道徳的動物日記

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IQ・経済・民主主義

 

Hive Mind: How Your Nation's IQ Matters So Much More Than Your Own

Hive Mind: How Your Nation's IQ Matters So Much More Than Your Own

 

 

 以前に読んだ、経済学者ギャレット・ジョーンズの著書『Hive Mind: How Your Nation’s IQ Matters So Much More Than Your Own(蜂の巣マインド:なぜあなたの国全体のIQはあなた自身のIQよりもずっと重要なのか)』の中でも、特に面白かった第7章「知識のある有権者と、選良政治の問題(Informed Voter and the Questions of Epistocracy)」について軽く紹介しよう。尚、『蜂の巣マインド』の内容全般については経済学者タイラー・コーエンの書評記事を別のところで訳して紹介している。

 

『蜂の巣マインド』は「個人間のIQの差は個人間の収入の差とは関連していないが、国家間における国民全体の平均IQの差は国家間の豊かさの差と関連している」という現象の存在を明らかにして、それが何故かを解き明かそうとする本である。IQが高い人は忍耐強く計画的なので財産の貯蓄率が高くなること、賢こさは協力を容易にするので生産性を高くすること、人々の平均IQが高い国では有権者も政治家も忍耐強く計画的になるので短期的な利益に惑わされない長期的な政治経済計画を実行しやすく政治腐敗も起こりにくいこと、などなどが指摘されている。また、「国民の平均IQが高い国と低い国との違いは何か」「どうすれば平均IQが上げられるか」ということについても論じられており、IQの遺伝差という問題にも触れられながらも、人々の健康状態や環境を改善する様々な政策を実施したり教育制度を拡充したりすれば国民の平均IQを上げることは可能である(そして、IQと経済成長が関連しているとすれば貧しい発展途上国では国民の平均IQを上げることは必須の課題となる)、と論じられている。

 

 7章で指摘されているのは、民主主義国家では教育を受けた賢い有権者が多ければ多いほど経済学の知見に基づいた市場志向的な政策が実施されやすくなる(そのために経済が発展しやすくなる)、ということだ。…経済学に限らず、一般的に、ある学問分野における専門的な考え方は素人の直感的な考え方とは相反することが多い。ジョーンズが例に挙げているのは、毒物学における「危険は投与量にあり(the danger is in the dosage)」という知見だ。放射能にせよ鉛にせよダイオキシンにせよ、ある物質が危険であるかどうかはその摂取量に関わってくるのであって、それに触れ過ぎたなら危険である一方でごく僅かな量であれば無害である。だが、専門家でない一般人には危険度は量や程度によって変わってくるという考え方は直感的に理解しがたく、危険とされた物質には一切近づきたくなくその物質を排除したいと思いがちである。その結果、過剰で非合理的な規制が実施されてしまい様々な活動が非効率的で非生産的なものとなる…というのはよくあることだ。しかし、専門家ではない一般人の間にも、より多くの教育を受けた一般人にはより専門家的な思考に近づく、という傾向が存在する。より多くの教育を受けた一般人は科学的な研究結果にも同意するようになるし、ある物質の危険さは1か0かの問題ではなく程度問題であるということを理解するようになるのだ。

 同じことは経済や政治に関する知識についても当てはまる。人々はより多く教育を受ければ受けるほど「大半の国民は所得税と給与税のうちどちらを多く払っているか」「昨年度の国庫の赤字は幾らか」という問題や経済政策に関する基本的な事実の問題について正解しやすくなるし、各政党や政治家に関する事実も把握するようになる。それぞれの政治家や政党がどんな公約を主張していて実際には何をしたか、ということも賢い人ほど記憶するようになるので、賢い国民が増えれば増えるほど政治家は説明責任を重視せざるを得なくなって政治腐敗を防ぎやすくなる。また、需要と供給の原則や比較優位の原則など、直感的な思考とは反する経済学の原則についても、より多くの教育を受けた人/よりIQが高い人ほどそれらの原則を理解しやすくなって経済学者のように考えることが可能となるのだ。ジョーンズが引用しているのは『選挙の経済学』を著したブライアン・カプランの研究であるが、カプランの研究によると、年収や社会階層や政治イデオロギーといった因子をふまえたうえでデータを調整しても、「より教育を受けた人は、より経済学者のように思考するようになる」という傾向が存在するそうだ。カプランは有権者たちに存在する合理的無知様々なバイアスのために民主主義には誤った経済政策を選びやすくなるという問題点が含まれていることを指摘しているのだが、同時に、教育によって無知やバイアスを修正することが可能であるとも指摘しているのである。

 専門家たちの抽象的な原則を理解できるようになること以外にも、教育やIQは様々な美徳を人々にもたらす。人には自分の立場や意見やイデオロギーにとって都合の良いデータを重視して都合の悪いデータを無視したり曲解したりする傾向はあるが、よりIQの高い人ほど、自分にとって都合の悪いデータであっても無視せずに正確に理解できるようになる。また、より多くの教育を受けた人ほど投票に行きやすい。そして、よりIQが高い人ほど、よりリベラルになり、よりジェンダーの平等を支持するようになり、そして人種差別にはより反対するようになる。ジョーンズは様々な国での研究をまとめたうえで、IQの高さは社会における寛容と市場における自由を志向するタイプのリベラリズムの傾向と関連している、と結論付けている。…そして、民主主義国家であれば、国民がより教育を受けてIQがより高くなるほど寛容で反差別的な社会政策が採用されやすくなり、経済学の抽象的な原則をふまえた合理的な経済政策が採用されやすくなる、ということになるのだ。

 

  …このような議論をしていると必然的に浮かんでくるのが、選良政治の可能性だ。つまり、ある国の国民の平均IQがいくら高くなったり教育制度がいくら拡充したとしても、その国の中には相対的により賢く知識のある人とそうでない人がいるのであり、そして賢く知識のある人はより合理的で倫理的な政策を選ぶ傾向があるとすれば、賢く知識のある人だけに選挙権を与えた方がいいのではないか、という発想だ。ジョーンズは『蜂の巣マインド』の中では選良政治に関しては是とも否とも書いておらず、選良政治を擁護する倫理学者のジェイソン・ブレナンの議論を紹介したうえで「道徳に関する議論は倫理学者たちに任せよう」と中立的に締めている。

 人々には政治に参加する権利が本来的に備わっているのであり参政権は普遍的に保証されるべきである、という一般的な考え方からすると、選良政治という発想はおかしなものに聞こえるかもしれない。しかし、政府というものは人々の人生に重大な影響をもたらすものであることをふまえると、自分が暮らす国の政府がある程度以上に合理的で知識のある人々によって選ばれることが保証されるという権利(つまり、非合理的で知識のない人によって選ばれた政府の下で暮らさずに済む、という権利)もたしかに存在するのかもしれない。その場合、「普遍的な参政権」と「知識のある人々によって選ばれた政府の下で暮らす権利」の間にはトレードオフがはたらく、ということになる。

 ブレナンは『Libertarianism: What Everyone Needs to Know』という本のなかでも民主主義や参政権の問題について軽く触れているのだが、カプランが指摘したような「合理的無知」の問題などを指摘したうえで、民主主義は他の政治体制よりかはマシな結果をもたらしてきたとはいえ愚かな有権者によって愚かな選択が成される可能性は依然として存在していることをふまえれば、民主主義であっても政府の規模や政府が口を出す範囲は小さくあるべきだ、と論じている。リバタリアニズムを主張するブレナンは人々の経済的自由や市民的自由は保障されるべきであると強調するが、参政権のような政治的自由に関しては話が違う、とも指摘している。なぜなら、政治参加して政府を選ぶことは自分にとってだけの問題でなく、その選ばれた政府の下には他の人々も暮らすことをふまえると、政治的自由や参政権というものは必然的に他人に対して力を発揮するものであるからだ。愚行権はそれによって傷付いたり損をするのが当の本人だけであるなら認められるかもしれないが、愚かな投票をするということは自分だけでなく他人に対して迷惑をかけたり傷を付けたりすることに繋がるかもしれないという可能性を考えると、たしかに参政権というものは自明で普遍的な権利では無いという主張にも一理はあるかもしれない。

 

 

Libertarianism: What Everyone Needs to Know (What Everyone Needs to Know (Paperback))

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