会で議論が行なわれている時、馬の次は犬に対する虐待が禁止されるかもしれないと誰かが言うと、議員たちは喜びの叫びを上げた。しかし、さらに広い考え…猫を保護するという考え…は、野次の笑いを引き起こしたのであった。

 だが、動物の権利を主張する声は影響力を増していった。聖書や哲学、奴隷制度反対運動を含む様々な改革運動から、運動家たちは動物に慈悲を与える理由を見出したのである。

 半分人間で半分動物の怪物たちや複雑な機械で出来た動物たちなどに対するヨーロッパ人たちの熱狂を記すことで、シェヴローは著書の内容を彩っている。また、彼女は独特な性格をした数多くの人々を改革運動家の中から発見している。例えば、菜食主義者であったが家ほどの大きさにまで太っていた人や、リチャード・"一触即発のマーティン”などだ(Richard "Hair-Trigger Martin")*4。マーティンはアイルランドの動物愛護運動の指導者であり、自分の飼い犬ですらなかった穏やかなウルフハウンド犬のために、その犬を冷血にも殺害した男に対して決闘を挑んだ人間でもある。

 「騒ぎを起こしてヘマをやる愚か者だ」という非難にも関わらず、マーティンは影響力の強い団体である動物虐待防止協会(SPCA)を創立した。1840年には動物虐待防止協会はイギリス王室からの認可を得て英国王立動物虐待防止協会となり(RSPCA)、それは今日に至るまで有効である*5

 イギリスにおける動物の権利運動の発展を徹底的に追跡する一方で、他の場所で起こった出来事についてはシェヴローは短いページでしか扱っていない。イギリスで行われた運動がアメリカにおける動物の権利運動にどのような影響を与えたかは、アメリカの読者自身が調べる必要がある。

 一部の読者は『動物のために』を少しアカデミック的に過ぎると感じるかもしれない。また、椅子に座った可愛いらしい犬のカバー写真は抜け目のないマーケティング用のものであり、本の内容とは何も関係ないことにも読者は気付くだろう。

 とはいえ、『動物のために』は示唆に富んでおり読者にインスピレーションを与える本である。この数世紀で動物の扱いがどれほど変わったか…そして、何が変わっていないか…を、読者に思い出させてくれる。非常に多くの人々が動物たちを大切にするようになったが、それでも、動物たちは未だに虐待や残虐行為の被害者であり続けている。しかし、反対派たちからの強烈な攻撃に立ち向かい続けた人々の努力のおかげで、正義と寛容はこれからも動物たちの側にあり続けるのだ。

 

 

 

For the Love of Animals: The Rise of the Animal Protection Movement

For the Love of Animals: The Rise of the Animal Protection Movement

 

 

*1:愛玩用子犬 =  Lap dog, 犬種という意味も含まれている

ラップ・ドッグ - Wikipedia

*2:マーガレット・キャヴェンディッシュについての参考サイト。作家、科学者、フェミニストとしても有名

マーガレット・キャベンディシュ ( 小説 ) - Yukihisa Fujita Mystery World - Yahoo!ブログ

 

*3:

http://www.geocities.jp/britishnews2005/merumaga/2foxhunting.html

*4:リチャード・マーティンについて日本語で紹介されている記事

動物保護 マーチン法 - ドーベルマン ボルドーブログ日記

*5:

英国動物虐待防止協会 - Wikipedia