道徳的動物日記

倫理学、社会科学、時事問題、世相などについて論じます。

「再分配に関心はあるが、政党には無関心」(読書メモ:『アンダークラス:新たな下層階級』)

 

アンダークラス (ちくま新書)

アンダークラス (ちくま新書)

 

 

 同じ著者の『新・日本の階級社会』は以前に読んだが、その本から内容はあまり変わっていない。社会科学らしく統計情報が大量に出てくる本ではあるのだが、大量に出てくる図表はいずれも小さくて見づらいし、本文中にも漢数字が多過ぎて嫌気が差してくる。本の内容としても、似たようなテーマを扱っているが著者による解説がうまくて文化人類学的な面白みも感じられた『日本の分断:切り離される非大卒若者たち』に比べると、内容が堅くて味気ない。

 日本のインテリとか出版人とかって「新書文化」を誇りに思っているフシがあるが、特に社会科学系の新書と歴史学系の新書は、読みやすいと言えないかたちで情報の羅列に終始しているものが多い。そういう本を読み通せる人は元から本好きであったり知的好奇心がすごい人であって、普通の人はわざわざ読み通そうとしないだろうし、そうなると「新書本が日本人の教養を下支えしている」的な言説もウソなんだろうなという気がしてくる。

 

 ともかく、この本のなかで印象に残ったところを箇条書き。

 

●第四章「絶望の国の絶望する若者たち」は、章のタイトルから予想される通り、古市憲寿の『絶望の国の幸福な若者たち』でなされていた主張を批判する内容である。古市(やその元ネタの大澤真幸)の問題点は、「満足感」と「幸福」を同一視していたこと(「現状に満足している」ことは「現状は幸福である」ことを示さない)、そして若者の所属階級を考慮していなかったことだ。アンダークラスの男性はどの年齢層においても他の階級の男性よりも幸福感が低いし、特に若者のアンダークラス男性は抑うつ傾向が大人より高いのである。

 

アンダークラス男性、とくに二〇ー三〇歳代の若い男性は、精神的にかなり追い詰められているといっていい。若い男性が幸福だなどとは、とてもいえない。とりわけ雇用の悪化の犠牲者であるアンダークラスの若い男性は、絶望と隣り合わせにいるのである。

(p.169)

 

アンダークラス男性は金銭面だけでなく健康面や心理面でも様々に不利な状況にいるが、そのなかでも際立つのは「信頼できる人間の少なさ」だ。20歳〜59歳までの男性の場合、信頼できる家族の正規労働者なら平均8.5人だがアンダークラスは平均4.9人であるし、信頼できる友人の数は正規労働者なら平均8.8人だがアンダークラスは平均3.2人である(結婚していないアンダークラスはさらに友人知人の数が少なくなって平均2.9人である)。貧乏だと友人が3人前後しかいない、というのは我が身を振り返っても周りの人のことを考えてみてもいやにリアリティがあって身につまされる。

 

●自己責任論が叫ばれる日本であるが、貧困の当事者であるアンダークラスたちは「いまの日本では収入の格差が大きすぎる」とか「貧困になったのは社会の仕組みに問題があるからだ」という考えが他の階級よりも強く、再分配の拡大や福祉の充実にも最も強く賛成している。「日本では貧困層の人たち自身も自罰的になって福祉を敵視している」というイメージがなんとなくあるが、実際には全然そんなことないのだ。

 

アンダークラスを代表するような有力な政党も、労働組合などの団体も、見当たらない。彼らはいまのところ、政治的に無力である。彼らは孤立しがちで、組織されにくい。しかし彼らの社会への不満と正当な怒りは、社会を変えるための行動に踏み出す十分な動機となり得る。これを組織する回路が作られるなら、彼らは日本の政治に大きな影響を及ぼすようになるだろう。若年・中年アンダークラス男性は、日本の希望なのである。

(p.132)

 

 しかし、問題なのはアンダークラスは政治参加への意識が低いことである。第八章「アンダークラスと日本の未来」では、どの階級にも通じる一般的な傾向として「現状に満足している人は自民党を支持する傾向が高く、現状に不満がある人は自民党以外を支持する傾向が高い」ということが示されているが(とはいえ、どの階級のどんな満足度の人でも「支持政党なし」が60%を超えてはいるのだが)、"現状に不満を抱いているアンダークラス"の人は「支持政党なし」が80%を超えているのだ。「…生活に不満を持つアンダークラスは、政治に対して何を期待することもできず、政治に対する関心を失ってしまう。だから支持政党のない人の比率が、極端に上昇してしまうのである」(p.223)。満足度を幸福度に置き換えても、同じ現象が起こる。

 この現状を打破するための著者の提案は、以下の通り。

 

ある意味では、答えは簡単である。格差の縮小と貧困の解消だけを旗印とし、アンダークラスを中心とする「下」の人々を支持基盤にすることを明確に宣言する、新しい政治勢力があればいい。

(p.237)

 

 つまり、左翼は護憲とか環境保護とかの従来のお題目は捨ててしまって、再分配による格差是正というシングルイシューの政治運動をせよ、ということである。この本のなかでも引用されている松尾匡的な主張であるし、ネット論壇でもだいぶ昔から叫ばれている主張であるだろう。だから目新しい主張ではないし、わたしの興味はむしろ「そういうシングルイシューの政治運動はなぜ実現したことがないのか/失敗してきたのか」という方に移っている。

 

 それはそれとして、「再分配に関心はあるが、政党には無関心」(p.210)というのは身近な知人を見ていてもネットを見ていても、たしかによく感じるところだ。そもそも、アンダークラスじゃなくても「支持政党なし」が60%を超えている点がおかしいと言える。政治や政党への無関心が日本を蝕む根本的問題であるのかもしれない。

 

●第5章「アンダークラスの女たち」では、アンダークラス男性とは微妙に異なるアンダークラス女性たちの特徴が示されている。若いアンダークラス女性の抑うつ傾向は際立っているし健康状態も悪いが、知人や友人の平均値はアンダークラス男性の2倍近い6.0人であるし(正規労働者女性は7.9人)、余暇活動や消費生活もそれなりに充実している。また、女性はどの階級でも男性に比べて自己責任論を否定して再分配を支持する傾向にあるが、アンダークラス女性はアンダークラス男性ほどには再分配を支持していない。