道徳的動物日記

倫理学、社会科学、時事問題、世相などについて論じます。

読書メモ:『人生の意味:価値の創造』

 

人生の意味―価値の創造 (りぶらりあ選書)

人生の意味―価値の創造 (りぶらりあ選書)

 

 

 読んだ。いろんな哲学者が「人生の意味」について論じた主張を取り上げては否定していくのだが、著者自身の主張は最後までイマイチ明確ではなく、読んでいてフラストレーションがたまる。先に著者自身の主張や結論を明示してから他人の意見を取り上げて行く、というタイプの議論の方が好きである。

 特に書くことがないので、気に入った部分だけをメモとして引用。

 

 

人生の成功はもって生まれた才能と、長い年月を経て発達した自分の性質に忠実であるだけの勇気をもっているかどうかによるところが大きい。…(中略)…我々の本性を受容することーーそれは後で是正できる過ちに易々として黙従することを意味しないーーは有意味な人生、したがって意義のある人生を生きるのに欠かせない。本性を受け容れればこそ改善できるというものだ。理想を追求する過程でそれを変えながらも、我々はそれのあるがままの姿に敬意を払う。(p.186)

 

幸福と意味は関係があるけれども同じものではないわけだ。幸福になるには自分と自分を取り囲むものの間に調和のとれた調整を行う必要がある、と言えるだろう。しかし、考えてみればどうも調和がとれていない、自分の経験はおおむね敵意のある環境を向こうに回して戦いを挑むことで成り立っている、と言う人がいるとすれば、彼はそれにもかかわらず意味のある生き方をしているのである。(p.133)

 

ソクラテスの人生であれ愚か者のそれであれ、意味のある人生とは目標を決め、それに向かって邁進する継続的過程である。人の行動が意味をもってくるのは、何であれその人にとって重要な目的によってである。そのときまわりの世界は彼の活動が貢献する一つのパターンとして理解できるものとなる。これがそれ自体、またはそれの結果において満足を与えるならば、人間はあるていど幸福ということになる。また、少なくとも彼らがいささかなりと幸福になるのでなければ、およそ彼らが関心を抱くほとんどの計画は実行に移すことができないだろう。このように幸福と意味の概念は絡み合っている。(p.137)

 

人間が環境に首尾よく順応するのにバッハやベートーヴェンの作品は必要ではない。…(中略)…時代を通じて起こるのは、人間という種が物理的環境を支配する手段として発達してきた知性が広範な合目的性の無限に多様なシステムを創造することだ。このシステムは人類にとって重要なものになる。それらが特別の価値を獲得し、更なる価値の探求を促すからだ。それらはまた、種の構成メンバーの一部に、一定の並外れた基準が満たされなければ人生は生きるに値しない、と信じ込ませさえするだろう。(p.121)

 

人は幸福を求めるべきでない、などと示唆するのは野蛮というものだろう。しかし、我々がいま直面しているさまざまな困難は、一般に恵まれた人間が陥りがちな生きることは無意味だとする意識から起こることが多く、日々の糧を稼ぐために苦闘している人々はそうした意識をあまりもたない。これが当たっているとすれば、幸福を追求し達成することは逆説めいた言い方だが自己破滅的な行為のように見えるかもしれない。幸福になればなるほど、本当の意味で幸福な状態にとどまるために欠くことのできない、生きることの意味を生活のなかに見出すのが難しくなるのである。(p.6)