道徳的動物日記

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読書メモ:『哲学の門前』

哲学の門前 作者:吉川浩満 紀伊國屋書店 Amazon 著者の吉川浩満さんには文筆家としてのデビューするきっかけをいただいており、その後も編集者を紹介していただいたり『21世紀の道徳』や次作の執筆の打ち合わせにも毎回のように参加していただいてもらったり…

インセンティブから目を逸らして社会を語るな(読書メモ:『自己責任の時代:その先に構想する、支えあう福祉国家』)

自己責任の時代――その先に構想する、支えあう福祉国家 作者:ヤシャ・モンク みすず書房 Amazon タイトルが想像できるように、近年に蔓延している(とされる)、いわゆる「自己責任論」を批判する本。 また、著者のヤシャ・モンクの教師のひとりがマイケル・…

「運の平等主義」とはなんぞや(読書メモ:『平等主義の哲学』)

平等主義の哲学: ロールズから健康の分配まで 作者:巌, 広瀬 勁草書房 Amazon 「運の平等主義」についてはロナルド・ドウォーキンの『平等とは何か』の読書メモ記事でも紹介しているが、広瀬巌の『平等主義の哲学』の第二章でもドゥウォーキンとそのフォロワ…

インセンティブ、不平等、トリクルダウン(読書メモ:『正義論』③)

平等主義の哲学: ロールズから健康の分配まで 作者:巌, 広瀬 勁草書房 Amazon 知っての通り、ジョン・ロールズは『正義論』で「社会的・経済的不平等は、それが最も恵まれない人たちにとって利益になる時にのみ正当化する」とする、「格差原理」を提案した。…

「正義の情況」とはなんぞや(読書メモ:『正義論』②)

前回の記事の下記の箇所についての補足も兼ねて。 資源に限りがなく、人々の間に価値観の争いがないユートピアの世界であれば、このような制度も成立するだろう。しかし、現実はユートピアではない。 日本じゅうがわたしのレベルに落ちたら…(『布団の中から…

日本じゅうがわたしのレベルに落ちたら…(『布団の中から蜂起せよ』読書メモ:追記)

布団の中から蜂起せよ: アナーカ・フェミニズムのための断章 作者:高島 鈴 人文書院 Amazon 表題にもなっている、第4章の「布団の中から蜂起せよーー新自由主義と通俗道徳」から引用。著者(高島)が博士後期課程に進学した直後に鬱病になった、というくだ…

「運」にどこまで配慮すべきか?(読書メモ:『自由意志対話:自由・責任・報い』)

自由意志対話:自由・責任・報い 作者:ダニエル C デネット,グレッグ D カルーゾー 青土社 Amazon 非両立論-楽観的懐疑論者のグレッグ・カルーゾーと両立論者のダニエル・デネットが論争する本*1。訳者あとがきでも指摘されているように両者の議論はかなり細…

自由や責任についてどう「解釈」するか?(読書メモ:『そうしないことはありえたか?:自由論入門』)

そうしないことはありえたか?: 自由論入門 作者:高崎将平 青土社 Amazon 「自由意志は存在するか否か」と言われたら、わたしを含めた多くの人が、「事実」に関する問題だと思うだろう。……つまり、自由意志というものがこの世界には「ある」のか「ない」のか…

「選良政治」は実現するか?/「熟議」がダメな理由(読書メモ:『アゲインスト・デモクラシー』②)

アゲインスト・デモクラシー 下巻 作者:ジェイソン・ブレナン,井上彰,小林卓人,辻悠佑,福島弦,福原正人,福家佑亮 勁草書房 Amazon 一昨日の記事が長くなったので、残りは駆け足で紹介。 ●エピストクラシー(選良政治論)は「理想理論」か「悲理想理論」か? …

選挙権は「力」を与えて「自尊」と結びつくのか?(読書メモ:『アゲインスト・デモクラシー』①)

アゲインスト・デモクラシー 上巻 作者:ジェイソン・ブレナン 勁草書房 Amazon 著者であるジェイソン・ブレナンの議論については、過去に下記の翻訳記事で紹介している。 davitrice.hatenadiary.jp この記事ではやや変則的だが、本書の4章と5章の内容を先…

読書メモ:『リベラルとは何か 17世紀の自由主義から現代日本まで』

リベラルとは何か 17世紀の自由主義から現代日本まで (中公新書) 作者:田中拓道 中央公論新社 Amazon ●ワークフェア競争国家 「ワシントン・コンセンサス」は、「底辺への競争」論とともに、新自由主義が世界を席巻しつつあることの象徴として語られてきた。…

「だれを好きになるか」を批判の対象にしていいのか?(読書メモ:『すごい哲学 世界最先端の研究が教える』

世界最先端の研究が教える すごい哲学 総合法令出版 Amazon 献本してもらったので読んだ。十数人以上の若手日本人哲学者が「サステナブルなファッションを選ぶにはどうしたらいいか?」や「小説を読むことで人はやさしくなれるのか?」といった具体的かつ詳…

賭けと人生と平等(読書メモ:『平等とは何か』③)

平等とは何か 作者:ロナルド・ドゥウォーキン 木鐸社 Amazon もし保険というものが利用可能だとすれば、これは自然の運と選択の運を連結する役目を果すことになるだろう。というのも、災害保険に入ったり、これを拒否することは計算された賭けと言えるからで…

人生の意味の「挑戦」モデル、共同体と善き生(読書メモ:『平等とは何か』②)

平等とは何か 作者:ロナルド・ドゥウォーキン 木鐸社 Amazon コメントが思い浮かばないので写経。 ●人生の意味の挑戦モデル ある人の生の影響力はその人の生が世界の客観的な価値に対してもたらす変化である。誰の生が善き生であるかについての我々の判断に…

『21世紀の道徳』がじんぶん大賞に入賞しました(年末のご挨拶)

21世紀の道徳 作者:ベンジャミン・クリッツァー 晶文社 Amazon 30作中29位だけど。 store.kinokuniya.co.jp 大学に所属してもいなければ批評ゼミに通ったり同人誌を出したりしたこともなく、はてなブログでしか意見や文章を発表してこなかった一介のブロ…

『「社会正義」はいつも正しい』についての、いくつかの雑感

「社会正義」はいつも正しい 人種、ジェンダー、アイデンティティにまつわる捏造のすべて 作者:ヘレン プラックローズ,ジェームズ リンゼイ 早川書房 Amazon 早川書房から翻訳が出版された作家のヘレン・プラックローズと数学者のジェームズ・リンゼイの共著…

「公共的正当化」とはなんぞや(読書メモ:『リベラルな徳』)

リベラルな徳―公共哲学としてのリベラリズムへ 作者:スティーヴン マシード 風行社 Amazon ジョン・ロールズの『正義論』のような、リベラリズムに関する議論への基本的な忠誠は、それ自体が広く認識され、需要されうる理性的議論であるという事実においては…

市民の議論に対して哲学者が提言できる範囲とは?(読書メモ:『「正しい政策」がないならどうすべきか 政策のための哲学入門』②)

「正しい政策」がないならどうすべきか: 政策のための哲学 作者:ウルフ,ジョナサン 勁草書房 Amazon ●「安全性」をめぐってわたしたちの内部で生じる、帰結主義と義務論の対立 たとえば、鉄道衝突事故が起きた後に、犠牲者の親族が訴えるであろうことを考え…

自由市場が限定されるべき(意外な)理由(読書メモ:『「正しい政策」がないならどうすべきか 政策のための哲学入門』①)

「正しい政策」がないならどうすべきか: 政策のための哲学 作者:ウルフ,ジョナサン 勁草書房 Amazon 動物実験やギャンブルにドラッグなどの規制、公共交通機関の安全性や刑罰や健康など、様々なトピックに関する政策について、哲学・倫理学の視点から何が言…

読書メモ:『政治哲学への招待』③

政治哲学への招待―自由や平等のいったい何が問題なのか? 作者:アダム・スウィフト 風行社 Amazon 写経。 ●自由について 自由は、三者からなる関係である。それは、必ず三つの事柄への言及を含んでいる。すなわち、自由の行為主体、あるいは主語であるx、制…

「不平等」はそんなに悪いことなのか?(読書メモ:『政治哲学への招待』②)

政治哲学への招待―自由や平等のいったい何が問題なのか? 作者:アダム・スウィフト 風行社 Amazon [前段で平等を拒絶する世俗的な主張を並べた後に]これはすべて、大衆政治のレトリックのレベルでのことである。しかし平等は、政治哲学者からも、厳しい取り扱…

能力のある人は、他の人よりも恵まれた暮らしに「値する」のか?(読書メモ:『政治哲学への招待』①)

政治哲学への招待―自由や平等のいったい何が問題なのか? 作者:アダム・スウィフト 風行社 Amazon ●格差原理と、不平等の正当化 分配の正義に関する論争において、最大の注目を集めたのは、最後の原理ーーすなわち、格差原理ーーである。不平等は、どのように…

読書メモ:『ポジティブ心理学 科学的メンタル・ウェルネス入門』

ポジティブ心理学 科学的メンタル・ウェルネス入門 (講談社選書メチエ) 作者:小林正弥 講談社 Amazon 著者の小林はサンデルやアリストテレスについての著作もあるコミュニタリアン系の政治哲学者。とくにアリストテレスの「徳倫理」がポジティブ心理学に結び…

ロールズの社会は「地獄」なのか?(読書メモ:『増補 責任という虚構』)

つ 増補 責任という虚構 (ちくま学芸文庫) 作者:小坂井敏晶 筑摩書房 Amazon 以前に同じ著者の『社会心理学講義:〈閉ざされた社会〉と〈開かれた社会〉 』も読んだけれど、読んでいてとにかくイライラした。本書も同じく。 著者の立場は極端な社会構築主義。…

「新自由主義」や「自己責任論」は実在するか?(読書メモ:『<学問>の取扱説明書』)

改訂第二版〈学問〉の取扱説明書 作者:仲正昌樹 作品社 Amazon 久しぶりに写経っぽい読書メモ。 「新自由主義」という言葉自体にも気をつけなくてはいけません。日本語の「〜主義」、あるいは英語の<〜ism>という言い方はすごく曖昧です。「マルクス主義」…

ミルの「個性」と「卓越性」(読書メモ:『ロールズ政治哲学史講義』)

ロールズ 政治哲学史講義 I 作者:ジョン・ロールズ 岩波書店 Amazon ロールズ 政治哲学史講義 II 作者:ジョン・ロールズ 岩波書店 Amazon ホッブズやロックやヒュームやルソーやミルやマルクスについてのロールズによる解釈を読むことで、ロールズ自身によ…

「利他」は「理性」に由来する(読書メモ:『The Kindness of Strangers』)

The Kindness of Strangers: How a Selfish Ape Invented a New Moral Code (English Edition) 作者:McCullough, Michael E. Oneworld Publications Amazon ここではざっくりとしか紹介しないので、各章ごとのちゃんとした要約はShoreBirdさんのほうを参照し…

公共的理性とはなんぞや(読書メモ:『ロールズと自由な社会のジェンダー』)

ロールズと自由な社会のジェンダー: 共生への対話 作者:美奈子, 金野 勁草書房 Amazon リベラルな民主主義社会の理念では、私たちは自らの政治社会のあり方を対話によって定める。私たちが政治社会のあり方をめぐって対話する際に求められるのは、そこに「相…

読書メモ:『エピクテートス:ストア哲学入門』

エピクテートス: ストア哲学入門 (岩波新書 黄版 24) 作者:鹿野 治助 岩波書店 Amazon 当然のことながら自分で買える金額じゃなくなっているので図書館で借りて読んだ。 ……ギリシア的教養は何れにしても知的で、それを学ぶためにはそれだけの時間や余裕が必…

フェミニズムの「むずかしさ」に向き合う(読書メモ:『むずかしい女性が変えてきた:あたらしいフェミニズム史』)

むずかしい女性が変えてきた――あたらしいフェミニズム史 作者:ヘレン・ルイス みすず書房 Amazon 出版社による紹介は下記の通り。 女性が劣位に置かれている状況を変えてきた女性のなかには、品行方正ではない者がいた。危険な思想に傾く者も、暴力に訴える…