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ひとこと感想:『日本人のためのイスラエル入門』

 

日本人のためのイスラエル入門 (ちくま新書)

日本人のためのイスラエル入門 (ちくま新書)

  • 作者:洋, 大隅
  • 発売日: 2020/03/06
  • メディア: 新書
 

 

 著者はアカデミックな人物ではなく、外務省に入って在イスラエル日本大使館公使を数年間務めた経験のある外交官。というわけでこの本の内容もアカデミックなものではない。イザヤ・ベンダサン山本七平)の本が引用されていたり、俗っぽくてステレオタイプ的な「ユダヤ人論」や「日本人論」が多かったりするのは気になるところだ。

 しかし、「入門」というタイトルは伊達ではなく、近年のイスラエルの政治・経済・社会の状況がまんべんなくまとめられている。イスラエルといえば建国の歴史的経緯とパレスチナや中東諸国との紛争ばかりが取り上げられがちだが、いろんな本やニュースで散々聞かされているその話題は最小限に抑えている。その代わりに、「一般的なイスラエル人の国民性はどのようなものであるか」という話題に紙幅を割いたり、「徴兵の経験がイスラエル人のキャリアやコミュニティに及ぼす影響」について記したりなどと、しばらく現地に住んで社会生活を送っていた人ならではの地に足の着いた話題が論じられているところが特徴だ。「スタートアップ・ネーション」としての、近年のイスラエルの経済面での特異性や強みについて論じている箇所も参考になった。

 徴兵制度の存在や経済合理性ありきの理系に偏重した教育がなされているところなどは、韓国やシンガポールを思い出す。小国が経済的に発展して世界で存在感を放つためにはそうならざるを得ないものかもしれない。そして、ユダヤ教超正統派の存在もあって少子化に悩まされない点は、他の先進国にはないイスラエル独自の強みと言えそうだ(とはいえ、徴兵を拒否する権限も持つ超正統派が人口に占める割合が増えることはイスラエルに社会分断をもたらすリスク要因でもある、ということもこの本では指摘されているのだが)。

 しかしまあ上述した通り内容にはアカデミズムのかけらもなく、著者の駐在体験に基づいた個人的な感想や独断としか思えないものも多くて、その内容がどこまで信頼できるかどうかはわからない。「イスラエルが平和になって徴兵制がなくなったらイスラエル人という共同意識がなくなって国家がバラバラになってしまう」みたいなことを論じている箇所も(p.127)、よその国のことだからって好き勝手なこと言うな、と呆れてしまった。終盤で日本の多神教の伝統がどうこうと言い出して比較文明論を述べはじめるところも失笑ものだ。……しかし、たとえば外交官としてどこかの国に数年間駐在して仕事をするうえで、その対象の国や自分の出身国についてのアカデミックな意味で"正確"な知識は必ずしも必要とはされない、むしろ生活や仕事や社交のためにチューニングされた多少雑で大雑把な知識の方が有用である、ということなのであろう。