道徳的動物日記

動物や倫理学やアメリカについて勉強したことのある人の日記です。

女性哲学者が少ないのは、哲学が女性差別的であるから?

 

  昨日にアップしたGoogle社員による「反多様性メモ」についての記事では「一般的に、女性は男性よりも数学やソフトウェア・エンジニアリングに対する関心が低い傾向にある」「Googleの社員やソフトウェア・エンジニアの大多数が女性であることの原因は、男女差別ではなく、興味関心の対象に男女間で生物学的な違いがあるためだ」という論点を扱った。

 それに関連して、「哲学を専攻する学生や哲学の博士号を取得する院生に女性が少なく男性が多いことの原因は、男女差別ではなく、興味関心の対象に男女間で生物学的な違いがあるためだ」という趣旨の主張を行っている記事を紹介しよう(8/27:ブクマコメントを受けて修正)。

 

heterodoxacademy.org

 

 Heterodox Academyに掲載されたこの記事は、女性哲学者のクリスティーナ・ホフ・サマーズがYoutubeの自分のチャンネルの動画にて行っている主張を、心理学者のジョナサン・ハイトが文字に起こしたもの*1

 

 この記事の論点となっているのは「2014年のアメリカでは、英文学・人類学・社会学の各分野において博士号取得者のうち60%が女性であり、心理学の博士号取得者に関してはその75%が女性であったが、哲学の博士号取得者のうち女性はたった28%であった。博士号取得者の男女比という観点だけで見ると、哲学は人文学よりも数学や物理学に近い。その理由は何だろうか?」ということ。

 

 一部の女性哲学者たちは「哲学を学ぶ女性の数が少ないのは、哲学という学問そのものや哲学者たちや哲学業界が女性差別的であるからだ」などと論じるが、そのような主張には根拠がない、とサマーズは批判する。たとえば、サリー・ハスランガーという哲学者は、哲学という分野は闘争的(combative)で判断的(judgmental)で超-男性的(hyper-masculine)であると論じており、(英語圏の代表的な哲学分野である)分析哲学では「penetrating」や「seminal」や「rigorous」といった男性的な単語が用いられやすいと指摘している*2。そして2013年にはアメリカ哲学会のトップとなったハスランガーは、哲学における女性差別を解消し女性哲学者の数を増やすことについて意気込みを抱いているようだ。

 

 だが、「哲学を学ぶ女性の数は男性よりも少ない」ことが「改善されるべき問題」であるかどうかは自明ではない、とサマーズは論じる。

 そもそも、社会学や人類学や心理学や獣医学を学ぶ女性の数が男性よりも多いという事実が問題視されることはほとんどないのだから、女性の数が少ない場合に限って問題視されるというのはダブルスタンダードといえる。

 また、女性哲学者の数を増やそうとする運動は、興味関心の対象となる学問分野についての性差に関する数多くの経験的研究を無視している点で問題がある。男性は調査的点・理論的な研究に関心を持つ傾向があり、女性は社会的・芸術的な研究に関心を持つ傾向があることはデータで示されている。たとえば、非常に高いIQを持つ男子と女子とを比較した研究においては、高いIQを持った男子は抽象的な分野である数学や科学を専攻する傾向にある一方で、高いIQを持った女性は数学や科学よりも抽象性が低い代わりに対人的な要素が増した分野である心理学や医学を専攻する傾向にあった。…無論、これらの傾向の違いというのはあくまで集団レベルの話であり、個人レベルにおいては、抽象的な物事に対して強い興味を抱く女性もいれば対人的な物事に強い興味を抱く男性も存在する。しかし、学部生の時点で、数学専攻や哲学専攻では大多数が男子であり芸術学専攻や心理学専攻では大多数が女子であるという現象は、興味関心の性差によって妥当に説明することができるのだ。そして、通常は女性の割合の方が高い人文系学問において哲学は例外的に男性の割合の方が高いという事実も、哲学は他の人文系学問に比べて抽象度が高いために、抽象的な物事に対する関心の男女差が反映されている、と説明することができる(サマーズの友人の女性哲学者であるカミール・パーリアも「女性は哲学や数学に対する能力が男性よりも劣っている訳ではないが、そのような抽象的な分野に対して関心を抱いてい熱心になることが男性よりも少ない」という趣旨のことを述べている)。

 

 以上のように論じたうえで、サマーズは「女性の哲学者が少ない理由は哲学という分野/哲学者たちが女性差別的であるからだ」と論じる女性哲学者たちを改めて批判する。たとえばルイーズ・アンソニーという哲学者は、女性哲学者が少ない理由として「哲学者たちは自分たちは他人よりも賢くて優れており誤った考えをしないと思っているから、女性に対する無意識の偏見を指摘されても考えを改めない」「女性の学者は男性の学者に比べて研究以外の業務を積極的に行うが、哲学者たちはそのような業務を行う同僚に対して非難的である」などと論じるが、サマーズに言わせるとアンソニーの主張は個人的な経験に基づいた印象論に過ぎないし、サマーズ自身はアンソニーの主張の反例となるような経験をしてきたし、何よりアンソニーの主張はエビデンスに基づいていない。

 そして、哲学の博士号を取得した後にアカデミックなキャリアに採用される確率は男性よりも女性の方が高いこと、ここ数年はアメリカ哲学会の役員の半数以上が女性であったことなどを示しながら、哲学業界において女性に対する制度的差別が存在するとは言えないということをサマーズは論じる。結局のところ、哲学を学ぶ女性の数が少ないことや哲学の博士号取得者における女性の割合が低いことは、そもそも女性は男性に比べて哲学に興味関心を抱くことが少ないという事実を反映したものに過ぎないのである。

 記事の最後では、サマーズは「(大した根拠もなく)女性哲学者たちが哲学は女性差別的であると論じて憤りを示すことは、むしろ、哲学に関心を抱いている女性が哲学を忌避してしまう結果につながる恐れがある」と論じている。

 

 

なぜ理系に進む女性は少ないのか?: トップ研究者による15の論争

なぜ理系に進む女性は少ないのか?: トップ研究者による15の論争

 

 

 

 

*1:クリスティーナ・ホフ・サマーズはいわゆる「リベラル・フェミニスト」の立場から「ラディカル・フェミニスト」や昨今のPC文化などを批判していることで有名な人。「エクイティ・フェミニズム(平等主義フェミニズム)」と「ジェンダーフェミニズム」との区別を提唱しており、日本ではスティーブン・ピンカーによる紹介で知られているだろう。1994年の著書「誰がフェミニズムを盗んだか?(Who Stole Feminism?)」が代表作であるようだ。サマーズの主張について紹介している日本語記事としてはこちらとか。

*2:ちなみに、数学や自然科学や理工系などの学問において女性の割合が少ない理由についても、「"論理を重視する"という発想がそもそも男性的だから」とか「数学や自然科学の背景にあるロジックは男性的であり、使われる単語も男性的なものが多く、数学や自然科学というものは本質的に男性的であって女性を排除しているのである」みたいに論じられることはたまにある。そのような主張について批判的に紹介したものとしては以下の記事を参照。

reason.com