道徳的動物日記

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ジョナサン・ハイト 『しあわせ仮説』 (3) 2章「心を変化させる」前編 心とはネガティブなものである。そして、幸福と不幸は生まれたときから「大脳皮質くじ」に左右される。

 

しあわせ仮説

しあわせ仮説

 

 

2章 「心を変化させる」

 

 ・古来の哲学も、現代の自己啓発本も、「人生や幸福とは、私たちの心の創造物である。他人や外的な条件を変えるのではなく、自分自身の心構えや物事の受け止め方を変えれば、人生は変わり幸福になれる」ということを繰り返し言っている。

 しかし、「心を変えよう!」と決意して、これまでのやり方やものの見方を変えようとしたところで、数週間もすれば元に戻ってしまうに違いない。

 象使い(意志/制御されたプロセス)が「変わろう」と決意したところで、象(感情/自動化されたプロセス)を変えることが出来なければ、意味がない。必要なのは、象使いの決意よりも、象を訓練し直すことである。

 心を変えるために必要なことは、頭で考えて変わろうとすることだけでなく、時間をかけながら行動習慣を変化させることである。(39-43.)

 

 ・動物の脳内では、物事を「好き/嫌い」「接近/回避」の尺度で判断する「好悪計」が常に動作しており、意思決定を自動で行う。サルが新しい果物を口にして、甘味を感じると、好悪計が「好き」と判断する。苦い果物なら「嫌い」と判断する。比較や推論を抜きに、快感と不快感によってのみ判断される。

 人間の脳内にも動物と同じように「好悪計」が存在する。味覚や視覚だけでなく、単語に対しても「好き/嫌い」の判断を行う(「希望」や「楽しみ」などの単語は「好き」と判断し、「恐怖」や「退屈」という単語は「嫌い」と判断する)。また、自分の名前などの見慣れたものは「好き」と判断し、自分の名前と響きが似ている人や仕事も「好き」と判断する。ジョンはジェーンを結婚相手に選び、デニス(Dennis)は歯医者(Dentist)になり、ジョージはジョージア州に引っ越す確率が他の名前の人よりも高い。結婚や職業という人生において重要なことも、名前の響きという些細なことに影響される可能性がある。(43-46.)

 

 ・自動化プロセスは、物事のネガティブな面に注目しがちであり、ポジティブな面にはあまり注目しない。

 野生に暮らす動物の心は、チャンスよりもリスクに敏感である。チャンス(食べ物の場所など)は一度逃しても取り返しのつくことが多いが、リスク(自分を補食しようとする動物など)は一度でも致命的になり得る。自分の餌となる小魚を見逃しても海には他の魚がいるが、鮫の存在に気付かずに自分が餌にされてしまえばそれでおしまいである。

 「悪いことは良いことよりも強い」というネガティヴィティ・バイアスは、ほとんどの動物に共通する。良い物事よりも、同程度に悪い物事に対しての方が、すばやく持続的に反応される。ギャンブルで1000円得られることによる快感よりも、1000円失うことによる不快感の方が強い。食べ物に虫が一匹入るだけで「汚い」と感じてしまい、それを浄化することは難しい。

「好き/嫌い」と同様に、「接近/回避」の尺度でも、ネガティブな後者はポジティブな前者より強い。回避システムは接近システムよりも脳みそ(扁桃体)に近く、回避すべきものに出会えば瞬時に強制的に発動する。好奇心で見知らぬ人や場所に近付いても、足がすくんで動けなくなったり、恐怖でひるんでしまう。舌を出すヘビやホラー映画の殺人鬼などに対しては、脳のなかの「赤信号」が瞬時に作動し、目の前の物体や状況の意味を頭で理解する前に、身体がビクッと反応する。他方で、脳のなかに「青信号」は存在しない。

 そして、「赤信号」は身体だけでなく思考にも繋がり、情報処理にバイアスをかける。恐怖を感じた直後は、思考が用心深くなり、知らない人や物事にも身構えるようになる。誰かに対して一瞬の怒りを感じると、その人のすべての言動が自分に対する攻撃であるように思えてしまう。悲しみの感情は快楽やチャンスを霞ませる。(47-51.)

 

 ・人の性格について考えるには、生まれと育ちの両方を考慮しなければならないが、性格に対する生得的な影響は一般にイメージされるよりもずっと強い。

 幸福感は、性格のなかでも、遺伝的側面の高い要素の一つである。人々の平均的幸福度の違いは、人生経験の違いよりも、遺伝的な違いによって説明できることが多い。

 ある人の幸福レベルは、その人の「感情スタイル」(ポジティブな感情とネガティブな感情とのバランス)に示される。ポジティブな感情は左前頭葉で、ネガティブな感情は右前頭葉で強く、右左のどちらの脳波が強くあらわれるかには遺伝的な個人差が存在する。この差は、赤ん坊の頃から現れる。他の赤ちゃんよりも不安になりやすく泣きやすい赤ちゃんは、右前頭葉の脳波が強く、青年になっても社会活動や恋愛に恐れを感じて、大人になっても抑うつ傾向になりやすい。他方で、左前頭葉の脳波が強い赤ちゃんは、成長したあとも恐怖や恥を感じることが少なく、多くの幸福を感じながら生きられる。

 この幸福感の遺伝差を、ハイトは、「大脳皮質くじ」と呼ぶ。幸福な人になるか不幸な人になるかは、生まれ持ったくじに当たるか外れるかに影響される。くじに外れた人は、ネガティブな感情に生涯振りまわされつづける。(51-55.)

 

 

 ●自分の脳がポジティブ(接近)志向かネガティブ(回避)志向かについての簡単なチェックリストも付いているが、チェックするまでもなく、私はネガティブ志向。大脳皮質くじに外れている。『しあわせ仮説』はポジティブ心理学について書かれた本であるはずだが、いまのところ、読めば読むほどネガティブな気分にさせられる。