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道徳的動物日記

動物や倫理学やアメリカについて勉強したことのある人の日記です。

クリスティアン・ウィリアムス「弾劾の政治」を巡る騒動

時事問題 社会運動 学問論 フェミニズム

 2014年の5月に「Inside Higher Ed」(高等教育の内幕)というwebサイトに掲載された記事。記事を書いている記者の名前はスコット・ジャスチック。

Speaker shouted down at Portland State University | Inside Higher Ed

 

 2年近く前という、古い事件についての記事だが、近々紹介しようと思っているジョージ・ヤンシーの「教育のドグマ」という記事で言及されていたので、先にこちらを紹介する。*1記事内で引用されている、クリスティアン・ウィリアムス教授の記事(性暴力事件では、被害者の発言が絶対視され、加害者・容疑者に対する一方的な攻撃が行われる、という傾向を批判している)も興味深いと思う。

 

ポートランド州立大学で登壇者が黙らさせられる」by スコット・ジャスチック

 

 ポートランド州立大学の学生たちは「法と非-秩序(Law and Disorder)」と題された、警察の行為を批判する年次フォーラムを開催している。登壇者たちの多くは左派であり、警察の行う暴力を批判してきた人たちである。*2

 登壇者の一人のために、今年のフォーラムは開始することができなかった。問題となった登壇者は、警察問題という題材について数多くの著書と記事を書いてきたのだが、彼が性的暴力について最近書いた記事に反対する聴衆たちが、彼を黙らせたのだ。

 発言を妨害された登壇者の名前はクリスティアン・ウィリアムスであり、問題となった記事で彼が批判したのは、性的暴力の事件があった時に、その事件のサバイバー(訳注:性的暴力事件の被害者)だけが事件についての争いで発言をしても良い唯一の人物であると見なされる、という傾向である。*3

 彼の記事は、性的暴力が実際に存在するということを否定しているものではないが、一部の人が加害者と見なされ攻撃されたことについて疑問を投げかけるものであった。「この理論の下では、サバイバーだけが要求を行う権利を持っているのであり、他の人々は疑問の余地なく加害者に対する懲罰を認めなければならない義務を負っている」と彼は書いた。

「ここでは、(訳注:被害者による)全ての主張を事実として扱う、ということが明白な前提となっている。そして、多くの場合は特定の主張が行われる必要すらない。ある人の行動を…そして、彼の人格そのものを…「性差別主義」「女性嫌悪的」「家父長的」「人を黙らせる」「人に危険を引き起こす」「安全ではない」「虐待的である」と形容すれば、それで充分なのである。そして「悪は悪であり、悪さがマシであることはなく、悪さの間に差異はない」という原則(on the principle that bad does not allow for better or worse)の下では、これらの単語は好きなように入れ替えて使用できる。結局、証明される可能性もあれば反証される可能性もある告発を行うことが要点なのではない。判決を下すことが要点なのだ。そして、悪し様に言われた人のことを、多くの人々の集団が嫌いになり、 彼が何をしたとされているかということを知っている振りすらすることもなく、彼を罰することが可能になってしまう。彼が加害者であると「告発された」ことが大切なのであり、他のことは関係ないのだ。」

  先週のフォーラムに関する動画が、YouTubeに投稿された。動画では、ウィリアムスは黙らさせられて、一つの文章を言うことすらできていない。聴衆たちは「私たちはあなたの暴力を前にして黙らない」と何度も繰り返し叫び続けている。(警告:人に罵られて傷ついたことのある人は、下に掲載した動画を見ない方がいいかもしれない)

 

 

www.youtube.com

 

 

 この動画は複数の保守的なウェブサイトでシェアされた。3人の登壇者(彼らは、フォーラムを中止するしか選択肢がないということで同意した)は共同声明を発して、聴衆たちと議題について討論することができなかったり、フォーラムを進行するために聴衆たちを静かにさせることができなかったことについて書いた。*4

 声明では「私たちは、家父長制やドメスティックバイオレンスによって私たちの運動に生じた危害は、実在するものであり酷いものであると考えます。これらは議論されなければならない問題であり、正面から取り組んで対決しなければならない問題です」と書かれている。そして、以下の文章が続く。「また、お互いに敵という烙印を押し合うことなく意見を違えることができるときに、私たちのコミュニティや運動は最も強靭になる、と私たちは考えます。重大な問題についての対話は、時には苦痛なものであり、複雑なものです。しかし、このことは、対話において私たちがお互いを攻撃し合わなければならなかったり、他の重要な運動を妨害しなければならない、ということを意味しません。」

 声明では、警察が会場に向かっているという連絡を聞いた際に、フォーラムを終わる決断を下した、とも書かれている。「はっきりさせておきますが、登壇者たちは警察を呼んでいませんし、他の人たちに警察を呼ぶように指示してもいません」。声明では、ウィリアムスが抗議の対象となることが明らかであったのにも関わらずウィリアムスの招待を取り止めなかった主催者が讃えられている。

 事件についての大学の責任を尋ねられたクリストファー・ブロデリック(訳注:大学の責任者)は、事件が起こった時に現場にいなかったために詳細を伝えることはできない、と答えた。発言者が黙らされるということについての一般的な見解として、彼は以下の声明をe-mailに書いている。「ポートランド州立大学は、2万9千人近くの学生が在籍する、大きくて多様性のある都市大学です。彼ら自身でイベントを企画して行う学生団体も、多数存在します。公立大学として、我々は教室の中でも外でも自由な意見の交換をすることを、支持しています。今回の事態のように、学生によって企画される政治的なイベントは、時には感情的なものになることもあります。身体的な危害の脅威がある時や、大学の治安が脅かされた場合には、大学は安全な環境を保証するための措置を取ります。今回のケースでは、そのような事態は起こりませんでした。これは学生によるイベントであり、(訳注:大学の行う)授業や学問的な集会ではありませんでした。ですから、言論の自由をどのように尊重するかということの違いについてどのように対処するか、ということは企画の運営者や参加者たちの責任で決定することです。」