道徳的動物日記

動物や倫理学やアメリカについて勉強したことのある人の日記です。

環境美学のサバンナ仮説(ゴードン・オリアンズ『蛇、日の出、シェイクスピア』)

 

Snakes, Sunrises, and Shakespeare: How Evolution Shapes Our Loves and Fears

Snakes, Sunrises, and Shakespeare: How Evolution Shapes Our Loves and Fears

 

 

 

 以前に趣味で読んだ洋書の内容を紹介するシリーズ。といっても、この本の書評は既に日本語で書かれているので、以下の書評記事を参考にしたり引用したりしながら紹介してみよう。

 

d.hatena.ne.jp

 

 ゴードン・オリアンズ(Gordon Orians)の著書『蛇、日の出、シェイクスピア:進化はいかにして我々の愛と恐怖を形作ったか(Snakesm Sunrises, and Shakespeare: How Evolution Shapes Our Loves and Fears)』は私たちが日々抱く様々な感情、なぜあるものを好んだりあるものを恐れたりするかといったことを、進化心理学的な観点から説明している本だ。人類が世界中に移動して暮らし始めるようになったのは人類全体の歴史から見ればつい最近のことであり、人類の祖先は長年に渡ってサバンナ地帯に暮らしていたために、サバンナでの生活において適応的・好都合であった感情や選好などが現在の私たちにも生得的に備わっており私たちの日々の生活にも影響を与えている、ということが強調されている。

 この本の中でも特に印象的なのが、私たちが「綺麗だな」とか「快適だな」と思う自然の環境や景観はどのようなものであるか、ということも私たちの祖先が過ごしていたサバンナの環境に由来している、という議論だ。端的に言ってしまうと、サバンナにて私たちの祖先に水や食料などの資源をもたらしてくれたような環境、また肉食獣から隠れるスペースや木陰などを提供してくれたような環境、そのような環境のシグナルとなった樹などを、私たちは好ましく思う。私たちが「綺麗だな」と思う庭園や風景画、「快適だな」と思う公園などにおいても、そこに植えられていたり描かれていたりする樹やその他の自然物は、サバンナにおいて私たちの祖先の生活に貢献した環境やそのシグナルとなった自然物の形や構成などを反映しているかもしれない。これが環境美学における「サバンナ仮説」である。

 上述のブログ記事から、もう少し専門的な説明を引用してみよう。

 

ヒトが,水辺に草原があり大きく枝を広げた樹木があるような景色を好ましいと感じるのは,それがアフリカのサバンナにおけるリソースが豊富でリスクの少ない環境の指標であるからではないかという議論

 

動物がより適応的な住み場所を選ぶことはハビタットセレクションとして進化生物学でリサーチされている.オリアンズはそれをヒトへ応用する場合の枠組みを示している.ヒトは,まず景観が与える情報を直感的に判断し,さらに探索してリソースやリスクの情報を集めて決断し,そしてより適した環境になるように改変を行う.

このような行動フレームの中でヒトはどのような基準で選択を行うのか.オリアンズはサバンナにおける適応課題が基準の中身にとって重要だったという「サバンナ仮説」を提唱している.まずヒトはどのようなものを生得的に注目するのだろうか,そしてそれは適応的に説明できるだろうか.

 

ここからオリアンズは特に景観への好みを詳しく論じている.冷戦時代にアメリカへ亡命したロシアの画家コマーとメラミッドは風景画のマーケティングリサーチを行い.アメリカ人に最も好まれる要素を突き止めてそれを絵画にした.それは水辺に草原と樹木があり動物が描かれている.おもしろいことに彼らは多くの国で調査を行い,似たような結果を得ている.景観への好みはヒューマンユニバーサルなのだ.これらの要素は公園,庭園,墓地のデザインにも見ることができる*1

オリアンズは自分のサバンナ仮説とアップルトンの安全なレフュージ仮説(自分は安全で遠くまで見通せる場所を好む)を念頭に置きつつ,サバンナの情景,有名な公園,庭園のデザイン史を詳しく見ていく.基本的に両仮説は排他的ではなくそれぞれ当てはまるということだが,詳細には力が入っていて,ここも読み所になっている.

 

 引用でも書かれている通り、「サバンナ仮説」が正しいとすれば、私たちがどのような景観や庭園や風景画を美しいと思うかということには進化によって備わった生得的な感情や選好が関わってくることになる。そして、その感情や選好は育った文化に左右されるものではない、普遍的なものなのだ。オリアンズはサバンナ仮説を説明するために、日本庭園と西洋の庭園や風景画をそれぞれ取り上げながら、いずれにもサバンナの景観やシグナルが何らかの形で反映されていることを指摘する。風景画や庭園についての話題となると西洋と東洋の絵画や庭園を比較して、それぞれはどのように違っていてその違いの背景には思想や宗教の違いがあって…といった比較文化論的な話になりがちだが、ヒューマンユニヴァーサルを強調する進化心理学の議論においては、西洋と東洋との文化の違いを超えて共通する普遍的な側面が強調されている訳だ。根拠がなく説得力も見出せないことが多い比較文化論にうんざりしがちな私にとっては、オリアンズの議論はなかなか面白かった。

 

 以下では、オリアンズの議論について具体的に紹介してみよう。

 日本庭園について、まずオリアンズは平安時代の『源氏物語』に書かれている記述を引用し、禅文化の影響によって日本庭園の様式には変化があったことを指摘しつつ、現存する日本庭園にサバンナ仮説を当てはめて検証する。

 たとえば、「資源の豊富なサバンナで主流である樹は、典型的には、高さよりも横幅が高く、縦方向よりも横方向に広がった樹冠を持ち、小さな複葉を持ち、幹は全高と比べて相対的に短い。サバンナを流れる川のそばに生える樹は、より高くより横幅が狭くなり、多くの場合に幹は地面からより高い点で枝分かれする。より乾いており、生産性が少ない生息地では、多くの種の樹はより短くなり、より枝分かれした幹を持つ。私たちが樹に対して抱く美的反応は、樹が提供する資源(食料、木陰、安全)とその樹が生えている環境の質についての情報を反映しているはずだ」( p.64-65)。そして、日本庭園に植えられていることの多い樹の2トップは、紅葉などのカエデ属(Maple, Acer)と樫などのコナラ属(Oaks, Quercus)だ。カエデについて見てみると、日本原産のカエデ属は22種存在するが、日本庭園に植えられることが多いのはコハウチワカエデ、ハウチワカエデ、イロハモミジの三種である。そして、これらのカエデは他の種のカエデに比べてサバンナの樹が持つ特徴を強く持っているのだ。また、庭園に植えられているイロハモミジは野生に生えているイロハモミジと比べて短く小さな幹を持っており、葉はより細かく分かれている。これも、イロハモミジの中でもサバンナの樹が持つ特徴を相対的に強く持っている個体が美的理由から庭園に植えられる樹として選ばれたということだろう。コナラ属に関しては単葉であり、庭園に植えられる種もそうでない種も枝の数や幹の高さや横幅などの形状に変わりはないが、庭園に植えられる種の葉は小さく常緑である。いずれにせよカエデ属に比べるとコナラ属はサバンナの樹に類似していないが、日本庭園ではコナラ属はカエデ属に比べて枝を切り落とされて剪定される程度が強く、これによってサバンナの樹に似た形状に近づけられる。そして、日本庭園に付き物のアカマツも剪定される訳だが、これもまた剪定された後にはサバンナの樹に似た形状に近づくのだ。…そして、日本庭園と同じく、西洋庭園でもサバンナの樹に類似した特徴を持つ樹が古くから植えられてきた(樹の他には池が好まれることも共通しているし、池が好まれるのは水辺が我々の先祖にとって大切だったからだ。水のない石庭ですら、石の配置や砂の模様によって水を演出する)。

 また、広く開けた視野があること、遠くまで見晴らしが良いことは庭園でも風景画でも好ましいとされる。日本庭園では様々な意匠を凝らして実際以上に広い空間にいるという印象を訪問者に与える。そして、西洋庭園でも日本庭園でも、角度や場所を少し変えるだけで様々な違った風景が見えることが理想とされている。ただし、ただ広いだけではダメであり、隠れようと思ったら隠れられる茂みなどのスペースがあることも重要だ(風景画にしても、木陰などから遠くまで覗いているような構図が好まれやすい)。これには、上述に引用した「安全なレフュージ仮説(自分は安全で遠くまで見通せる場所を好む)」が反映されているのである。

 

 …他にも、洋の東西を問わずに天国や極楽にはサバンナ的なモチーフが使われており地獄は非サバンナ的である、などなど。上述に引用した記事でも指摘されている通り議論に強引なところはあるし反論はいくらでも出てくるだろうが、環境とか美的価値観の話となるとすぐに西洋と東洋の差異を強調する比較文化論ばかりが出てくる現状に対するカウンターとしては面白い議論であると思う。

  

 

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*1:これがその絵画であり、「America's Most Wanted」という題名。樹や池の他にも、狩猟の対象となる草食動物に妊娠盛りの女性と年老いた男性が配置されていることがポイントらしい。

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