道徳的動物日記

『21世紀の道徳』発売中です。amzn.asia/d/1QVJJSj

「マルクーゼはいかにして今日の学生たちを親世代よりも不寛容にさせたか」 by エイプリル・ケリー・ウォスナー

quillette.com

 今回紹介するのは、昨年にHeterodox Academyに掲載された(その後Quilletteに移動した)、エイプリル・ケリー・ウォスナー(April Kelly-Woessner)という人の記事。ウォスナーは政治科学者で、高等教育と政治の関係について論文を書いているようだ*1

 

 

「マルクーゼはいかにして今日の学生たちを親世代よりも不寛容にさせたか」 by エイプリル・ケリー・ウォスナー

 

 マッカーシズムの時代に政治的寛容についての本を書いたサミュエル・ストウファーは、アメリカ人たちとは概して不寛容な集団である、という結論を書いた*2。しかし、若い人々は彼らの両親たちの世代よりも寛容であるという調査結果もあったので、世代が交代することと教育の量が増加することにより時が経るにつれてアメリカ人たちは寛容になり続けるであろう、ともストウファーは結論付けた。だが、ストウファーは新左翼の登場は予期していなかった。私は、新左翼表現の自由に関する私たちの考えを改変させてアメリカの若い世代における政治的寛容を著しく低下させた、と論じている。スタンリー・ロットマンとの最新の著書『The End of the Expriment』の中で1章を割いて主張した議論だ*3。以下では私の研究結果の概要を述べよう。

 まず、若者たちは彼らの親世代よりも政治的な寛容さが減少しているが、この事態は社会科学者たちが60年以上に渡って観察してきた傾向とは逆行している、ということを論じよう。政治的寛容の一般的な定義とは、人気のない集団(unpopular groups)にも市民的自由や基本的な民主的権利を与えることについて快く思えることである。つまり、ある人が寛容であるためには、彼にとっての政治的な敵対者が民主主義のプロセスに充分に参加する権利を承認しなければならない。一般的には、人気のない集団や自分が嫌っている集団に関して、その集団の人たちが政治的権利を行使すること・公的に発言すること・大学で教えること・公共図書館に彼らの本を置くこと等を認められるかどうかを質問することで、人々の政治的な寛容さを計測することができる。

 実のところ、アメリカ人たちの寛容さは増していない。むしろ、過去に嫌っていた集団から新しい集団へと嫌う対象が移行したのだ。例えば、一般社会調査(General Social Surver, 以下では GSS)によると現代で最も好かれていない集団とは「アメリカ合州国に対する憎悪を説くイスラム教聖職者たち」であり、2番目に好かれていない集団は「黒人は遺伝的に劣っている、と信じている人たち」である。特に重要なのは、これらの集団に対する寛容度は40代の人々に比べて20代や30代の人々の方が実際に低い、ということだ。2012年のGSSによると、反アメリカ的な憎悪を説くイスラム教聖職者に最も寛容なのは40代の人々であり、そのような集団がコミュニティにおいて公の場で意見を述べることは認められるべきではないと答えた人の割合は43%だった。30代の人々では、上述した集団の発言を禁じることを認める人の割合は52パーセントであり、20代になるとその割合は60%にまで跳ね上がる。また、軍国主義者・共産主義者・人種差別主義者に対しても、若者たちは中年と比べて不寛容であった。この傾向は同性愛者や無神論者に対する寛容には当てはまらないが、それは若者たちはこれらの集団を好んでいるからである(政治的寛容とは誰かを好きであるかどうかの指標ではないが、嫌いな人々に対して政治的自由を認めるかどうかの指標ではある)。

 第二に、若者たちの不寛容は昔の人々の不寛容とは違った要素が理由でもたらされていると論じよう。その要素とは新左翼イデオロギーである。「新左翼の父」と呼ばれているヘルベルト・マルクーゼは、進歩的な社会目標に反対する人の政治的な表現を否定する哲学を生み出した。1965年の評論「抑圧的寛容(Repressive Tolerance)」の中で、マルクーゼは以下のように書いている*4

「恐怖や苦悩のない世界を達成するための機会を妨害するか、そうでなければ破壊するようなものであるために寛容に扱われるべきでない政策・状況・行動様式までもが、寛容に扱われている。この種類の寛容は、真正なリベラルが抗議している対象であるマジョリティによる暴政を強化するのだ ... 開放的寛容(Liberating Torelance)とは、右派の運動に対する不寛容と左派の運動に対する寛容を意味することになるであろう。」

 

「開放的寛容」という考えの下では、左派が不寛容であると見なしている考えは抑圧されることになる。「不寛容への不寛容」というジョージ・オーウェル的な議論であるのだが、近年では人々はこの考えに引き付けられているようであり、言論の自由や学問の自由、そして民主主義の基本的な規範への私たちのコミットメントを改変している。40歳以下の人に限定して見てみると、不寛容は「社会正義」への志向と相関しているのだ。つまり、政府は貧しい人や黒人が成功できるように援助する責任があると考えている人たちは不寛容である、ということを私は発見したのだ。重要なのは、黒人以外の集団に対する寛容を見た時にもこの傾向が存在している、ということだ。40代以上の人々に関しては、社会正義に関する態度と寛容さの間には相関は無い。この差異は古典的リベラリズムから新左翼へと価値観が移行したことを反映している、と私は論じている。年長の世代にとっては、社会正義を支持することは言論の自由を否定することを要請しない。つまり、左派的な社会観と政治的寛容との間の緊張関係は最近に登場したものであるのだ。

 第三に、不寛容そのものが社会的な善として分類し直されている、ということを論じよう。60年間に渡って、ほとんど全ての社会科学者は不寛容をネガティブな社会病理の一つとして扱っていた。しかし、現代では自由は安全のためではなく平等のために抑圧されているのであり、左派は不寛容がもたらす有害な効果を以前よりも気にしなくなっているようである。実のところ、左派は不寛容という概念そのものを書き換えてしまった。例えば、政治科学者のアリソン・ハレルは「多文化的寛容」という単語を使っているが、ハレルによると、「多文化的寛容」の定義とは「不愉快に思われるような集団の言論の自由を支持すること」には意欲的であっても「憎悪を促進する集団」の言論の自由を支持することには意欲的でないことである*5。言い換えるなら、自分の不寛容は他者を憎悪から守るためであると言いさえすれば、個人が政治的な敵対者の権利を制限することを多文化的寛容は認めるのだ。これこそがマルクーゼが「開放的寛容」という言葉で意味しているものである。実際に「不寛容への不寛容」という考えは多くの大学で定着してしまっている。言論コード、礼節コード、そしてハラスメントや差別に関する広範囲で大ざっぱな指針などが具体例だ。学生たちは頻繁に抗議運動を行い、憎悪を促進する人間であると学生たちに見なされた人が大学で発言することを禁止している。

 そのような事態は文明的に見えるような場所を作る効果があるかもしれないが、否定的な結果も生じている。実のところ、すべての集団への寛容には正の相関がある。右翼集団の表現に左翼が反対している、という単純な状況ではない。むしろ、ある一つの集団に対して不寛容な人は別の集団に対しても不寛容である傾向があるし、政治的なコミュニケーション一般に対しても不寛容な傾向があるのだ。

 これらの事態は、高等教育における「思想の自由市場」にはどのような影響を与えるだろうか?一方では、私と共著者は「普及した教化(widespread indoctrination,  訳注:学校教育を通じて特定の価値観やイデオロギーを教え込まれること)」と呼ばれるものが存在する証拠はほとんど発見できなかった*6。むしろ、4年間大学に通った学生たちが卒業する時に抱いている政治的価値観や政治的態度は、彼らが入学した時のものと非常に似通っているのだ。しかし、政治が問題ではないとは言えない。自分とは反対の観点の意見を聞くことや寛容を行使することへの意欲をある人がどれだけ持っているかは、その人が反態度的(counter-attidunal)なメッセージにどれだけ触れてきたかによって予測することができる*7。言い換えると、私たち自身の観点に反対する観点からの意見を聞くことは私たちをより寛容にさせるのだ。とすれば、高等教育においてイデオロギーの多様性が欠けていることは、不寛容を増加させることになる…特に左派の学生たちの間で。この問題は、2015年のアイオワ州の州都デモインで行ったスピーチでオバマ大統領が力強く論じたことだ*8

 政治的な考えの全ての基準を代表させることに大学が失敗しているのなら、自分たちとは同様でない人々に対する寛容を学生たちが学ぶ可能性は少なくなる。この事態と、新左翼の「開放的寛容」の伝統が合わさることにより、物事の審理(inquiry)や議論よりも怒りや権威(orthodoxy)の方が価値を持ってしまう環境が作り出されたのだ。