道徳的動物日記

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読書メモ:ペットと反出生主義

 

 

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 現代の哲学界における反出生主義の第一人者であるデビッド・ベネターと、ジェシカ・デュトアという人の共著論文。デュトアはベネターの同僚の哲学者のようであり、これまでにもペットに関する倫理の論文をいくつか書いてきたようだ。

 

 この論文では、「犬や猫や一部の鳥などのペット動物をこの世界にこれ以上生み出すことは、認められない。人間は、ペット動物の繁殖を行うべきではない」という主張について、それを支持する四つの理論が紹介される。

 

1:反出生主義

 

 反出生主義にも様々なバージョンがあり得るが、ここでは、ベネター的な「危害の欠如は良いことであり、快楽の欠如は悪いことではない」という「苦痛/快楽の欠如の非対称性」に基づいた議論が紹介される*1。そして、この反出生主義の議論は人間に対してと全く同じようにペット動物に対しても当てはまる。

 反出生主義の理論の原理的には、最良の飼い主に恵まれて一生のほとんどを幸福に過ごすペットであっても、それを生み出すのは良いことではない。どれだけ幸せなペットであっても、一生のどこかで苦痛を感じるはずであるからだ(病気や老衰により死ぬまでの期間など)。そして、実際問題として、人間に飼育されるペット動物の大半は様々な苦痛にさらされている。屋内や籠の中で飼育されることによって生じる退屈感、しつけられることや口輪を付けられることや爪を除去されることで生じるフラストレーション、慣れない環境に適応するためのストレスなどだ。…もちろん、まともな飼い主のもとで育つペットは、大概の野生動物や畜産動物に比べれば幸福な一生を送るだろう。だが、反出生主義の原理的には、その一生にどれだけ幸福が含まれるかということには関係なく、その一生に危害が少しでも含まれる生物を生み出すことは加害行為なのである*2

 

 2:廃止論 - 「所有」への反対

 

 法律学者のゲイリー・フランシオーンは、ペット飼育を含む動物を使用する制度は全て廃止されるべきだとする、「廃止論」を主張している*3。現状の法律では動物は人間の財産であり「所有物」と見なされているが、所有物扱いされることで多少の法的保護は得られるとしても(誰かが所有している動物を他人が傷つけた場合には器物破損罪扱いされるなど)、動物の利益や幸福を守るためには到底十分ではない。また、そもそも動物を「所有物」扱いすることが道徳的に不正である。この法律が近いうちに変わると考えることも難しく、ペット飼育という制度が存続する限りは、ペット動物を所有物とみなすという不正が存続し続けることになる。…だから、現時点で存在しているペット動物は引き取って養育されるべきだが、これ以上のペット動物を生み出さないために繁殖はさせるべきでない、という議論だ。

 

3:廃止論 - 「依存」への反対

 

 こちらは、ペット動物や家畜という人間に依存しなければ生きていけない動物を生み出すこと自体が認められない、という理論だ。誰かに依存しなければ生きていけなかったり、野生化して生きていけないこともないがその一生は往々にして惨めになったりする、という動物は根本的にヴァルネラブル(脆弱)である。そして、実際に、人間に適切な世話をしてもらえることができずに惨めな生を過ごすペット動物は数多く存在している。そのような動物を生み出していく制度自体を廃止すべきである、という理論だ。

 

4:危害の予防

 

 これまでに見てきた三つの議論はいずれも原理的なものであり、「ペット動物を生み出す」ということそのものが間違っているという理論であったが、四番目の理論は「他者に危害を与えるべきではない」というものであり、この理論で「ペット動物を生み出すこと」が否定されるかどうかは原理ではなく状況によるものである。…しかし、野良犬野良猫の殺処分問題やペット産業の闇の部分を見てみると、ペットを生み出すことに関わる現行の制度が多大な危害をもたらしていることはあまりにも明白だ。だから、この理論においてもペット動物を生み出すことは支持されない。

 

 …このように、「ペット動物を生み出すこと」を道徳的に否定する理論は、最低でも四つはある。それぞれの理論の指摘するポイントは違うが、「ペット動物を生み出すべきではない」という結論が、それぞれ異なる複数の理論から導き出されることは重要だ。一つの理論からしか導き出されない結論に比べて、その結論が妥当である可能性は高くなると思われるからである。

*1:ベネターの理論の詳細はググれば日本語で解説しているブログが複数出てくるはずなので、そちらを参照してほしい

*2:ベネターは、人間の心理には実際以上に人生やQOLを高く評価しがちな「ポリアンナ効果」が存在する、と著書で指摘していた。この論文でも、ペットの飼い主は自分のペットが実際以上に幸福な一生を過ごしていると考えがちである、ということを指摘している

*3:フランシオーンの著作は『動物の権利入門: わが子を救うか、犬を救うか』が翻訳されており、『動物の権利』にも論文が収録されている。私も、フランシオーンのペット廃止論に関する記事を訳している。

davitrice.hatenadiary.jp