道徳的動物日記

動物や倫理学やアメリカについて勉強したことのある人の日記です。

19世紀アメリカにおける子供の権利と動物の権利

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 前回に引き続き、動物愛護運動の歴史を書いた本に関する記事を紹介。

「政治的なケアと、子供と動物に対する配慮:歴史的視点」

 

(前略)

「感傷と野蛮:アメリカの歴史における動物と子供の境界を崩す」と題された講演の冒頭で、スーザン・ピアソン(Susan Pearson)教授は「子供は考える対象として良い」というは言った。この言葉は人類学者のクロード・レヴィ・ストロースの有名な格言である「動物は考える対象として良い(animals are good to think with)」をもじったものだ。人間以外の動物と同じように、子供の存在…子供の存在論的な地位、子供というカテゴリー…は人間という存在の概念の基盤を生産的に問題化することに使うことができる。人間という存在の(他の生物種に比べた)優位性や、(自然であり安定した実体物としての)自律は、過去20年間に渡ってポスト・ヒューマニズム学者たちの議論の対象とされてきた。ノースウェスタン大学の歴史家であるピアソンは、子供たちと動物たちは "存在(beings)"ではなく"存在になりつつあるもの(becomings)"であると見なされるべきだ、と論じる。子供と動物は絶えず流動的である生物学的な性質や文化構築的な性質を持っているために、精密的な歴史的分析を通じれば、人間性そのものが持っているとされる特別な地位の土台を崩すことができるのだ。

 ピアソン教授の講演の内容は、彼女の著書『身を守ることができない者たちの権利:金メッキ時代のアメリカにおける動物と子供の保護(Rights of the Defenseless:  Protecting Animals and Children in Gilded Age America)』に由来している。この素晴らしく刺激的な著作は、1874年のニューヨーク市にて里親による虐待からレスキューされて政府の庇護と責任の下に置かれた、メアリ・エレン・ウィルソンという名の一人の少女の物語から始まっている*1。メアリ・エレンをレスキューした人たちのアイデンティティこそが、この物語を重要にしている。地方の慈善団体は子供を家から引き離す権力を持っていなかったし、ニューヨークの警察も虐待と育児放棄の確たる証拠が無い限りは手を出せなかった。最終的に、メアリ・エレンを合法的に家から引き離して彼女に安全を与えることに成功したのは、アメリカ動物虐待防止協会(American Society for the Prevention of Cruelty to Animals, ASPCA)だったのである。「子供は一つの動物である」と、彼女のレスキューを支持する声明にてASPCAの会長は言った(訳注:会長の名前はヘンリー・バーグ, Henry Bergh)。「人間としての正義が子供には与えられないとしても、少なくとも街中にいる野良犬が持っている権利は子供にも与えられるべきだ」。

 子供に対する育児放棄や子供が受けた苦痛と動物に対する虐待とをASPCAが関連付けたことは、ピアソンの大胆な著作の基礎となっている。反-虐待団体が子供と動物の両方の虐待に対して警察権力を発揮し始めたのにつれて、19世紀後半のアメリカでは、他者の苦痛に対する同情と自分の身を守る力を持たない存在を政府が守るであろうという期待とが組み合わさったレトリックとイデオロギーが発展していった。ピアソンはそれを「感傷主義的リベラリズム(Sentimental liberalism)」と呼んでいる。ASPCAの事件簿から児童文学まで広範囲に渡る資料を調査したピアソンの研究は、金メッキ時代の中産階級の家庭では子供とペットに対する家族の愛とケアが文化的に同一視されていて生物種の境界が曖昧になっていたことを明らかにしている。この興味深いポスト-ヒューマニズムな時代の観察に加えて、「権利に対する意識(rights consciousness)」(他者に依存する存在も、保護に値するという考え)がそれまでは「個人的な問題」であると思われていた物事に対する近代国家の権力と介入範囲を増させたことも、ピアソンは取り上げている*2*3

 ピアソンの研究は、究極的には政治文化についての研究である。子供と動物に対して同等の道徳的責任を見出してケアを行う慣習を社会が発達させることは、どんな意味を持つのか?そのような同情や感傷は、弱くて他者に依存した存在を政府が保護することについての有効な根拠となるのか?現在のアメリカや世界全体の人間たちの間において増し続ける物質的な不平等に対して、前述したような心の習慣は批判に耐えられる答えとなるのか?講演が終わった後にも、これらの質問や他の質問に関する議論をピアソン教授の講演は聴衆たちに引き起こし続けたのであった。

 

 

 

The Rights of the Defenseless: Protecting Animals and Children in Gilded Age America

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davitrice.hatenadiary.jp

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*1:

メアリ・エレン・ウィルソン事件 - Wikipedia

*2:訳注:権利というものは他者に依存しない独立した存在が自発的に主張するものである、といった価値観が変わっていき、子供や動物などの他者に依存している存在の権利が認められるようになっていく様子が『身を守ることができない者たちの権利』では描かれている

*3:訳注:『身を守ることができない者たちの権利』は、国家の権力や介入範囲が増すことは悪いことである、とは論じていないのでそこには注意してほしい