道徳的動物日記

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オルタナ右翼とソーシャル・ジャスティス・ウォーリアー

quillette.com

 Quilletteというサイトに掲載された記事を紹介。

「社会正義左翼とオルタナ右翼:我らの分断された新世界」 by ベン・シックススミス

 

 あなたが猫の写真や料理のレシピやヌード写真以外のことをインターネットで調べた経験があるなら、現代政治における2つの極端な運動を知っているかもしれない。「社会正義」左翼(“social justice” Left )と「オルタナ右翼」( “Alt-Right”)だ。どちらの運動も大半はインターネットで行われており、左翼と右翼のイデオロギーアイデンティティ主義的な要素(identitarian elements)を極端な形で体現している。どちらの運動も、文化戦争を本気で行おうとしているのだ。

 先に登場したのは社会正義左翼の方だ。社会正義左翼は反-人種差別的な関心とフェミニスト・LGBTQ的な関心を融合させたものであり、特定の一貫したイデオロギーや政治運動ではなく、共産主義者もリベラルも含まれている。その左翼的な要素は西洋における革命の可能性の無さに幻滅したマルクス主義的な傾向を体現しており、ルディ・ドゥチュケが「制度内への長征」と呼んだものを追求している*1

 だが、資本家階級がその運動を包摂する可能性こそが、社会正義運動をこれ程までに普遍的にした要因なのだ*2。ローリー・エルウッドが論じたように、企業には移民や女性の労働を支持する財政的なインセンティブが存在している*3。…そして、重要なことに、それを言っている人が企業の重役で大富豪であったとしても、進歩的な社会的意見を主張する人はクールでカウンターカルチャー的に思われるのだ*4

 人種、ジェンダーセクシュアリティに関する文化的な態度が変化していったにつれて、社会正義運動は反-直感的になって、より過激になっていた。クリスチャン・ニーミエッツは、この傾向は「ポリティカル・コレクトネスの経済学」を反映していると論じている*5。進歩的な意見を持つことで得られるステータスはその進歩的な意見が普及して標準化するにつれて失われていくから、進歩的な意見を支持する人がステータスを維持するために進歩的な意見の基準はより過激になり続けなければならない、ということだ。

 ジァーメイン・グリアはかつてはカウンタカルチャーのアイコン的な人物であったが、今の人々の趣味からするとあまりに退行的であると見なされている*6。社会正義運動を過激に体現する人々は、愛情と軽蔑の両方を込めて「ソーシャル・ジャスティス・ウォーリアー(social justice warriors, SJW)」と呼ばれている。年長のSJWの多くはジャーナリストや大学関係者であり、若いSJWはキャンパスで抗議をしてTumblrに投稿をする学生である場合が多い。

 オルタナ右翼の方を見てみよう。「オルタナ右翼」は、マイノ・ヤノプロスやポール・ジョセフ・ワトソンに代表されるようなアナーキー主義的な要素から Radix や The Right Stuff といったウェブサイトに集まっている白人ナショナリストの集団まで、それぞれに異なる様々なイデオロギー要素に対して包括的に適用される単語だ。オルタナ右翼の代弁者にはリバタリアンから国家社会主義者までが含まれているが、彼らは進歩主義的なエスタブリッシュメント層に対する憎しみを共有している。そして、くどい話と怒鳴り声のために不人気だった過去の右翼たちの轍を踏まないこと、より若くてテクノロジーに精通した聴衆たちに幅広くアピールすることを望んでいる。4Chan や subreddits といったサイトで行われたイデオロギー的な勧誘のおかげでメンバーが増えたために、オルタナ右翼は活気づいた。オルタナ右翼に勧誘されたのは、大半は白人であり男性である若い成人たちだ。彼らは、批判的で侮辱的な動画やミームや罵詈雑言をジャーナリストや政治家たちに浴びせかけたのだ。

 オルタナ右翼の内のかなりの部分が、社会正義左翼に対する反応として発展したものである。社会正義左翼の所業…アニータ・サーキージアンによるビデオゲームに登場する女性の悪名高い分析に代表されるようなポップカルチャーの政治化、Mozilla社の共同創設者であるブレンダン・アイクが同性婚に反対したために会社から追い出された事件に代表されるような口やかましい批判、などの所業に対する反応である*7*8。また、「トリガー警告」や「セーフ・スペース」といった名を末代まで残すことになった、社会正義左翼の過敏症に対する反応でもある。若い男性たちは文化戦争に加わり始めて、権威主義的でヒステリックに見える人々に対して喧嘩を吹っかけるようになった。彼らは政治的な意識を発展させたのだ。

 若い男性たちは昔から冷笑的であったのは明白だが、全ての物事が攻撃的・侮辱的(offensive)であるという概念が、何事も攻撃的・侮辱的ではないという考えを生み出してしまったのである。ハロウィンの仮装やミュージックビデオには「問題のある」要素が含まれているというユーモアが欠如していて過剰な分析や、些細で馬鹿げた「マイクロアグレッション」が増え続けることに直面した若い男性たちは、人々に「(訳注:トラウマを引き起こす)トリガーを与える」ことにひねくれたプライドを見出すようになった。そして、適切な行動についての理に適った指針も気にせずに、彼らは攻撃的で露骨になり続けているのである。

 オルタナ右翼の中の白人ナショナリスト派閥はアイデンティティを大きく強調して論争しているが、それも社会正義のレトリックから着想を得たものだ。ソーシャル・ジャスティス・ウォーリアーたちは、自分たちは白人の特権や性差別やヘテロ規範性に反対していると自称しているが、実際には彼らは単に白人や男性や異性愛愛者に反対しているように見えることが多い。好むと好まざるとに関わらず、自分のような人間がハイヒールで踏み潰されるビデオをフェミニストのレナ・ダナムが投稿するのを目にした異性愛者の白人男性は、異性愛性や白人性や男性性をより熱心に受け入れるようになるだろう*9

 皮肉なことに、 社会正義のロジックは極右にとって好ましい結論も導いてしまう。例えば、進歩主義者たちは白人男性たちが不当に多くの権力と財産を手にする地位にあることを強調して、この現象は単なる偏見と身内贔屓によって説明できると言い張る。だが、彼らの論敵も、進歩主義者たちと同じ思考の道筋を辿ってユダヤ人たちにその論法を当てはめるのだ。アイデンティティと差別に対するこの異常なまでの集中は、悪質な反ユダヤ主義の口実を右翼に与えてしまったのだ。

  SJWとオルタナ右翼が共有しているのは、自分は社会の本当の闇を知らされた、という感覚である( SJWは「目覚めた」と言い、オルタナ右翼は「赤い薬を飲んだ」と言う)*10。多くの人々にとっては、その感覚は未発達でイデオロギー的ではない感覚であり、大して機能しない。だが、別の人々に対しては、難解で曖昧な研究に偏向を引き起こして、論争的で奇妙ですらある陰謀論をもたらしてしまった。左翼たちはファッショナブルな社会批判理論を内面化していったし、オルタナ右翼たちは歴史修正主義ファシスト擁護論といった奇妙な分野に突入していったのだ。

 最近では、どちらの運動も内紛に突入している。左翼は「アイデンティティ・ポリティクス」を疑問視するようになったし、一部の左翼は今回の大統領選挙に負けたのもアイデンティティ・ポリティクスのせいだと考えている*11。一方で、オルタナ右翼の中でもリバタリアン的な派閥は、自分たちの人種主義的な仲間が備えているアイデンティティ主義的な性質を批判している*12

 これらの議論のニュアンスを見失いたくはないので書いておくが、SJWとオルタナ右翼のどちらの反応もややナイーブである、と私は考える。どちらの運動も、盛り上がることもあれば盛り下がることもあるだろうが、彼らのアイデンティティ主義的な考えは残り続けるだろう。「アイデンティティ・ポリティクス」は何もないところから起こるのではなく、アイデンティティが不安定で危機に晒されている時に起こるのである。多くの場合は匿名である様々な Twitterアカウントや YouTubeチャンネルの背後には、自分たちを生み出した文化に対して敬意をほとんど持たず未来への希望もほとんど持たない若者たちがいるのだ。
 ネット上の若者たちの他にも、SJWやオルタナ右翼という単語を耳にしたことがない何千万人もの人々が、移民や貿易や戦争や文化という問題を巡って痛烈に争っている。彼らは異なった存在かもしれないが、そのどちらもが、つかの間のTwitterトレンドやミームよりも長続きする社会の原子化と不安によって生み出された存在なのだ。

 

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*1:訳注:ルディ・ドゥチュケの参考サイト

ルディ・ドゥチュケとは - Weblio辞書

68年闘争 68er Bewegung - ドイツ生活情報満載!ドイツニュースダイジェスト

上の記事から引用:"彼は、社会の機構の完全な一部となることにより、政府や社会の中から過激な変革を実現するという「制度内への長征」(long march through the institutions)を提唱した"

*2:訳注:"包摂 subsummation"はマルクス経済学的な用語のようだ

包摂 - Wikipedia

*3:

www.ibtimes.co.uk

*4:

Lifestyle feminism, because you're worth it | Quillette

*5:

iea.org.uk

*6:訳注:グリアはフェミニストであるが、トランスジェンダーに関する発言が顰蹙を買ってフェミニストや左派から嫌われてしまったようだ

ジャーメイン・グリア - Wikipedia

「フェミニストはいつフェミニストでなくなるか?」 by ポーラ・ライト - 道徳的動物日記

*7:訳注:アニータ・サーキージアンはGamerGate事件の被害者としても有名

【特集】今も余波続く「ゲーマーゲート騒動」―発端から現在までを見つめ直す | Game*Spark - 国内・海外ゲーム情報サイト

*8:

同性愛者から反発されていたMozillaのCEOが就任から10日ほどで辞任 - GIGAZINE

*9:訳注:調べたけどビデオの詳細はよく分からない

Lena Dunham (@lenadunham) | Twitter

*10:訳注:「赤い薬」は『マトリックス』由来のスラング

映画「マトリックス」から学ぶ英文法|有名な文学から引用して表現する|格安で効果的なフィリピン・セブ島へ英語留学

*11:

Sanders slams identity politics as Democrats figure out their future - POLITICO

*12:

Is the Alt-Right Dead? Mike Cernovich Interview - YouTube