ヒトラーはベジタリアンであったと言われるし、ナチス政権下でのドイツは当時としては先進的な動物保護法を制定したらしい。これを理由にして「動物愛護はナチスだ」「ヒトラーのような人間がベジタリアンだったのだから菜食主義は正しくない」みたいなことを言う人がたまにいる。
Was Hitler a Vegetarian? The Paradox of the Nazi Animal Protection Movement | Psychology Today
The Vegan Body Project: Hitler and Vegetarianism
上記の二つの記事では、人間が動物に抱く心理について研究する心理学者ハロルド・ハーツォグと人文学者でありベジタリアンであるローラ・ライトがそれぞれに「ヒトラーはベジタリアンだったか?」ということについて書いている。大学にて二人が共同で授業していた時に、この話題が持ち上がって論争になったらしい。
ハーツォグは「ヒトラーは動物愛好家であったし、ベジタリアンであった」としている。ヒトラーは時にソーセージ等の肉を食べることがあったからヒトラーは「真のベジタリアン」ではない、という主張もあるが、それを言うなら現在のアメリカのベジタリアンの70%以上も時には肉を食べるのだ、と書いている。*1
ライトは「ヒトラーが菜食主義を実践しようとしていたのは、動物に対する配慮ではなく、過敏性腸症候群の治療のために主治医に指示されたからだ。ヒトラーは好物のレバーやハト肉を食べ続けていた。また、ヨーゼフ・ゲッペルスは禁欲主義者としてのヒトラー像を大衆にプロパガンダしていて、ヒトラーは喫煙しない・酒を飲まない・肉を食べない・女に手を出さないと宣伝されていたが、実際には喫煙しないという点しか正しくなかった」などと主張している。
二人の主張を見ると、ヒトラーがベジタリアンであったかどうかはベジタリアンの定義次第であるように思える。ヒトラーは緩い意味でのベジタリアンではあったが、例えば現代の倫理的ビーガニズム(自身の健康ではなく、動物や環境への配慮を理由にして、卵や牛乳を含めた一切の畜産品と魚介類を食べない主義)の定義からは外れるだろう。
ヒトラーがベジタリアンであったか否かにかかわらず、ヒトラー自身が動物愛好家でありナチス政権下のドイツでは動物保護運動が盛んだった、とハーツォグは強調している。しかし、だから「動物愛護はナチスだ」と言っているわけではない。
第二に、ナチスの動物保護は、本来なら悪人である人たちでも動物に対して良いことをする、という一例を示している。このようなパターンの行動は稀であると私は思う。しかし、その逆…本来なら善人である人たちが動物をひどく取り扱うことは、ありふれている。例えば、アメリカでは年に1億5000万匹以上もの動物がレジャー目的のハンターによって傷つけられたり殺されたりしている。同様に、幼年期の動物虐待の大半は、後には正常な大人に育つ子供によって行われている(学校での銃乱射犯やシリアル・キラーの大半は子供時代には動物虐待をしていた、という考えは普及しているが、迷信である)。さらに、アメリカでは年に100億の動物が屠殺されている。哲学者のトム・リーガンが「フォークの専政」と呼ぶ事態である。
関連するので付け加えると、チャールズ・パターソンの『永遠の絶滅収容所ー動物虐待とホロコースト』では、工場畜産に象徴されるような動物の管理と搾取・大量生産工場の原型となった屠畜場に見られるような合理主義や科学主義・生命の間に優劣を付ける世界観などがナチスによるホロコーストをもたらした、と論じられている。パターソンからすれば「動物虐待はナチス」だろう。
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私としては「動物愛護はナチス」的な主張にも「動物虐待はナチス」的な主張にも、どちらにも魅力を感じない。
こういう話題については、山形浩生氏が『ナチスのキッチン』の書評で書いた、以下の文章が的を得ていると思う。
藤原『ナチスのキッチン』:せっかくの調査が強引なイデオロギーはめこみで台無し。 - 山形浩生の「経済のトリセツ」
その一方で、ナチスはとても便利な存在だ。あの異様な絶滅収容所の迫力はだれも文句が言えないし、何か文句なしの悪者が欲しければ、ナチスやヒトラーを持ち出せばいい。そしてナチスは、公共事業もやったし軍の装備近代化もしたしメディアも利用したし健康配慮もしたし禁煙もしたしエコロジーもしたしオカルトもやったし制服にも凝ったしロケットもジェット機もやったしアウトバーンも作ったしVWビートルも作ったし産業政策もしたし、まあいろんなことをやっている。だから、どんなことでもやろうと思えばたいがいナチスにつなげて罵倒できてしまう。
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