道徳的動物日記

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読書メモ:『移民をどう考えるか:グローバルに学ぶ入門書』

 

 

 一昨日の『福祉国家』、そして昨日の『ポピュリズム』に並んで、オックスフォードのVery Short Introduction シリーズの邦訳書を紹介するシリーズ第三弾。今回は『移民』だ。……とはいえ、前著二つが「人文学」的というか「思想」的であって読み応えや紹介のし甲斐があったのに比べて、『移民をどう考えるか:グローバルに学ぶ入門書』はかなり社会科学的というか、事実が淡々と並べられているという趣の強い本なので(それ自体が悪いというわけではない)、今回の紹介記事も淡々と短くなります。

 

 本書のなかでももっとも意外でタメになったのは下記の箇所。

 

オックスフォード大学の社会学者であるアンソニー・ヒース教授は、この問題に関する幅広い国際的な比較分析をさまざまな研究者たちとともに実施し、「エスニック・ペナルティ」と呼ばれるものの程度と原因について明らかにしている。

[…中略…]この調査の結果によって、それ以前に行われた調査の結果がおおむね確認された。すべての調査対象国において、ヨーロッパ系移民第二世代は基本的にエスニック・ペナルティを経験していなかった。これは言い換えれば、彼らの就業率は、現地生まれの人々と同等か、それ以上のものだったということだ。しかし、すべての国で、非ヨーロッパ系移民はエスニック・ペナルティをこうむっており、この傾向は、オーストリア、ベルギー、フランス、ドイツ、オランダでとくに強く見られた。調査対象国間の差を生んでいる一つの要因に、それぞれの国の失業率があり、エスニック・ペナルティは失業率が最も高い国で最も顕著だったようだ。

このような研究では、変数があまりに多いため、結果を完全に信頼できる形で説明することは難しいものの、注目すべき要因として、差別、一部の調査対象国に広がるレイシズム労働市場の柔軟性、また各人の持っている情報や社会関係、意欲、社会的アイデンティティといった人的資本に関連した要因があった。調査の全体的な結論の一つとしては、アメリカのアフリカ系アメリカ人北アイルランドカトリック教徒の経験によって裏付けられるように、容易には克服できない過去の負の遺産があるということである(後者の例では、プロテスタントの側が移民であるが)。

このような研究結果が示す特徴的な傾向の一つは、第二世代がエスニック・ペナルティを経験する場合、統合政策の原則は関係ないということだ。そのため、非ヨーロッパ系の移民第二世代は、多文化主義のイギリスと同様に、同化主義のフランスでも基本的に不利をこうむっているのである。また、いずれの統合モデルについても、必ずしもあまりうまくいっていないという考え方を支持する意見が強まっている。そういう中で、とくに言語習得や訓練・教育、労働市場および経済的な編入、医療などの重要な社会サービス、市民生活と政治的営みへの参画といったより具体的な問題に焦点を当てることによって、統合を達成することができるという議論がある。実際、アメリカでは、連邦政府が不干渉主義的なアプローチを取ったため、他の大部分の国よりも統合がうまくいっており、移民コミュニティにおいて自尊心とリーダーシップが発揮されているという指摘がある。

 

(p.115 - 116)

 

 ここでわたしが意外だと思ったのは、非ヨーロッパ系移民はエスニック・ペナルティを被っているというところではなく(残念ながらそれは予想がつくことである)、「統合政策の原則は関係ない」というところ。移民の問題といえば、政治哲学的(人文学的)には「同化政策多文化主義か」というところがいちばん重大だとついつい思ってしまいがちだが、それよりも個別具体的な問題に関する政策のほうが重要だというプラグマティックな考え方も意識できるようにしておきたい*1

 

 また、「日本はもっと移民を受け入れる必要がある」と主張する人の多くは、わたしも含めて、少子高齢化の問題を念頭に置いているだろう。しかし、本書の「人口減少を緩和する」という節によると、移民が人口減少を緩和できるかどうかは意見が分かれるところであるそうだ。たとえば、移民自体も高齢化していくことや、出生率の高い国からやってきた移民も移住先の国に適応して出生率を低下させることが多い、という点が指摘されており、移民は人口減少に対する「特効薬」ではない、と釘を刺されている(とはいえ、人口減少に関する他の対策と組み合わせることを前提にすれば、やはり有効な手段でもあるようだが)。

 

 経済に関していうと、以下のようなことが指摘されている。

 

…先進国での広範な比較研究の結果、移民が現地の雇用に及ぼす影響は、最悪でも中立的なものであり、最善の場合、経済成長と雇用の増大を促し、プラスの効果となることが明らかになっている…

(p.109)

 

…最後にある観察結果に言及しておきたい。それは、ここで示したような研究結果と、世論や政治的な意見の間には、しばしば開きがあるということだ。調査の結果、移民が経済成長に貢献し、雇用をめぐって競争することなく、現地生まれの人々の賃金の低下も招かず、費用と便益の点においても良い数値を示しているという結論が明らかな場合でも、実際にそのように見られているとは限らないということだ。アメリカとヨーロッパでは、たとえ直接的な関係が立証されてはいない場合でも、移民に対するネガティブな世論と高い失業率の間の相関性が一貫して確認されているのだ。同様に、たとえば、マレーシアや南アフリカでも、移民が失業の原因とされることが普通だ。

(p.113)

 

 要するに、経済学的な事実に相反していようが「移民は経済(雇用、労働環境)にとって悪影響である」と見てしまう人が多々いるということだ(そしてその見方が投票や政策などにも影響して、現地人にとっても移民にとっても非効率で不幸な結果がもたらされたりするのだろう)。「よそもの」をわかりやすい敵や自分たちの問題の原因だとみなす、ありがちな心理学の問題に着地するところだろう。

 

 また、本書では「移民は現地生まれの人々と比べて活動的で、リスクを取ることをいとわない気質を持っている」(p.110)という点がたびたび触れられている。これは(賃金労働に就くのに障壁があるのと合わせて)移民が企業家や商店主になりやすい理由であるが、もしかしたら、非活動的でリスクを取らない現地人が移民に対して反感を抱きやすくなるという事象をもたらしてもいるかもしれない。あんまりこういうことは言いたくないが、SNSについても身近な人々についても、移民反対を声高に主張している人って怠惰であったりビビりであったりする人が多いように思えるし。……と言いつつ、わたし自身もかなり非活動的でリスク回避型の人間であるので、移民一世である両親やその友人知人たちと価値観が合わないのはこういうところにも由来しているかもしれないとも思った(フィクション作品などにおいても、移民を扱った作品には親(移民一世)が外向的で子(移民二世)が内向的、という組み合わせは多いように思える)。

 

「不法移民」と「非正規移民」という単語に関しては、以下のように注釈されている。

 

本書では、「非合法の(illegal)」という、より一般的に使われる言葉を意図的に避けて、「非正規(irregular)」移民という言葉を用いることにする。「非合法」という言葉に対する最も強い批判は、人々を「非合法」な存在と定義することはその人間性を否定することになるというものだ。人に対して非合法な存在だとは言えないのだ。移民はその法的な地位が何であろうと、人間であり、権利を持っているということは、忘れられがちだ。また、「非合法」という言葉は犯罪性を含意しているという批判もある。もっとも、大部分の非正規移民は犯罪者ではないが、ほとんどの非正規移民が明らかに行政上の規則や規制に違反しているのも事実ではある。

 

(p.64)

 

 非正規移民に関しては、問題が誇張されがちではあるが、問題を放置すると現地人の排外感情を強くして正規移民の受け入れにまで影響を生じさせてしまうから実際に起こっている問題についてはきちんと対処すべきである、といったことが論じられてる。また、「非正規移民はとくに感情的になりやすい問題であり、この問題をめぐっては意見が二極化しやすい傾向がある」(p.73)とも指摘されている。