エコロジカル・フェミニストであり動物倫理についての著作もある倫理学者ローリー・グルーエンが、今年の7月末にアルジャジーラ・アメリカのWebサイトに投稿した英語記事を紹介する*1。
この記事は、オハイオ州で黒人男性サミュエル・デュボースが白人警官に射殺された事件・ジンバブエでアメリカ人の歯科医師が当地のライオン「セシル」を射殺した事件・テキサス州で交通違反で逮捕された黒人女性が拘留施設で死亡していた事件と、それらの事件に対する人々の反応について書かれたものである*2*3。
これらの3つの事件がアメリカのメディアにおいてどのように取り上げられて、人々がどのように反応したのか、私には正確な知識は無いが、おそらく、「黒人が殺された事件よりもライオンが殺された事件に騒ぐことは、白人の欺瞞だ」「黒人男性が射殺された事件よりも黒人女性が拘留施設で死んだ事件を重要視するのはおかしい」という様な意見を念頭に置いて反論する、ということがこの記事を書いたグルーエンの意図だと思われる。
Samuel Dubose, Cecil the lion, and the ethics of avowal
「サミュエル・デュボースとライオンのセシル、肯定の倫理」
(上記のニュースが報道されたことにより)
ショックや悲しみに恐怖の感情がメディアで表現されたのとほぼ同時に、それらの感情に対する批判が登場した。その批判はいつも通りのものだった:人々は白人は黒人よりもライオンのことを気にかける、人々は黒人男性よりも黒人女性の方を気にかける、家畜よりも野生動物の方を気にかける、貧困や暴力や差別による日々の苦しみよりも殺人の方を気にかける、などなど。
「ある一つの不正義に対して抗議することは、その不正義を他の不正義に比べて特別扱いすることだ」というゼロサムゲーム的な考え方について、私は常々疑い深く思っている。これは、社会を変革するための努力を貶める、手軽で的外れな言説だ。世の中を良くしようと戦っている人たち同士が争っていたら、誰が得するだろうか?自分自身が保持している人種的な特権や性的な特権を手放す気の無い、世の中を理想的でない状態のままにしていたいと思っている人が得をするのだ。ここ最近の「誰が最も抑圧されているか競争」のなかでは、サミュエルとセシルに対する殺害に共通する点、白人が黒人男性と黒人女性と動物を殺害することを正当化する、人種差別的・人間中心的・植民地的な構造にはほとんど注目が払われない。
(中略)
社会運動家たちは、「誰かが死んだ時には必要以上に悲しむくせに、別の誰かが死んだときには悲しみを示さない」とお互いに批判しあうよりも、政治理論家 のクレア・ジーン・キムが主張する“肯定の倫理”に向けて運動するべきなのだ。*4社会的な被害を恒久化させることに繋がる拒否や分断である”否定”を行うのではなく、我々の戦いは繋がっているのだということを理解する方法、「政治的な闘争を含めて、自分たち以外の抑圧された集団の苦しみや主張に繋がる有意義な方法」を彼女は提案している。我々は抑圧されている他者の苦しみや侮辱に注目し、彼らを貶すのではなく、彼らが正義を求めていることを肯定するべきなのだ。
(後略)
後略した部分で、グルーエンは、動物差別と女性差別・人種差別が本質的に結びついていると主張するエコロジカル・フェミニスト、キャロル・アダムズの本を紹介している。*5
私としては、グルーエンやアダムズのエコロジカル・フェミニズム的な主張(動物差別・女性差別・人種差別はそれぞれ同じ構造が原因として起こっているのであり、本質的に結びついている、という主張)にはあまり賛同しないが、『「ある一つの不正義に対して抗議することはその不正義を他の不正義に比べて特別扱いすることだ」というゼロサムゲーム的な考え方』にうんざりしている、という点については同意する。「誰かが死んだ時には必要以上に悲しむくせに、別の誰かの死に対しては悲しみを示さない」という批判は不毛である、という意見にも同意する。
グルーエンは、最近の著書で「共感」をベースとした動物倫理を展開しているらしい(私は未読)。

Entangled Empathy: An Alternative Ethic for Our Relationships with Animals
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また、近日、彼女の著書『Ethics and Animals : An Introdction』の邦訳が発売されるようだ。この本は、邦題の通り、動物倫理学に関係する様々な事例や議論をバランスよく扱っている入門本である。
*1:
Shooting of Samuel DuBose - Wikipedia, the free encyclopedia
*2:
「ジンバブエで最も有名なライオン」を射殺、頭を切り落とす ハンターに非難殺到
*3:
CNN.co.jp : 黒人女性が勾留中に死亡、「自殺」の説明に家族納得せず
*4:
Dangerous Crossings | Political Sociology | Cambridge University Press
*5:

The Sexual Politics of Meat: A Feminist-Vegetarian Critical Theory
- 作者: Carol J. Adams
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