道徳的動物日記

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読書メモ:『幸福はなぜ哲学の問題になるのか』

 

幸福はなぜ哲学の問題になるのか (homo viator)

幸福はなぜ哲学の問題になるのか (homo viator)

 

 

 幸福論系の哲学をまとめて読んでいた時期があったのだが、その中でもこの本はかなり良かった。思想家の名前はちらほら出てくるが思想史は重要視されておらず、幸福についての哲学的な考察と(後半はかなり抽象的な分析哲学的思考も含まれている)、人生論に近い具体的な幸福論がバランスよく収まっている感じだ*1

 

・抽象的な議論ももちろん良いのだが、記憶に残るのは人生訓の部分の方だ。人生における選択の失敗やサンクコストに引きづられてしまう「物語的完全主義」への対処法、成功者の助言や年長者の助言との向き合い方、お金や健康などの「ゆとり」が幸福に占める役割、などなど。著者が分析哲学の中でも時間論を専門にしているだけあって、幸福と時間の関係性についての議論も豊富である。また、他者との比較による幸福、自分より幸せな人や不幸な人を見るときに生じる幸福/不幸についての分析も示唆に富んでいる。

 

・本の後半では「小さな子どもたち」と題された、本書の人生訓の部分を簡単な言葉でわかりやすくまとめたパートが挿入されるのだが、これがかなり良かった。

 

・陳腐な自己啓発本とバカにされがちなカーネギー『人を動かす』が、この本では好意的に取り上げられている。他者に対して誠実な関心を抱いて、相手の「自分が重要な人物であると思われたい」と満たすことの重要性なんかが触れられている。著者は中学生の頃に初めて『人を動かす』を手に取ってそれから何度も読み返したそうだが、私は社会人になってから会社に無理やり参加させられた「リーダーシップ・セミナー」の参考文献として初めて読まさせられて、内容に対してももちろん不愉快な思い出しかない。本の趣味というものも人それぞれだ(また、手塚治虫筒井康隆など、どちらかといえば私が嫌いな作家の作品ばかりがこの本では思考実験の題材として登場してくる)。

*1:私は漫然と思想史を語られる本が苦手で、たとえば下記の本は「ソクラテスやアランやラッセルの幸福論は現代の知見に照らせばどこまで妥当か、現代の私たちが幸福に生きようとするうえでどう参考になるか」という知見に欠けているように思えた。新書本にはこういうのが多い気がする。 

 

なお、同タイトルのこちらの本については『トロッコ問題批判批判』でも引用したが、様々な思考実験を紹介しつつ快楽説・欲求充足説・客観リスト説の利点と難点が整理されていてよかった。

 

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