道徳的動物日記

動物や倫理学やアメリカについて勉強したことのある人の日記です。

トランプ現象と多文化主義 (ジョナサン・ハイトのインタビュー記事)

www.vox.com

 

 

 今回紹介するのは、 Vox という web サイトに掲載された、社会心理学者のジョナサン・ハイト(Jonathan Haidt 、文中では JH)へのインタビュー記事。ドナルド・トランプが大統領に当選した一週間後に発表された記事だが、記事の内容としては、トランプ当選以前からハイトが書いてきたこととあまり変わらない*1。インタビュアーはショーン・アイリングという人(Sean Iilling 、文中ではSI)。

 

 

「多民族の民主主義にとってソーシャル・メディアが有害である理由」 by ジョナサン・ハイト

 

SI: 私はトランプに投票した複数の友人と話をしてきましたが、多くの場合、彼らはなぜ自分がトランプに投票したかという理由を特定することができませんでした。一方では、彼らはヒラリー・クリントンが嫌いでした…まったくシンプルな理由です。しかし、トランプが全ての正しいボタンを押したこと、トランプは核心的なレベルで人々とつながっているのだという感じもあります。

 社会心理学者として、あなたはトランプのキャンペーンについてどう考えていますか?彼がアピールしているメッセージとは何なんでしょうか?

 

JH: まず、この問題についての完璧な答えがないことは明らかでしょう。トランプイズム(Trumpism)とは何であるのか、ということも明らかではありません。明らかなのは、私たちの民主主義には数多くの問題が存在していて、激化し続ける怒りがもたらされているということです。トランプは民主主義の問題を突き止めて、それを利用し、人々が感じている恐怖と怒りに直接語りかけたのです。

 多くの人々が、最近の経済の動向やいま私たちが目の当たりにしている混乱について語っています。しかし…経済の動向はこの物語の半分も語らないし、経済が関わっている部分でもそれは社会的なプロセスを通じて関わっているのだ、と私は考えています。

 2015年や2016年までのアメリカの政治はヨーロッパの政治とどれだけ違って見えていたか、ということについて私は関心を抱き続けてきました。しかし、現在では状況は変わりました(訳注:アメリカの政治とヨーロッパの政治が違って見えなくなってきた)。多様性、移民、そして多文化主義が西洋の民主主義における社会問題の中心に存在している、と私は考えています。それには、ソーシャル・メディアが果たしている新しく有害な役割も関係しているのです。

 

SI: ヨーロッパでは、多文化主義の落とし穴について議論される場合があります。ヨーロッパの多文化主義は失敗したと思いますか?そして、私たちは多文化主義の失敗をこのアメリカでも目撃しているのでしょうか?

 

JH: 多くの場合、私の研究の対象は、左派や右派を問わずに各集団が持っている神聖な価値(sacred value)についてです。19世紀における労働者と資本家の闘争を通じて、左派と右派はそれぞれの神聖な価値を発達させました。それらの価値は、20世紀における共産主義と資本主義との争いを通じて純化していきました。これが、最近の150年間の大半における左派と右派の立ち位置です。

 しかし、1960年代にアメリカとヨーロッパで新左翼が登場したことにより、新しい問題群が表面化してきました。現在の人々が問題としているのは、市民権や女性の権利や同性愛者の権利などです。それらの全てが重要な問題であり、多大な道徳的利害が関わっている問題なのです。

 

SI: 1960年代に起こったイデオロギーの破裂は、神聖な価値をどのように変えたのでしょうか?

 

JH: 左派にとっての新しい神聖な価値は、差別に対する闘いと反レイシズムに関わるものです…それは、1960年代以降、左派の進歩的なプロジェクトの中心であり続けています。そして、多文化主義を背後から動かしている力でもあるのです。左派の新しい道徳観を理解する最良の方法は、ジョン・レノンの「イマジン」の歌詞を見ることです。「想像してごらん 国境のない世界を 難しいことじゃないさ 殺すことも死ぬ理由もない 宗教も存在しない 想像してごらん 平和の中で生きているみんなを」*2

 この多文化主義の側が、近年の新しい分断の片側です。グローバリストの側と呼んでもいいかもしれません。ただし、グローバルな貿易とはあまり関係がありません。人々の自由な移動と、全人類の結束や調和を重視する価値観ということです。

 多文化主義が強調されるにつれて、それに対する反動が右派から現れるようになってきました。その反動は、権威主義的な心理を持った人やその他の保守主義者を惹きつけました。私が考えるに、この反動こそが、今回起こった事態なのです。この反動こそがトランプ現象なのです…もちろん、トランプ現象の全てだということではありませんが、確実に大きな要素なのです。

 生産性や経済のダイナミズムが増加することなど、多文化主義や多様性には多くの利点が存在しています。しかし、大きな欠点もあります。多文化主義や多様性は、一般的に、社会資本や人々の信頼を減少させて部族的な傾向を増幅させてしまうのです。

 

 SI: 今回の選挙戦の底流には部族主義があることは、見逃すことができないくらい明らかですよね。トランプ現象は、政策の問題というよりもある種の文化的パラノイアでした。トランプが語りかけている対象の人々は、非常に抽象的なレベルで言えば、道徳的秩序や多様性や文化の変化についての懸念を抱いています。

 それをレイシズムネイティヴィズム(nativism)であるとして退けるのは簡単ですが、アメリカの政治における今回の反動的な変化の動因となっている核心的な価値観について理解することは、私たちの皆にとって有益であると思います。沢山のレイシストたちがトランプに投票しましたが、トランプに投票した人たちの全てがレイシストであるという訳ではありません。レイシストでない人たちが投票した理由も理解する必要があるのです。

 

JH: まったく、その通りです。私は政治科学者のカレン・スティナー(Karen Stenner)のファンです。彼女は、右派の人々を三つのグループに分別しています。一つ目のグループはレッセフェール保守主義者やリバタリアンです。彼らは、経済的なものを含めて自由を最大化するべきだと信じており、また政府は小さくあるべきだと思っています。二つ目のグループはバーク的保守主義者(Burkean conservatives)であり、彼らは混沌や混乱や秩序の崩壊を恐れています。…保守の知識人の多くはバーク的保守主義者であり、彼らの大半はトランプに反対していました。

 そして、三つ目のグループが権威主義者です。権威主義者は必ずしもレイシストではありませんが、道徳的な秩序についての感情を強く持っています。そして、物事が崩壊しつつあると認識したり道徳的な秩序が衰退していると認識した時には、権威主義者はレイシストになります…黒人や同性愛者やメキシコ人などなどの部外者集団に対して敵対的になるのです。トランプが語りかけてきた観衆たちの核となっているのも、この権威主義者たちなのです。 

 トランプに投票した人の大半が権威主義者であると言う訳ではありません。しかし、権威主義者たちは、トランプに予備選挙を勝ち抜けさせることになった情熱をもたらした核心的な集団であると私は考えています。

 

 SI: 今回の事態は文化戦争(culture war)の延長線上である、とあなたは説明しているように思えます。アメリカの政治の全ては文化戦争に組み込まれてしまい、政策というものも文化戦争のための小道具にしか過ぎなくなってしまった、とあなたは考えていますか?

 

JH: その通り、私はそう考えています。そこには実存的な問題が賭けられているのであり、今回の選挙はどちらの側にとってもまさに世界の終末的なもののように感じられたのです。アメリカは虚空に向かって突撃しているのであり、狂人とはいえトランプは唯一残された希望だ、と右派は考えています。左派は、トランプはファシズム的なクーデーターを起こすか、中国と戦争するか、あるいは同盟諸国にアメリカを裏切らせてしまうだろうと考えています。

 ですから、終末論的な感情がアメリカに漂っているのです。神聖な価値観が賭けられているのです。右派と左派との二つの世界観の間で妥協が行われる可能性は全くないのです。

 

 SI: 人々が「アイデンティティ・ポリティクス」について嘆いているところは、よく耳にします。それを嘆く理由も正当なものです。部族主義と政治が合わさっても良い結果にはならないのですから。しかし、私は思うのですが…あるレベルでは、全ての政治はアイデンティティ・ポリティクスである、と考えられないものでしょうか?政治とは公共空間において価値観を主張することであるとすれば、そして価値観はあらゆる面において個人的なアイデンティティに結び付いているのだとすれば、アイデンティティ・ポリティクスの罠から逃れる方法は存在するのでしょうか?

 

JH: わかりません。…多民族社会とは、組み立てるのが非常に難しい機械です。ゴールは空高くに存在しています。もし正しく組み立てられたとすれば多民族社会は空を飛ぶことができますが、簡単なきっかけで故障してしまう機械なのです。そして、アイデンティティ・ポリティクスは機械の歯車に砂を撒くようなものです。

 政治には党派争いが常に関わっていますし、集団の競合が常に関わっています。アメリカの建国の父たちの時代には、集団は経済的な利害をめぐって争っていました…北部の工業家たちと南部の農業家たちとの対立などです。

 しかし、経済的な利害ではなく人種や民族を基盤とした党派争いが起こる世界は、考えられる中でも最悪な世界です。私たちが存在できる世界の中でも最も手に負えない世界であり、最も醜悪な結果をもたらしてしまうであろう世界なのです。

 

 SI: そして、まさにその世界こそが現在の私たちが生きている世界なのですよね。

 では、これからはどうしましょう?人種的・文化的な分裂を乗り越えて前に進むためには、私たちの民主主義をどのように改善すればよいのでしょうか?

  

JH: まだソーシャル・メディアについて話していなかったですね。ソーシャル・メディアこそが私たちにとって最大の問題の一つである、と私は真剣に考えています。自分とは違う側の人たちが行った信じられないような暴挙についての情報が絶え間なくもたらされる環境に私たちが没頭し続ける限り、私たちがお互いの側を信頼して再び協力し合うことはとてもできないでしょう。

 ソーシャル・メディアに対してどのような対策が行えるのか、私にはわかりません。しかし、将来の世代が責任を持ってソーシャル・メディアについて学んで、相手の側を悪魔視せずに相手の側とコミュニケーションすることをなんとか可能にする、ということに対しては希望を持っています。

 自分たちが危機に瀕しているということ、そして左派と右派との間の分裂はおそらく橋渡しできないということを、私たちは認識しなければなりません。そして、もしそうなら、首都のワシントンで何か大きなことを行うことは諦めて、国家レベルで行うことはできるだけ最小限にする必要があります。国家ではなく州や地方のレベルでできる限りのことを行わなければならない時代に私たちは戻っているのであり、画期的な解決策がテクノロジーや民間の産業から湧き出ることを期待するしかないのです。

 現在起こっている分極化は何十年も先まで続くでしょうし、おそらく事態は悪くなり続けるでしょう。ですから、問題となるのは「どのようにすれば私たちの民主主義を苛烈な分極化の時代に適応させることができるのか?」ということです。

 

 SI: アメリカは見かけほどには分極化していない、と考えている人たちもいます。深い分断に見えるものの多くは反響室に暮らしている人々が生み出したものに過ぎず、違いが強調されて共通点が曖昧にされているのだ、という考えです。私はこの考えにとても説得されたという訳ではないですが、しかし、一考の余地がある考え方であるとは思っています。

 

JH: 確かに、この論点については政治科学者たちも議論を行っています。ですが、私は社会心理学者であるので、私は政策に対する人々の意見には目を向けていません。私が見ているのは、それぞれの人々が他人に対してお互いに抱いている見方です。そして、自分とは違う側について人々はどのような考えを持っているのかという点に目を向けると、どんな指標で測っても、人々は過去に比べて大幅に敵対的になっているのです。それこそが私が心配していることなのです。

 自分の子供が共和党員やアフリカ系アメリカ人やユダヤ人と結婚したらどう思うかということについて人々に質問した1960年代の調査があります。その頃には、一部の人々は自分の子供が異なる民族の人と結婚することをひどく嫌がっていましたが、自分とは違う政党の人と結婚することは大した問題ではありませんでした。現在では真逆の調査結果が出ています。

 ですから、近年のアメリカで情緒的・感情的な分極化が起こっていることについては、私はかなりの確信があります。

 

 SI: 私たちはアメリカという政治の実験や、アメリカは「人種のるつぼ」であるという理念が失敗する様を目の当たりにしているのでしょうか

 

JH: アメリカが人種のるつぼであるのか…この論点にこそ、まさに分裂が存在しているのです。アメリカは人種のるつぼであるのか、人種のるつぼには同化が付随しているのか、人種のるつぼとは文化の虐殺の一形式であるのか?私の母は同化したユダヤ人の一人ですが、アメリカはユダヤ人たちにとって約束された地である、ということを彼女はいつも私に伝えていました。アメリカはユダヤ人たちの邪魔をせず、ユダヤ人たちがアメリカに同化して成功することを認めたからです。そして、それはユダヤ人に限らず、他の多くの民族集団にとっても当てはまります。

 では、アメリカにおける多民族の民主主義について、私たちはいま何をするべきなのか?私たちは同化を試みて自分たちの共通点を強調するべきなのか、それとも、違いを讃えて多文化主義を支持するべきなのか?

 これこそが私たちが議論するべきことなのであり、アメリカの国中で論じられる必要があることなのです。私は、同化や共通点や統一を重視した、私の家族に票を入れます…それが多民族の民主主義を行う最良の方法である、と私は考えています。

 

 

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