道徳的動物日記

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『ワンダーウーマン』とイスラエル云々についての雑感

news.yahoo.co.jp

 

 ちょうど先日『ワンダーウーマン』を見に行ったばかりなので、この記事について思うところを簡単に書いておこう。

 

・読んでまず疑問に思うのが、この記事では「『ワンダーウーマン』の主演女優であるガル・ガドットは親イスラエルイスラエルの軍事行動も支持している」ということや「ガル・ガドットが活躍することでソフトパワーとして機能してイスラエルのイメージが良くなる、ということを期待する論調がイスラエルの新聞に書かれている」ということは書かれていても、映画の『ワンダーウーマン』そのものがイスラエルを支持しているとか何らかのイデオロギーを伝えているとかいうことは書かれていない。とすると「暗黒面」とされているものはあくまで主演女優のガル・ガドットのものであって、映画『ワンダーウーマン』自体に暗黒面が存在するかと言わんばかりのタイトルはミスリーディングな気がする。

 実際、第一次世界大戦を舞台にした『ワンダーウーマン』ではドイツ軍が一応の敵役になってはいるが、「戦争においてどちらか片方の国が善でどちらか片方の国が悪である、ということはない」ということはかなり強調して描かれていたし、特定の国に肩入れすることなく戦争全般に対する反対のメッセージを発した映画であった。

 また、ある映画作品のテーマとかメッセージとかに対する裁量というものは主演女優よりも監督なり脚本家なりの方がずっと大きいだろうと思うが、『ワンダーウーマン』の監督や脚本家が親イスラエルであるという話も聞いたことがない。たとえば『ドラゴンクエスト』シリーズの楽曲を担当している作曲家のすぎやまこういちが右翼であることは有名だが、作曲家が右翼だからといって『ドラゴンクエスト』シリーズが右翼作品だと見なされることはまずないだろう。作品のシナリオとか登場人物の台詞について裁量を持つディレクターなりシナリオライターならともかく、作曲家がゲーム内の(歌詞が付いている訳でもない)楽曲を用いて自身の思想なりイデオロギーなりを表現することは一般的に言ってかなり難しいからだ。…映画作品における俳優の立場もそれと似たようなものであるだろうし、主演女優の思想をもってきて『ワンダーウーマン』の「暗黒面」を云々するのは作曲家の思想をもってきて『ドラゴンクエスト』が右翼だと云々することと同じくらいアンフェアであるように思える。

 

・そして、主演女優のガル・ガドットについても、この記事内では「ガドットの面の皮は、イスラエルが誇るメルカバ戦車の装甲並みに厚いに違いない。」と罵言が露骨に書かれていることについてはかなり気になる。

 この記事の著者は別の記事にて、ガドットがフェイスブックに「女性や子どもの陰に臆病者のように隠れ、恐ろしい行為を行っているハマスから、私達の国を守るために命をかけている全ての少年、少女に、私の愛と祈りを送ります」と投稿したことを記したうえで、ハマスによるイスラエルへの攻撃よりもイスラエル軍によるガザ攻撃の方が苛烈で被害者が多かったことを指摘して、ガドットを批判している。

 たしかにイスラエル側の軍事行動とパレスチナ側の軍事行動は非対称的なものであるし、より強者でありより多くの人命を犠牲にするイスラエル側の軍事行動は、中立的な観点や国際的な観点からしてもより強い非難に値するだろう。…だが、記事にても指摘されているように、イスラエル軍の攻撃によるパレスチナの犠牲者に比べるとずっと少数ではあるとはいえ、ハマスの攻撃によってイスラエルに犠牲者が出ていることも事実である。イスラエルで生まれ育ち、兵役のためにイスラエル軍でトレーナーとして勤務していたガドットにはイスラエル市民にもイスラエル兵にも友人知人が多くいるだろうし、ハマスの犯行などパレスチナ側による軍事行動が行われた際には友人知人が危険に晒されたり実際に被害に遭うこともあったかもしれない。そうでなくても、自分が生まれ育った国へのテロに対する報復を支持したり自分が所属していた軍隊を応援するのは、客観的な観点からすれば支持できる行動や言動ではないとしても、人情としてはまあ理解できなくもないという気がする。

 すくなくとも、戦後の日本やアメリカのように平和な国で生まれてテロや戦争の脅威にもほとんど晒されずに育った人々が、イスラエルや中東諸国のように自分が生まれた頃からずっと戦闘が続いている地域で育った人々に対して安易に非難できる立場にはないだろうと思う。もちろん行動や言動は批判すべきだが、人格批判などをしてはならないだろう。記事の著者は「日本のメディア関係者」や「映画ライター」を「平和ボケ」と非難しているが、著者のスタンスも一種の「平和ボケ」であるように私には思える。

 

・余談的に書いておくと、『ワンダーウーマン』はフェミニズム的なメッセージもそれなりに込められている映画であるが、ガル・ガドットが親イスラエルであったり軍隊出身者であることをもって「"真の"フェミニストイスラエルを批判して軍隊も否定しなければならないから、フェミニストは『ワンダーウーマン』を褒めるべきでない」的な風潮が一部にあるようだ。しかしコレはくだらないインターセクショナリティ理論の一種であるように思えるし、「それはそれ、これはこれ」と是々非々で判断して普通に『ワンダーウーマン』のフェミニズムを評価すればいいと思う。