以前に趣味で読んだ洋書の内容を紹介するシリーズ。今回の記事には自殺の話題が含まれているので、読む際には注意してほしい。
Lonely at the Top: The High Cost of Men's Success
- 作者: Thomas Joiner Ph.D.
- 出版社/メーカー: St. Martin's Press
- 発売日: 2011/10/25
- メディア: Kindle版
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今回紹介する『Lonely at the Top: The High Cost of Men's Success』の著者トマス・ジョイナー(Thomas Joiner)はアメリカの心理学者で、自殺とその予防について専門的に研究している人だ。『なぜ人は自殺で死ぬか(Why People Die by Suicide)』などの著作がある。一般向けに書かれた本であるが、ジョイナー自身が自殺で父親を失っているということもあってか、どの本も真剣に書かれておりなかなか読み応えがある。
『Lonely at the Top』の副題は「男性の成功の高い代償」であり、この本は、一般的に男性は女性よりも孤独に陥りやすく、そのためにアルコール依存症や危険なスポーツへの傾倒といった自己破壊的な行動をとりやすくなり、そして自殺しやすい、ということが論じられている。 なぜ男性は孤独になりやすいのか、ということについてジョイナーはいくつかの章を割いて複数の要因から論じている。
男性の孤独の原因として挙げられているなかでも特に興味深いのが、男性は女性と比べて子供時代や学生時代に友人関係を維持することについて大した労力を支払わなくて済むために、「友人間係を維持するためにはどうすればよいか」というテクニックや能力を取得する機会がなく、そのために大人になった際に友人を失いやすくまた新たな友人も得づらい、ということだ。具体的に説明してみると、子供時代や学生時代というものは男性にしても女性にしても周りは同年代の人間に囲まれており、価値観の違いもそれほどなく趣味や興味関心なども似通っているために、そもそも友人を作りやすい環境である。
そして、一般に若い男性同士の交友関係は複雑でなく、大概の男性は自分が特に努力をしなくても友人が見つかるしその関係を維持するにもさほど労力を支払う必要がなく、互いにあまり気を使わなかったりワガママに振舞っても友人関係が持続するものである。しかし、女性同士の友人関係は男性のそれに比べると若い頃から複雑であり、誰かと友人になってその交友関係を維持するためには、相手のことを気にかけたり会話や連絡を怠らないなどの労力を支払うことが要求される。また、男性の友人のほとんどは同性や同年代であるが、女性には異性や異なる年代の友人も多い。若い女性は人付き合いのコツや対人関係を維持するためのテクニックなどを年長の女性から聞かされて教えてもらったりもするものだ。
……この点に関してよくあるイメージが「お互いに気を使わなくてもいい男同士の友情は自然で本物であり、いろいろと面倒くさい手間をかけなければいけない女同士の友情は人工的で偽物だ」というものだろう。しかし、学校を卒業して社会人となり歳を取り、昔からの友人と離れ離れになり会う機会も少なくなってくると、状況は男性にとって不利になる。子供の頃から面倒くさい友人関係を経てきた女性は、学校を卒業した後でも職場や趣味コミュニティや地域コミュニティなどで新しい友人関係を構築してそれを維持する能力やテクニックを身に付けているのであり、歳を取った後にも友人関係に困ることが少ない。
だが、互いに気を使わない気楽な友人関係を経てきた男性は、友人とは水や空気のように当たり前に存在するものだという認識を抱きがちであり、新しい友人関係を構築してそれを維持する能力やテクニックを身に付けていない場合が多い。そして、社会人になってから過ごす環境とは子供時代や学生時代のように新しい友人関係を構築することが難しい環境なのであり、多くの男性にとってはいまさら新しい友人を見つけることが無理に感じられる。結果として、女性は歳を取っても定期的に新しい友人を見つけて交友関係が持続する一方、男性は歳を経るにつれても昔からの友人が徐々に減っていきそれを補う新しい友人を見つけることもできず、孤独になりがちである。
また、友人関係に限らず家族関係やその他の社会的な場においても、若い男性は若い女性に比べて甘やかされがちである、ということをジョイナーは指摘している。
一般的に若い女性は家族に対して気を使うことや家庭からあまり離れないようにすることを要求されがちであり、それに比べると若い男性は放任されることが多く家族に対して気を使うことも要求されない場合が多い。女性からすると男性が羨ましくて理不尽に思えるかもしれないが、友人関係の場合と同じく、甘やかされて育った男性は家族というものは当たり前に存在するものだと思ってしまい、家族関係を維持するためには自分も気を使って努力をする必要があるということを忘れがちである。結果として、男性は大人になって自分の家庭を築いたとしてもそこから孤立しがちであり、これがまた孤独につながる。
要するに、対人関係ということに関して若い女性は若い男性に比べて要求や束縛が多くて大変な状況にいるものだが、そのような状況のために女性は対人関係に関するテクニックを磨く必要が生じ、その磨かれたテクニックが後々の人生で助けになる。一方、気楽で甘やかされた環境にいる男性は対人関係に関するテクニックを磨くことを怠りがちであり、このことが数十年経った後に彼の人生に深刻な影響を与えるのだ。
また、そもそも男性は女性に比べると社交性が薄く、他人に対してよりもモノやカネに対して興味を抱く物質主義的な傾向が強い。これは文化や社会環境に依るところもあるだろうが、赤ん坊の頃から存在する生得的な傾向でもある。そして、男性は女性に比べて赤ん坊の頃から暴力的であり、他人を顧みず、ワガママである。このため、女性同士がお互いに共感しあい思いやりあうのに比べて男性同士は互いに無関心であり、辛いときに相談したり愚痴を言うこともしづらい。赤ん坊の頃や若い頃には家族や社会から許されたワガママも年を取るにつれて許されなくなっていき、周りの人間が自分から離れてしまう事態を招きがちである。
そしてまた男性に特徴的なのが「Don't Tread On Me(俺様をナメるな)」という態度だ。男性は他人に対する敵愾心が強いために、初対面の時点から互いの印象が悪いために対人関係を結ぶことができなかったり、せっかく築いた対人関係も自分から破壊しがちである。男性はSelf-reliance(自立)にこだわる傾向も強くて、そのため共同作業やコミュニティなどに参加する程度も女性に比べて低い。また、男性は自分の弱みを他人に見せることを忌避しがちであり、辛いときにもその辛さを自分の内側に抱え込んでしまうのだ。
20代後半から40代にかけて、多くの男性は社会的地位や収入を得ることに血眼になり、対人関係を築くことや維持することを後回しにしてしまう。まだ学生時代からの友人が残っていること、本人もまだ若くてエネルギーがあることなどのために、30代までは大して問題に感じないかもしれない。しかし、40代を過ぎて社会的地位や収入を充分に獲得した段階になってから、失った対人関係の重みにようやく気付くのだ。気が付けば友人もおらず家族とも疎遠になった男性は「自分には仕事しかない」と思い込んでワーカーホリックになったり定年を過ぎても退職を遅らせて仕事を続けてしまうが、その時間を対人関係に割いていた方が幸せになれた、ということの方が多いだろう。せっかく獲得した社会的地位や収入も虚しいものだ。
対人関係を犠牲にしてでも地位や収入にこだわる男性の傾向は、進化心理学的な理由に依るところも大きいだろうが、社会的な圧力も存在すると思われる。ボーヴォーワールは「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」と言ったものだが、「男になる」ことについて男性が感じているプレッシャーの方がむしろ強いだろう、とジョイナーは指摘する。「あの人は一人前の男じゃない」という言葉に比べれば、「あの人は一人前の女じゃない」という言葉はなかなか言われないものだ。
このようにして孤独になる男性は、自殺率が高い。世界の国のほとんどでは男性は女性よりも自殺率が高い(中国は例外であり、女性の自殺率の方が高い)。鬱病などは若い女性の方が罹りやすいとはいえ、年老いた男性は対人関係という最後のセーフティネットを失っていることが多く、これが自殺につながるのだ。
では、死にたくない男性は孤独にならないためにどうすればよいのか、というと、これはもうがんばって対人関係を築いて維持するしかない。それほど好きでないと自分が思っている相手であっても定期的に連絡をしたり電話をして会話をするべきだし、時間を見つけて様々なコミュニティや協同活動に参加して新たな対人関係を築くべきだ。「電話をする相手がいない」「時間がないしめんどうくさい」などの言い訳が浮かんでくるかもしれないが、年を取っても対人関係を維持している人々(その多くは女性)が若い頃から現在に至るまでどれほどの手間や労力を割いてきたのか、想像してみるといい。上述したように、多くの男性が孤独であるのも、そもそもが若い頃に甘やかされたために対人関係の築き方がわからなかったり、出世に血眼になったために対人関係を自分から放棄したことが原因であるのだ。
また、(皮肉屋からは馬鹿にされがちであるが)ハイキングなどに行って自然に親しむことも精神の健康にとってかなりのプラスの影響がある、とジョイナーは指摘している。
『Lonley at the Top』や『なぜ人は自殺で死ぬか』でジョイナーが強調しているのが、孤独はとにかく精神に悪く、自己破壊的な行動や死を招き寄せるものであり、ロクでもないものだということだ。しかし、高尚な文学や哲学、またポピュラーメディアで適当な言説を垂れるコラムニストや評論家などは、孤独に潜む深刻な危険を無視して無責任に孤独を讃える。例えばニーチェなんかは『孤独を味わうことで、人は自分に厳しく、他人に優しくなれる。いずれにせよ、人格が磨かれる。』と書いているそうだが、仮に人格が磨かれるとしても、死んでしまったら元も子もないだろう。
哲学や文学は孤独をロマンチックに過大評価してきたが、そのような言説が世の中の人々に与えているリスクはそろそろ認識されるべきだ、とジョイナーは主張する*1。