今回紹介するのは、国際関係学者のジョシュア・ゴールドスティンと心理学者のスティーブン・ピンカーが2015年の11月にBoston Globe誌に掲載した記事*1。
地球温暖化問題を解決するという環境保護運動の目標を否定する記事ではなく、環境保護運動の一部はイデオロギーのために事実を直視することができずに誤った戦略を行ってしまっている、という点を指摘する記事である*2
「環境運動の不都合な真実」by ジョシュア・ゴールドスティン & スティーブン・ピンカー
共和党の議員たちは、票を得るための手頃な方法として気候変動を否定している。「私は科学者ではないが…」という前置きは(訳注:2010年頃の共和党のスローガン的な言葉であった)「石油をどんどん掘れ!(Drill, Baby, Drill)」に代わる言葉となっている*3。しかし、事実を否定することは環境運動の多くにも蔓延している。気候変動が人類にもたらす脅威に世界の目を向けさせたことについては、環境運動家たちは多大な称賛に値している。だが、気候変動という問題はあまりにも巨大であるからこそ、この問題を解決するための計画が断固として必要である。伝統的な環境運動家たちは解決策を提示することよりも自分たちの大義を主張することに気を取られてしまっており、大義を主張をするために環境運動家たち自身もいくつかの不都合な真実を否定してしまっているのだ。
第一の不都合な真実とは、今のところ化石燃料は人類にとって善いものであるということだ。産業革命は先進国の平均余命を2倍に伸ばして裕福さを20倍にまで増殖させた。発展途上国に工業化が普及するのに伴って、何十億人もの人々が貧困から抜け出しているのだ…より多くの食料が得られて、より長寿で健康に生きられて、より良い教育を得られて、より少ない数の赤ん坊を育てている…安価な化石燃料のおかげで。インドのような貧しい国では、上述したような進歩を促進するために、市民たちは安定性のある電力を望んでいるしそれを提供できない政府を選挙で辞めさせるつもりでもいる。化石燃料を燃やすのは止めろとアメリカの環境運動家たちが世界に向けて言う時には、インド人たちが望んでいて手に入れるべきでもある繁栄をもたらすための代替案を提示する必要があるだろう。
このことは第二の不都合な真実をもたらす。世界で最も豊富で拡張可能な無炭素エネルギーは原子力である、ということだ。今日の世界では、原子力発電所が建てられないとすれば化石燃料発電所が建てられることになるし、世界の大半では石炭が燃やされることになる。しかし、原子力の使用は停滞しているし、縮小すらもしている。
原子力は諸々の心理的なスイッチを押してしまうので…毒に対する恐怖、大惨事を想像することの容易さ、慣れ親しんでいない人工物への疑念…化石燃料に比べて理不尽に高い基準が課されてしまう。炭鉱での災害で何十人もの人々が犠牲になったり、深海の原油が流出して海を広大な範囲に汚染したりしても、石炭や石油に関わる産業を閉鎖しようとする人はいない。一方で、2011年に日本の福島原子力発電所で起こった事故は誰も殺さなかったが、ドイツに原子力発電所を閉鎖させてしまった。ドイツでは汚れた石炭が静かに取って代わった。フランスですら…自国の電力の4分の3を原子力で賄っており、また原子力事故が一度も起きたことのない国であるのだが…環境運動家からの圧力のために、多くの原子力発電所を閉鎖することを計画中である。
今日では原子力は比較的高価であるが、その理由の大部分は、原子力が膨大な規制のハードルを越えなければならないのに比べて化石燃料のハードルは低いからである。最新の第四世代原子炉の配置までには10年かかるが、現在の原子炉が出している廃棄物を燃やすので、より安価で安全に運転されることになるだろう。
原子力がなければ、温暖化の危機を解決するために必要な電力の数は単純に足りなくなる。太陽光発電や風力発電は迅速に成長しているが、それでもまだ電力の総生産量における割合は太陽光は1%で風力は4%であるし、世界における需要を満たす程の速さで生産量を増やすことはできない。さらに、太陽光や風力などのエネルギー源は途切れのある間欠的なものであって、未だに基礎科学の段階であるバッテリー技術が大きく進歩しない限りは、充分に送電することができないであろう。もしこの問題が解決されたとしても、再生可能エネルギーがもたらすであろうと見込まれているエネルギーを三倍に見積もるべきではない。現在の化石燃料による電力を補って、原子力発電を退場させて、天井知らずに増え続ける発展途上国の電力需要を満たす…その全てを再生可能エネルギーで行うことは不可能なのだ。
この議論は、ジェームズ・ハンセンやステュアート・ブランドなどの現実主義的な環境運動家によって熱心に主張されてきたものである。しかし、グリーンピースやシエラ・クラブなどの最も規模が多くて声も大きい集団は反原子力に固執し続けている。
第三の不都合な真実は、気候変動の問題はイデオロギーを超えなければいけないということだ。この真実を否定するものとしても特に有害であるのは、気候変動に対処するためには不平等・企業の強欲・レイシズム・政治的な腐敗などの積年の社会病理を解決しなければならない、という政治的な左派たちの自惚れである。ナオミ・クラインによる"全てを変える(Change Everything)"キャンペーンは、地球温暖化の問題を左派による諸々の社会運動を前進させるための好機であると見なしている*4。左派による各種の社会運動の目標についてあなたがどのように考えているとしても、そして私たちもその目標の多くには同意しているとはいえ、気候変動がもたらす大惨事を防ぐことの優先順位が他の問題によって誤魔化されるべきではないのだ。
人々からの指示を得ようとするために、憎むべき敵こそが問題の原因であるという物語も左派は語っている。コーク兄弟、エクソンモービル、そして共和党がこの物語の悪役に抜擢されたがっているようだ*5。だが、もしこれらの悪魔どもが奇跡的に消滅したとしても、もっと良い燃料を見つけるまでは私たちが化石燃料を燃やし続けることに変わりはないのだ。
では、環境運動家たちは何を求めるべきなのか?第一に、政府は低炭素エネルギー技術を研究して発展させるための計画をアポロ計画並みの労力で実行する必要がある。バッテリー、原子力、液体バイオ燃料、そしてカーボンキャプチャーのための画期的な技術革新が必要とされているのだ。これらの最終的な公共善のために必要とされている資金は膨大であり、民間企業が行うにはリスクが大きすぎて報酬は少なすぎる。だが、政府なら簡単に資金を出すことができるだろう。
第二に必要なのは炭素税である。個人や企業が大気中に炭素を排出することに課金をするのだ。このような税金は自然保護・脱炭素化・研究開発へのインセンティブを与えるであろうということに、経済学者たちは政治的立場を超えて同意している。特定の産業や製品を規制することよりも遥かに効率的にインセンティブを与えるのだ(産業革命より前の時代の生活スタイルに戻るように人々に説教することが与えるインセンティブについては、言うまでもないだろう)。炭素税がなければ、化石燃料…特に豊富であり、運搬が容易であり、エネルギーが圧縮されている燃料…を使用することには利点が多過ぎるのだ。だが、市民気候ロビー(Citizens' Climate Lobby)による大々的なキャンペーンにも関わらず、本来なら容易であるはずの炭素税という政策は政治家たちにも大衆にも目を向けられていない。
今日では、気候変動を防ぐための社会運動はあまりにも多くの弾を放ち過ぎている。大臣を辞職させる、禁欲主義を力説する、資本主義を終わらせる、敵を悪魔のように見せる、終末の日を予言する、全てを変える。こんな手当たり次第のキャンペーンには道徳的痛快さがあるのかもしれないが、このようなキャンペーンのいずれも破滅的な気候変動は防げない、という最も不都合な真実を認識することから人々を遠ざけてしまっている。ひとまず運動に"一時停止"ボタンを押して、算数を行ってから、実際に問題を解決することができる政策群の組み合わせを実現するために改めて動き出すべきだろう。
*1:
ピンカーのゴールドスティンのコンビによる記事は以前にも紹介している
2016年4月の世界における戦争と暴力の状況 (ジョシュア・ゴールドスティンとスティーブン・ピンカーの記事) - 道徳的動物日記
*2:ゴールドスティンは著書『Winning War on War』にて、「平和運動は"(経済格差の撤廃、ジェンダーの平等、反グローバリズムなどの)正義が達成されなければ、本当の平和も達成されない"というイデオロギーに結びつくことが多く、戦争反対とは別の論点を運動に持ち込んで"企業や資本主義やグローバリズムが戦争を起こす"などの誤った前提を広めたり、国連の平和維持活動や各国からの人道支援などが実際に平和を達成することに貢献をしているという事実が無視されがちになる」と、この記事で環境運動に指摘しているのと同様の問題を平和運動に指摘している。
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*3:
参考サイト
"DRILL BABY DRILL"・・・今年のナンバーワン・ワード | 人力でGO
Drill, Baby, Drill - YS Journal アメリカからの雑感
*4:
参考サイト
ナオミ・クラインの新刊書。資本主義の害毒 | social-issues.org online community
第29巻 気候vs資本主義 | Democracy Now!
ジョセフ・ヒースのナオミ・クライン批判(セルフまとめ) - Togetterまとめ
*5:コーク兄弟についての参考サイト