道徳的動物日記

倫理学、社会科学、時事問題、世相などについて論じます。

読書メモ:きみの脳はなぜ「愚かな選択」をしてしまうのか:意思決定の進化論』

 

 

 

 同じ著者のダグラス・ケンリックが書いている『野蛮な進化心理学』は名著なんだけれど*1、こちらはなぜだかやたらとつまらない。ヘンな嫌味が多いのがダメなんだと思う。

 

『野蛮な進化心理学』のときと較べて、「七人の下位自己」という「心のモジュール性」を強調した内容となっている。わたしたちのなかには自己防衛・病気回避・協力関係・地位・配偶者獲得・配偶者保持・親族養育をそれぞれの目的とする下位自己が存在しており、異なる場面で異なる下位自己が顔を出すため、ついつい言行不一致になったり矛盾した行動をとっちゃったりする、というお話。しかし、「心のモジュール性」やそれから生じる自己欺瞞の話題については、ロバート・クルツバンの『だれもが偽善者になる本当の理由』のほうがずっと面白い*2。『野蛮な進化心理学』で打ち出された「ケンリックのピラミッド」はこの本でも出てくるが、やっぱりこっちの話をメインにしたほうがいい。

 また、この本では「経済学的には不合理に見える行動が、実は、進化的には深い合理性に裏打ちされた行動なのだ」ということが何度も主張されている。この主張自体はかなり興味深く、深掘りしたら哲学的にも相当面白い内容になりそうなのだが、有名人とか実際に起きた事件のどうでもいいエピソードとしょうもない皮肉が連続するためになんだか全然のめり込めない。たとえば、「政治的な投票は経済的な利益ではないもっと複雑で多様な利益を反映したものだ」というポイントを実証的な政治学研究で示した、またもやロバート・クルツバンの The Hidden Agenda of the Political Mind: How Self-Interest Shapes Our Opinions and Why We Won't Admit It のほうがずっとよいです*3

 

…深くのぞけばのぞくほど、人の決定は、表面上ばかげていて不合理な場合があっても、たいていは深い進化レベルで理にかなった無意識のプログラムが導き出したものであることが見えてくる。たとえ意思決定をしている人が決定の背後にある進化上の理屈を説明できないとしても、人は進化上の利害にだいたいは都合の都合のいい決定をくだすよう進化してきた。だから、自分が全知の経済人だとは考えないほうがいいし、ほかの人が自滅的な愚か者だと思わないほうが身のためだ。

(p.295)

 

↑ 本書のコアとなる主張。

 

(「ザ・バチェラー」とは)対照的に、「ザ・バチェロレッテ」では、二五人の男性がひとりの幸運な女性のプロポーズするために競い合う。男性たちは、彼女にしたい女性の前では礼儀正しく気品があり、いかに自分が身を固めて子どもをもちたがっているかを女性に力説する。その一方で、女性がまわりにいないと、男性たちはけだもののように素手で殴り合いをはじめる。男女比が暴力におよぼす影響は笑いごとではすまない。インドでは地域によって男女比が大きく異なり、男女比が一パーセント変化すると、殺人率が五パーセント変化する。殺人は、女性が希少だと劇的に増加する。

(p.255)

 

 ここらへんはやっぱり「男性の暴力性」を考えるうえでのカギとなるだろう。