道徳的動物日記

倫理学、社会科学、時事問題、世相などについて論じます。

ペットの安楽死にまつわる倫理的問題(読書メモ:『ラストウォーク 愛犬オディー最後の一年』)

 

ラストウォーク ―愛犬オディー最後の一年

ラストウォーク ―愛犬オディー最後の一年

  • 作者:ジェシカ・ピアス
  • 出版社/メーカー: 新泉社
  • 発売日: 2019/02/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 著者のジェシカ・ピアスは倫理学者で、この本以外にもペット飼育に関する倫理の本や生命倫理の本、動物の道徳性について論じた本を出しているようだ*1

 この本は老いたペットの介護や苦痛、ホスピス安楽死から埋葬の仕方までについて論じた各章と、著者の飼い犬である「オディー」が死ぬまでの一年間の様子を綴った日記パートの文章とが交互に挟まれている構成である。

 オディーの犬種はヴィズラという大型犬であるが、「常に人の近くにいないと不安になる」という性質や豊富な運動が必要という犬種の特性は、老年になり認知症になると大変な事態を引き起こす。日記パートではオディーの様々な異常行動により家が糞尿まみれになったり近所迷惑になったりして心身ともに疲弊していく著者の様子が、老いにより生じるオディー自身の苦しみとともに、詳細に描写されている。もちろんオディーへの愛情や犬と人間との心温まる様子も描かれているのだが、読んでいると大型犬や犬を飼いたくないという気持ちが積もってしまう、というのが正直なところだ(私の実家ではこれまでに8匹の猫を飼っており、そのうち4匹は臨終まで看取ったが、猫というものは一般的に犬に比べて老年期でもさほど大変な事態にならないようだ)。

 

 倫理的問題に関して書かれた各章は、犬の飼い主であるという著者自身の経験や主観を記しつつも、ペットの老いや死にまつわる各種の倫理的問題についてバランスの取れた書かれ方がされている。ただし、著者がアメリカ人なので、前提となっている文化や慣習もアメリカのそれだ。例えば、アメリカでは日本よりもペットの安楽死が一般的なので、「すぐにペットを安楽死をさせてしまう」ことについての苦言などが呈されていることになる。日本の場合ではペットの安楽死に対する拒否反応はまだまだ強いので、例えば著者が日本の事情を知ったらむしろ「ペットの安楽死を拒みすぎること」についての苦言を呈するかもしれない。

 

 全体的に特に印象に残るのが「安楽死」と「自然な死」に関するジレンマだ。ペットを安楽死させるか自然死させるかの判断をペット自身が行うことはできないので、飼い主が判断を下さなければならない。しかし、どちらを選択するにせよ、「ペット自身が望んでいること」と「飼い主が望んでいること」との境界線が曖昧になりがちである。つまり、「このように苦痛に満ちた余生を過ごさせることはペットのためにならず、安楽死させる方が本人のためだ」と飼い主が考えているとしても、実際には「苦しそうなペットの様子を直視することを止めたい、老年のペットの介護に伴う様々な負担から解放されたい」という飼い主自身のエゴが影響しているかもしれない。とはいえ、ペットの苦痛を放置して自然死を選択することにも、ペットの死を自ら決断することから逃避するという要素が入っている。つまり、「ペット自身にとっては何が最善か」ということを判断しつつ「その判断には自分自身のエゴが混ざっていないか」ということも注意深く検討しなければならないのだ。…もちろん、何らかの理論によって客観的な結論が導き出せられるような問題ではないし、「こういう場合にはこうすればいい」という定石があるわけでもない。難しい問題ということだ。安楽死に代わるものとしてのペット用のホスピスが取り上げられているが、それだっていつでも最善の選択肢というわけではないのである(ホスピスにおいても苦痛が勝ることはあるから)。

 また、ぺットが何を望んでいるところかを正確に判断するのは本当のところは難しい、という問題についてもしっかり論じられている。「動物が苦痛を感じている証拠はない」ということを証拠にして動物の搾取を正当化する一部の科学界や哲学界や産業界の言説はきっちりと批判されているが、その一方で、「生の価値」や「尊厳」などの複雑な概念について動物自身がどのような認識をしているか、ということを考えるのはたしかに難しいのだ。

 安楽死の話題のみならず、ペットや動物全般の老いや介護、「ケア」について論じられているのも本書の特徴である。私は日本には親戚がおらず祖父母ともほとんど会ったことがないから、まわりに老人がおらず、介護や老いというものは飼っていた猫を通じてしか触れることがなかった(これから両親が年老いていって嫌でも介護やケアについて考えさせられることになるかもしれないが)。核家族化してから久しい現代日本では、私のような境遇の人も多少はいるだろう。人間ではなく動物を通じてはじめて「老い」や「介護」について考えるようになる、という現代的な事象についての議論も、これからはニーズが増えていくかもしれない。

*1:著書の一例:

 

Run, Spot, Run: The Ethics of Keeping Pets by Jessica Pierce(2016-05-06)

Run, Spot, Run: The Ethics of Keeping Pets by Jessica Pierce(2016-05-06)

  • 作者:Jessica Pierce
  • 出版社/メーカー: University of Chicago Press
  • 発売日: 1671
  • メディア: ハードカバー
 

 

 

Wild Justice: The Moral Lives of Animals by Marc Bekoff Jessica Pierce(2010-05-01)

Wild Justice: The Moral Lives of Animals by Marc Bekoff Jessica Pierce(2010-05-01)

 

 

Phychology Todayに投稿されている、ピアスによるコラム集

www.psychologytoday.com