道徳的動物日記

動物や倫理学やアメリカについて勉強したことのある人の日記です。

「動物実験のコストとベネフィット」 by アンドリュー・ナイト

 

 今回紹介するのは、倫理学者のアンドリュー・ナイト(Andrew Knight)が2011年New Internationalist のwebページに掲載した「動物実験のコストとベネフィット(The costs and benefits of animal experiments)」という記事。ナイトは同じ題名の単著も出しており、他にも動物実験やその他の動物倫理に関する題材を取り上げた論文・記事を書いているようだ。本人のホームページはこちら

 

newint.org

 

動物実験のコストとベネフィット」 by アンドリュー・ナイト

 

 

 信じられないほど複雑な構成をしているとはいえ人間の身体は機械の一種である、という強烈な主張を、動物実験の支持者であるラリー・ピクロフト(Laurie Pycroft)が New Internationalist誌の最新号で発表した

 もちろん、人間たちも動物たちも、単なる機械ではない。そのように考えることは、人間や動物たちに含まれている他の特性…感情を抱けるということや、偽りのない社会的関係を結ぶ能力…を認識することについて根本的に失敗している、ということを示している。

 さらに嘆かわしいのは、そのような主張は道徳に対する無知の度合いも示しているということだ。機械は道徳的地位を持たない。生き者たちは道徳的地位を持っている。特に、機械と違い、実験動物と人間の両方が、病気を患った時あるいは実験室の環境に置かれた時や実験の手続きで使用された時に苦痛を抱く能力を持っているのだ。

 その実験が人間の健康の増進を具体的にもたらしたということが本当である場合にならば、「最大多数の最大幸福」に基づいた功利主義に基づいて、動物に対して実験を行うことを道徳的に擁護することは可能であるかもしれない。その場合には、類似する事例として、他の多数の人々を助けるために人間に対して実験を行うことも擁護されてしまうだろう。しかし、大半の人々は、人間に対して実験を行うことは道徳的に忌まわしい行為であると考えている。だが、動物実験を行う研究者たちとその支持者たちは、動物に対する侵襲的な実験を正当化するために、上述したものと同様の功利主義的な主張を行っているのだ。

 人間に対する実験を否定しつつ動物に対する実験を正当化するためには、動物の道徳的地位は人間のそれに比べてかなり小さなものでなければならない。化粧品のための実験や科学的好奇心を満たすなどの比較的些細な人間の利益のために、動物が深刻な危害を加えられたり殺害される時には、動物たちの道徳的地位は非常に小さなものであると考えられているはずだ。2011年に、Judith Benz-Schwarzburg と私は、動物たちに認知能力やそれに関係する能力が存在するという科学的証拠について詳細にレビューした。私たちの研究や他の研究からは、ほとんど全ての実験用動物を含む多くの動物たちが彼らを道徳的配慮の対象に含めることを正当化するのに充分な心理的特徴を持っていることを示す、充分以上の量の科学的な証拠が集められた。このことは、私たちがそれらの動物たちを使用する方法の多くは不正であるということを意味している。動物たちを強制的に閉じ込めて有害な可能性のある生物医学研究に用いることも、不正な方法の一つである。

 さらに付け加えると、侵襲的な動物実験の有用性も、議論の対象となっている。ある科学者たちは、メジャーな人間の病気に対抗することや人間にとっての毒性を検出することにおいてこれらの動物実験は必要不可欠である、と主張する。それとは真逆の主張を行う別の科学者たちは、動物実験を用いて開発された医薬品によって害を被った何千人もの患者たちの存在を指摘する。同様に、動物実験は高度な科学的基準に基づいて人道的に行われている、と主張する科学者たちもいる。だが、近年の数多くの研究は実験動物たちが非常なストレスを感じていることを明白にしたし、そして実験動物たちがストレスを感じていることは実験の結果までをも歪めている可能性があるのだ。さて、では、真実はどこに存在するのか?人間の健康を増進するうえで、動物実験にはどれ程の有用性があるのだろうか?実験の結果として、動物たちはどれ程の苦痛を感じているのだろうか?

 私の著書『動物実験のコストとベネフィット』では、十年以上に渡る科学的研究、個人的経験、そして500以上の科学的出版物の分析を掲載している。「動物実験は倫理的に正当化できるか?」という、鍵となる問題に対してエビデンスに基づいた解答を与えるためだ。ステマティック・レビューでは、バイアスを除去するためにランダムに選ばれた多数の動物実験を検証している。これらのレビューは、生物医学研究を評価するうえでの「黄金律(gold standard)」を示しているのだ。人間に対する臨床的介入の発展への寄与やあるいは臨床的結果に実質的に一致することにおいて動物モデルの有用性が有意にあると著者らが結論できたのは、20のレビューのうち2つしかなかった。さらに、その2つのうちの1つにも異論が出されていた。追加で行った7つのレビューも、発がん性や催奇性などの人間にとっての毒性の信頼性の高い予測を示すことに失敗しており、それに反する結果を示すレビューは存在しなかった。動物モデルの結果は、曖昧なものになるか人間の結果と一致しないことが頻繁にあったのだ。

 全体的なコストとベネフィットを考慮すれば、人間の患者や科学的好奇心を持っている人たちに生じるベネフィットは科学的手続きに用いられる動物たちに生じるコストを上回る、と結論付けることは合理的にできなくなる。反対に、動物たちに生じるコストを正当化できるほどに充分な、実質的なベネフィットが人間にもたらされることは…もしそんな場合があるとしても…珍しい、ということをエビデンスは示しているのだ。

 ただし、動物たちの利益を相応に尊重することは、動物を用いた研究のすべてを終了させることを要求する訳ではない。動物を用いた研究には様々なものが含まれている。野生動物の野外調査、サンクチュアリや実験室にいる動物たちへの非侵襲的または心理学的な研究、軽度に有害な侵襲的実験、より有害な侵襲的実験、そして、多大な危害や死をもたらすことになるプロトコル。 倫理的な配慮を行うことは、動物を用いた研究の幅を、自由に生きているかサンクチュアリにいる動物たちを対象にした非侵襲的で観察的・行動学的・心理学的な研究にまで狭めることになるだろう。

 動物を用いた研究をこのように制限することは、必然的に、探求することができる科学的問題の幅を狭めることになるだろう。しかし、このような制限は、動物の利益を満たすことと人間の利益を満たすこととの間の正しい倫理的なバランスをもたらすであろう。人間も動物のどちらも、誰もが単なる"機械"であると見なされるべきではないのだ。

 

 

The Costs and Benefits of Animal Experiments (The Palgrave Macmillan Animal Ethics Series)

The Costs and Benefits of Animal Experiments (The Palgrave Macmillan Animal Ethics Series)