道徳的動物日記

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読書メモ:デール・ジェイミーソンの環境倫理学入門

 

Ethics and the Environment: An Introduction (Cambridge Applied Ethics)

Ethics and the Environment: An Introduction (Cambridge Applied Ethics)

 

 

 先日に読んでいた本。著者のデール・ジェイミーソン(Dale Jamieson)はニューヨーク大学環境倫理学者で、気候変動の問題に関する著作と動物園に反対する議論で特に有名であるようだ。

 この本はCambridge Applied Ethicsシリーズの一冊で、同シリーズの本では、ローリー・グルーエン(Lori Gruen)の『Ethics and Animals』が『動物倫理入門』という邦題で訳されている*1。グルーエンとジェイミーソンは環境倫理学のリーディング集を共同編集したりもしている*2

 以前にも何度か書いたことだが、言わゆる"動物倫理"と"環境倫理"は、一見すると似たような物に見えるが対立するところも大きい*3環境倫理は自然保全生物多様性を維持することなどの必要性を主張する場合が多いが、自然や生物多様性を守る過程においては、"害獣"や"外来種"や"増え過ぎた"とされる動物の殺害が伴うことが多い。一方で、動物倫理においては多くの場合に動物の道徳的地位が主張され、自然を守るという理由で動物を殺害することは認められないと主張されることも多い。こういう事情もあってか、日本で出版された環境倫理学の入門書などを読んでも、功利主義やカント倫理学の立場から動物の道徳的地位を主張するピーター・シンガーやトム・リーガンなどの議論は扱いが悪くてあまりページ数も割かれないような傾向があるような気がする*4。しかし、グルーエンにせよジェイミーソンにせよ環境倫理と動物倫理のどちらにも造詣が深い人たちなので、グルーエンの『動物倫理入門』では環境倫理についてページが割かれているしジェイミーソンの『環境倫理入門(Ethics and the Environment)』では動物倫理についてページが割かれている。こういう点でバランス感覚があるのは入門書として好ましいだろう。

 

 ジェイミーソン『Ethics and the Environment』の具体的な章立てとしては、1章では「環境問題とは何か」「環境倫理とは何か」という概説的なことが書かれていて、環境経済学などの隣接分野と環境倫理学の違い、他の分野では補えない環境倫理独自の目的や意義とは何か、ということが説明されている。2章〜4章は応用倫理学としての環境倫理学からは一旦離れて、倫理学や道徳そのものについての解説がされる。2章は「人間の道徳性(Human Morality)」というタイトルで、道徳や倫理学の無意味さを主張しようとする「無道徳主義(Amoralism)」「神学主義(Theism)」「相対主義(Relativism)」が取り上げられて、それぞれの議論の欠点や不充分さが指摘されている。3章のタイトルは「メタ倫理」で、タイトル通りメタ倫理学の議論が解説されている。ジェイミーソンはメタ倫理を実在論と主観主義との二つに大別して、その二つの間の中間的な主張についても触れている。また、環境倫理学において特に問題となりやすい「本質的な価値(Intrinsic Value)」という概念についても一節を設けて説明されている。4章のタイトルは「規範倫理」で、帰結主義・徳倫理・カント主義という三つの代表的な規範倫理学理論がそれぞれ説明されている*5。この章では「それぞれの規範倫理学理論においては環境や動物の扱いはどうなるか」ということについても触れられている。過去の有名な環境倫理学者たちの多くは徳倫理学に近い考えを持っていたことや、カント倫理学における動物の扱いの微妙さなどの論点が興味深かった。

 5章のタイトルは「人間と他の動物たち」で、シンガーとリーガンという動物倫理の双璧的な二人の理論について具体的に説明されたのちに、工場畜産の現状についての情報が書かれて、殺すことと苦痛を与えることの違いや菜食主義などのトピックについての倫理学的な議論が説明される。6章は「自然の価値」であり、タイトル通り、自然が持つ価値とは何であるかとか我々はそれについてどう考えて対応するべきであるか、ということについての様々な考え方が説明されている。私は自然環境の(人間と動物にとっての)道具的価値を主張する議論には従来から馴染みがあるが、自然環境の美的価値や自然環境そのものの本質的価値を主張する議論はやや胡散臭いものだと思っていたのだが、この本では美的価値や本質的価値についての主張も説得力を持って紹介されているために、個人的にはこの章が一番有益で面白かった。7章は「自然の将来(Nature's Future)」で、地球温暖化の問題が取り上げられている。

 

 環境倫理学としてよくイメージされるような内容なのは1、6、7章で、2〜5章は倫理学一般や動物倫理の議論がされているので、環境倫理学だけの入門書を期待する人にとっては物足りないかもしれない。一方で、倫理学一般や動物倫理の議論を前に置くことで環境倫理学の議論を相対的な観点から理解しやすくさせているとも言える。環境倫理学の入門書といえば、環境問題についての事実的な情報や実際に環境問題に対処する際のプラグマティックな観点からの議論などにページ数が割かれているわりに、肝心の哲学的な議論がなあなあで済まされていて、物足りないことが多い*6。ジェイミーソンの『Ethics and Environment』でも環境問題についての事実的な情報は過不足なく説明されているが、なによりも、プラグマティックな観点に拘泥しない"哲学"としての環境倫理学への入門書として最適だと思う。

 

 

 

*1:

 

動物倫理入門

動物倫理入門

 

 

 

Ethics and Animals (Cambridge Applied Ethics)

Ethics and Animals (Cambridge Applied Ethics)

 

 

davitrice.hatenadiary.jp

*2:

Reflecting on Nature: Readings in Environmental Ethics and Philosophy

Reflecting on Nature: Readings in Environmental Ethics and Philosophy

  • 作者: Lori Gruen,Dale Jamieson,Christopher Schlottmann
  • 出版社/メーカー: Oxford Univ Pr (Sd)
  • 発売日: 2012/08/31
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*3:

davitrice.hatenadiary.jp

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*4:この本では動物倫理の議論もページ数を割いて取り上げられているが、むしろ例外的である

 

実践の環境倫理学―肉食・タバコ・クルマ社会へのオルタナティヴ

実践の環境倫理学―肉食・タバコ・クルマ社会へのオルタナティヴ

 

 

*5:「学生はこれらのうち一つを気に入って残りを非難したがる傾向にあるが、それぞれのメリットとデメリットがあるのでどれか一つが正しいというものではない」というような注意書きが書かれている

*6:読んだのは数年前なのだが、特にこの本は印象が悪かった

 

環境倫理学

環境倫理学