道徳的動物日記

動物や倫理学やアメリカについて勉強したことのある人の日記です。

動物園にまつわる倫理的問題

 

動物倫理入門

動物倫理入門

 

 

davitrice.hatenadiary.jp

 

 

 某アニメの影響で動物園への関心が高まっているようだが、倫理学者のローリー・グルーエンの著書および記事を参考にしながら、動物園にまつわる倫理的問題について整理しておこう。

 

 動物園の基本的な問題点は、広い自然環境で生きるように進化した野生動物を狭い場所に閉じ込めることで動物に苦痛とストレスを与えている、という点にある。こう言うと「犬や猫をペットとして飼って家に閉じ込めることは問題なく行われているんだから、野生動物を動物園に閉じ込めることもそれと一緒じゃないか」という反応をされることがよくある*1。しかし、犬や猫は長い時間をかけて人間と共に暮らす環境に適応するように進化してきたのであり(家畜化と呼ばれる現象)、適切な条件さえ整っていれば十分に幸福に生きることができる*2。他方で、野生動物たちには動物園の生活に適応するための進化は起こっておらず、適切な飼育環境を整えることは非常に難しい。結果として、多くの動物園では動物たちは様々な苦痛やストレスに晒されながら生きることになる。

 

野生動物が飼育下で暮らすことには様々な困難が伴う。象、海生哺乳類、そして鳥類の多くは、飼育下ではうまくいかない。種特有のストレス、怪我、人から感染する病気、退屈さなどに苦しむ動物もいる。最近の研究でわかったように、野生動物は一般的に、嫌悪感を引き起こす光や音から逃れることができる。望ましくない気候条件から避難したり、体を冷やすために地面に穴を掘るし、最も適切な環境変数に合わせて日々の活動の時間を調整することができる。しかし、飼育動物にはそのような贅沢はない。飼育動物は一般的に、自分が曝されている光、音、臭い、気温などの頃合いや持続時間、性質をまったく、あるいはほとんど思い通りにできない。多くの場合、思い通りにできないのは飼育下に置かれていることの直接的な結果である。

(p.145, 『動物倫理入門』)

 

 もちろん、野生環境に比べて動物園には捕食者がいなくて安全であったり、少なくとも餌だけは保証されているので飢えに苦しむことはなかったりするという利点はあるだろう。だが、それとこれとは別問題だ。

 

 また、繁殖が難しい動物の場合には野生で暮らしている個体を捕えてきて動物園に移すことがある訳だが、特にイルカやゾウのように知能が高く社会性の高い動物たちにとっては、群れから引き離される個体にとっても残された群れの動物たちにとっても危害や苦痛を生じさせることになる*3。他方で、繁殖し過ぎた動物の間引きが行われていることにも留意すべきだろう*4

 

 もちろん、動物園はなにもいたずらに動物に苦痛を与えるために存在している訳ではなく、絶滅危惧種の動物の保護・動物の行動の研究・来園者にとっての娯楽や教育の機会など、さまざまな存在理由がある。しかし、来園者にとっての娯楽が動物に危害を与えることを正当化するのはかなり難しいし、程度問題ではあるが研究や教育という点についても同様だ。学問の発展に貢献するからといって人間を監禁して研究の対象にすることは言うまでもなく認められないのだから、倫理的には、人間を監禁して研究の対象にすることと動物を監禁して研究の対象にすることとの間の本質的な違いが示されるべきである。そうでなけば、種差別であるとして批判されるべきだ。…絶滅危惧種の動物の保護という点については少し問題が複雑になるが、「種」という集合を保護するために個体としての動物にストレスや危害を与えることは正当化されるかどうか、ということが問題になるだろう。参照される理論にもよるが、環境倫理や動物倫理においては生物種を保護することは必ずしも絶対的な善とされている訳ではないのだ*5

 近年では動物福祉の概念が普及したこともあり、飼育環境や展示方法などを改善して飼育されている動物たちができるだけ苦痛を受けずに幸福に暮らせる方法が模索されていることは確かである。畜産や動物実験に比べて一般的な人の目に触れやすい制度であり、公的な側面も強いということもあって、動物園では他の制度以上に動物福祉向上への取り組みが熱心に行われているであろうことは推察される。ただし、やっぱりそもそも動物園という制度は必要なのか、という根本的な疑問は残り続けるだろう。

 

 以下は、前述のグルーエンの記事からの引用である*6

 

…そもそも、人間の子供一人の命と絶滅危惧種の動物一体の命との間で選択を下さなければならない、という状況が起こってしまうこと自体が問題なのだ。野生動物を監禁状態に置くことそのものが問題をはらんでいる。私たちが動物園に動物たちを閉じ込めているからこそ、今回のような悲劇的な選択が行われたのだ。

 ヨーロッパの動物園で定期的に行われている "間引き"の慣習に比べると、アメリカの動物園における動物の殺害数は少ない。とはいえ、動物園が死を引き起こす場所であることには変わらない。ハランべの生命は意図的・直接的に終わらせられたが、動物園に居る動物たちの多くは、監禁されていることそのものによって寿命を短くさせられている。シーワールドのクジラたちがその実例を示している。ゾウも、動物園では若いうちに死んでしまう。では、なぜ動物園は存在しているのだろうか?

 

 

 なお、倫理学者のデール・ジェーミソンも動物園に反対する主張を行っていることで有名である。彼の動物園反対論へのリンクも貼っておこう(英語記事になるが)。

 

www.animal-rights-library.com

 

*1:このニュースの反応や、それを取り上げたまとめサイトに書かれているコメントなどが典型的なものだろう

www.j-cast.com

*2:このことはペット飼育そのものは倫理的に全く問題ない、ということを意味しない。個人レベルで行われているペット飼育にも、社会に存在するペットビジネスや犬猫の家畜化の歴史にも、様々な問題点が存在している。ただ、動物園と同列に論じることはできない、ということだ。

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*3:「イルカは知能が高いために受ける苦痛も大きくなるので、特別な道徳的配慮の対象となる」という主張は特に日本では反発が大きい訳だが、イルカの知能と苦痛の関係についてはこちらの記事を参照してほしい。

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*4:

natgeo.nikkeibp.co.jp

*5:

davitrice.hatenadiary.jp

*6:この記事は米国のシンシナティ動物園で起こった事件について書かれた記事。

www.bbc.com