- 作者: Peter Singer
- 出版社/メーカー: Cambridge University Press
- 発売日: 2011/02/21
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第四章 殺すことのどこが不正なのか What's Wrong With KIlling?
・アンドリュー坊やについての情報が更新(72)
・「Self conscious とSelf Awareは同じ意味とする」(75)
・「The Value of a Persons Life」の見出し が「Killing a Person」に変更(76) この章では2版に比べて価値という言葉の使い方に慎重になっている
・「人間の人生にとって、未来についての欲求は大切なものだ」と強調される(76ー77) 第五章で紹介される、VarnerやScrutonの「人間は言語を用いることで未来について数年単位や人生レベルでの計画を立てられるのであり、これは人間の生を動物のものとは大きく異なるものにする」という指摘に配慮したと思われる
・Classical Utilitarianism→Classical or Hedonistic Utilitarianismと表記変更(77)
・「私がパーソンなら、私は自分についての概念を持っている」という文章が削除(77)
・選好功利主義についての説明が変わる。「序章も参照せよ」という文章が追加(80)
・Conscious Being が Merely Conscious Beingに(85)
・「Value of Life」を考えるのではなく、殺すことの不正さを考える、という書き方になっている(85)
・Merely Conscious Beingにとっての快楽と価値、ということについての文章が伸びている。
「快楽そのものが価値である」と認めることは「誰からの選好とも独立した価値が存在する」と認めることになる。(86)
・ベンサムによる客観的価値についての議論が追加(87)
・存在先行説の検討で「惨めな生を過ごすとわかっている子どもを産むことは〜」の例が変更(89)
・「奇妙な結論のいくつかが明らかになるだろう」→「二つの選択の重要さが明らかになるだろう」(90)
第5章 生命を奪う ー 動物 Taking Life Animals
・「動物に自己意識はあるか?」という問いに続く文章がやや変化(95〜97)
・霊長類の手話についての情報が更新(95)
・ハンプシャーに対する反論がやや変化(96)
・『反動物解放』を書いたマイケル・リーイの名前が消える(96)
・「動物は計画を立てられるか?」ということについてのパラグラフが追加(98)
・グードルの文章の後に、ブタの知能や、鳥が計画を立てられることなどについてのパラグラフが3つ追加(100)
・チンパンジーを殺すことが悪い、という文章で比較として持ち出されるパーソンではない知的障碍者について、「他の条件が等しいなら」という文章の後に括弧で「実際には他の条件が等しい、ということは滅多に無い(障碍者の親への影響など)」という文章が追加(101)
・「現在のところ、チンパンジーを殺すことは重大な問題があるとは見られていない」というパラグラフが削除(101) 特に2000年代から、欧米の一部では大型霊長類の法的権利が認められるようになっている
・「霊長類以外にも自己意識を持つ動物がいるかもしれない」ということについての文章が追加(102)
鏡像認識テストを取り上げながら、視覚よりも嗅覚で世界を把握する犬のように、テストに合格しない動物であっても別の形で自己認識をしている可能性がある、という文章が追加(102)
ニワトリの知能についての文章が伸びる(102)
・魚とタコの知能を論じ、彼らもパーソンである可能性がある、ということについてのパラグラフが追加(102〜103)
・Gary Varnerの著書Personhood,Ethics, and Animal Cognition:Situating Animals in Hare's Two Level Utilitarianism(2012年)が取り上げられる。
シンガー(やトゥーリー)が使っている「パーソン」の定義はあまりに広過ぎであり「自伝的な生」を持つ存在でないと「パーソン」とは言えない、という主張。
洗練された言語能力を持たない人間と動物は「自伝的な生」を持たないから、多少の自己意識があったとしてもパーソンではなく「Near-Person」と見なすべきだ、という主張(103)
Person, Near-Person, Merely Conscious Beingの3段階に区別すべきだ、というのがヴァーナーの主張。なお、シンガーが読んだのはPersonhood,Ethics, and Animal Cognitionの草稿であり、タイトルはPersonhood and Animals in the Two-Level Utilitarianism of R.M.Hare となっている。
・ロジャー・スクルートンによる「人間の死は、年単位や人生レベルでの計画が奪われてしまうことであり、動物の死よりも思い」という批判が追加(104)
・ヴァーナーやスクルートンの批判を受けて、パーソンが1か0かのカテゴリで収まるものではなく、Person, Near-Person, Merely Conscious Beingと連続的な段階のあるものだ、と認める(104)
・動物を殺すことについて、「存在先行ー総量」功利主義の区別だけでなく、「欲求充足ー選好」功利主義でも区別して考えなくてはならない。まず、「存在先行ー総量」の区別をわかりやすくするために、「欲求充足」功利主義で考えてみる、という文章が追加(105)
・総量説に関わるもので「ベーコンが無ければ豚は存在しない(食べる人間がいなければそもそもブタは生まれてこない)」という趣旨の議論について、『雑食動物のジレンマ』(2007年)の作者マイケル・ポーランによるものが追加(106)
・置き換え可能性の議論について「総量功利主義者なら受け入れざるをえない」が「欲求説の総量功利主義者なら受け入れざるをえない」に変更(106)
・「ポーランのように現代で置き換え可能性の議論を主張する者も、工場畜産は(曖昧に)否定している」(106)
・置き換え可能性の議論に対する反論に3つめが追加。「食べられるためだけに存在するブタを生み育てることが善いことなら、臓器提供をするためだけに存在するクローンを生み育てることも、善いことになってしまう」(107)
・1版では「私は、何か生き物を存在させることで、その生き物に恩恵を施しているかのように語るのは馬鹿げたことと考えていた」と思っていたが、2版では「現在は、この点について、以前ほどの確信が私には持てない」となり、3版では「私はこの点について意見を変えた」と明言することになった(108)
・パーフィットの例に続く文章が変更(109)
・パーフィットによる、未来世代の人類への責任に関する議論(非同一性問題)についての文章が追加(110)
・「存在しない人(の利益や危害)についても考えなければならない場合がある」という主張が追加(111)
・ジェームズ・レイチェルズの名前が削除。以前の版では「伝記的な生」についての説明でレイチェルズが参照されていたが、ヴァーナーに置き換わった。
・「自己意識を持たない動物」について、以前は<魚には自己意識が無い>と前提されて、置き換え可能性について魚を使って説明されていたが、「自己意識を持つ動物と持たない動物を見分けるのは困難である」と認めた上で、抽象的な「自己意識を持たない存在」を使って置き換え可能性が説明されている。(112)
・ハートに反論する文章で持ち出される例が微妙に変更(113)
以降、114ページから119ページで示される議論はPractical Ethicsの第三版でも理論的な最大の変更点である。ここにはとてもまとめきれない。
・「道徳の台帳」モデルで非同一性問題についても論じる(114)
・以前の版では「人生の旅」というモデルが存在したが、3版では「人生の旅」モデルは丸々削除されている。
・マルクスによる「ベンサムの功利主義は小売人の〜」という皮肉が削除(114)
・道徳の台帳モデルに関連して、「存在することが必ずしも善いことは限らない」「存在すること自体が苦痛である、という主張もある」という文脈で、ショーペンハウエルや仏陀の後にDavid BenetarのBetter Neve to Have Been: The Harm of Coming into Existence (2006年) が取り上げられる(114〜115)
・パーフィットの非同一性問題で出てくる「Business as Usual」「Sustainability」に、シンガー独自の「Party & Go」「People Universe」「Non-People Universe」「Happy Sheep Universe」「Nonsentient Universe」「Hellish Universe」などの可能世界の例が追加される。
・いろいろと検討した末に「選好から独立した価値は存在するだろう」と認めることに(117)
選好から独立した価値の例は客観的なPainとPleasureだが、他にも価値が存在するかもしれない。
しかし、このように選好から独立した価値を主張しても、違う意見を持っていて「それを価値だとは思わない」と主張する人を説得するのは難しい(117)
人が存在した方がいい、という感覚も、進化に由来する心理であって道徳的な根拠の無いものかもしれない(117)
・可能世界はともかく、我々が生きる現実の世界では苦しみが多いであろうから、「存在しない方が善い」という主張も否定し切れない、と認める(118)
・ここでされている議論について、満足に答えられる哲学者はまだ登場していない(118)
・二つ以上の価値を認めることは、価値を一元化することで、ジレンマにおける選択をトレードオフで考えることで決定できる、という功利主義の強みを失わせることでもある(119)
・動物を殺すことが認められる事態の例について、パラグラフを追加して説明される(121)
・「狩猟は目的の正当性や与える苦痛の時間の短さという点から、畜産よりも擁護できる場合が多いが、野生動物の頭数管理は不妊手術や去勢手術で行うことの方が望ましい。野生動物の不妊・去勢の技術が発達していないことは、野生動物を殺すことが道徳的に問題であると見なされていないことに由来するだろう」という文章が追加(121)
・スティーブン・デイビスやポーランによる、野菜は生産過程で殺される動物の量は、牧場で肉牛を育てる過程で殺される動物の量よりも多い、という議論とそれに対する反論が追加。デイビスの統計は牧草のために使われる土地の面積を考慮しておらず、実際にはビーガンの食事の生産過程で殺される動物は肉食の人の食事の生産過程で殺される動物の五分の一である、という反論(122)
・再びヴァーナーやスクルートンの指摘を取り上げて、人間が生きることについて持つ利益は、動物が生きることについて持つ利益よりも重要であると認める。「避けられない利益の衝突の際に人間を優先することは、種差別ではない」(122)
※ On The Human Taking Life: Animals by Peter Singer
http://onthehuman.org/2011/02/taking-life-animals/
今回扱った、Practical Ethics第3版・第5章の一部が抜粋されて収録されている(文章の変更が少しある)。
置き換え可能性についての議論、シンガーの提案する「道徳の台帳」モデルの詳細や可能世界の例などが掲載されている。また、コメント欄では、様々な哲学者によるシンガーの議論へのコメント、それに対するシンガーからのレスポンスが掲載されている。
Better Never to Have Been: The Harm of Coming into Existence
- 作者: David Benatar
- 出版社/メーカー: Oxford University Press, USA
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Personhood, Ethics, and Animal Cognition: Situating Animals in Hare's Two-Level Utilitarianism
- 作者: Gary E. Varner
- 出版社/メーカー: Oxford Univ Pr (Txt)
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