道徳的動物日記

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読書メモ:『14歳から考えたい 貧困』

 

 

 『福祉国家』『ポピュリズム』『移民』『法哲学』『マルクス』に引き続きオックスフォードのVery Short Introduction シリーズの邦訳書を紹介するシリーズ第六弾。今回は『貧困』だ*1

 

 のっけから苦言を呈すると、Amazonレビューなどでも散々指摘されている通り、本書はまったく「14歳」向けではない。原著では他のシリーズと同様に大学生以上を想定して書かれているわけであり、学問的な方法(本書は主に経済学)の存在をしっかり知っていると同時に、世界ではどんな国があってどんなことが起こっているかとかイギリスやアメリカではどんなことが社会問題になっているかということについても基本的な知識を持っていて、さらにそれらの問題に対する平均以上の関心を培えている人……つまり比較的まじめで立派な大学生が対象にされている。大学生のなかでもそこまでの域に達している人なんて決して多数派ではないのに、ましてや日本の中学生にとってはかなりハードルが高いはずである。すくなくともわたしが14歳だった頃はこの本には興味も持てなかったし理解もできなかっただろう。もしかしたらすごいハイレベルな進学校に通っている14歳なら違うのかもしれないが、このテーマでそういう人を対象にするのもどうかと思うし。

 これは単にタイトルに難癖を付けているというわけでなく、「14歳」を対象にするために本文が「ですます」調で訳されていたり各ページの上部に大量の訳註が記載されていたりすることで、本文が理解しやすくなるというよりもむしろノイズが多くなって読みづらくなるという弊害が生じているからこその指摘である。

 

 それはともかく本書の内容を紹介すると、著者は経済学者であるために本書もほぼ経済学の本となっている。

 イントロダクションではロールズの格差原理が登場、第二章「貧困の歴史」でアダム・スミスマルサスリカードマルクスなどの古典的な経済学者たちが貧困の原因や対策についてどのように論じたかを紹介するくだりは思想史っぽいし、第三章「幸福のはかりかた」ではケイパビリティ・アプローチに関してマーサ・ヌスバウムの名前も登場するが、哲学的な要素はそれくらいで、たとえばシンガーやポッゲなどのグローバル正義論などを紹介しながら「そもそもなぜ外国の貧困を解決すべきか」という規範を問うような議論は含まれていない。

 一方で経済学に関しては「貧困」というテーマを足掛かりにしながらかなり幅広い内容が詰め込まれている。

 たとえば第七章「貧困との戦い」では開発経済学がメインになっており、比較優位の考え方やRCT(ランダム化比較試験)の理論が紹介されたり、イースタリーにアセモグルとロビンソンにディートンにフォーゲルにと現代の有名な経済学者たちが次々と登場したりする。またこの章ではインセンティブモラルハザードの問題に言及されていたり、「ある程度の不平等の存在はむしろ必要かもしれない」とか「過度の援助は(腐敗した国家や政権の存続を後押しするから)逆効果になる可能性がある」といった、経済学的な冷めた意見も(他の意見と並んで)紹介されていたりするところが面白い。

 第五章「労働市場」は労働経済学の考え方を紹介する内容になっており、雇用と失業に賃金や労働者の職能といった基本的なところから、労働市場における差別(ベッカーやアローが登場)や移民の影響といったトピックも取り上げられている。また、第六章「貧困分布と階層移動」では世代間における貧困の再生産といった問題が紹介されている。

 

 わたし的にとくに興味深かったのは、やはり「幸福のはかりかた」。この章で紹介されるのはあくまで経済学における諸々の指標であるが、「幸福をどうやって測るか」「幸福をどうやって定義するか」ということ自体は哲学や倫理学でも伝統的なトピックなので興味を抱きやすかったのだ。……とはいえこの章は他の章に比べてもかなり専門的かつ難しい議論を駆け足気味に紹介している感もあった。

 また、第4章「暮らしのいたるところで」では「幸福感に影響をあたえる五つの側面」として健康や家族構成、教育と資産、そして環境が取り上げられている。第七章でも貧困と女性差別の関係についてけっこうなページ数をとって紹介されており、なんだかんだでSDGs的な問題意識って重要なんだなということが再確認できる。

 

 ……とはいえ、本書ではグローバルな貧困についても(先進)国内の貧困についてもどっちも扱われているぶん中途半端な内容になっているところもあるし、また「貧困」というテーマを(さまざまな学問の視点を取り入れながら)包括的に扱う内容にはなっていない一方で「経済学の入門書」として書かれているわけでもなく、どっちつかずなところが漂う。

 ほんとうなら「貧困の経済学(Economics of Poverty)」というタイトルにすべき内容のところを「貧困」にしてしまっていることが問題だろう。まあ、タイトルとなっている単語は広い意味を含むのに本文の内容は著者の専門分野という狭い範囲に限定されるという問題は、 Very Short Introduction シリーズではよくあることだ。

*1:

 今後は『不平等』や『ニーチェ』あたりを紹介したいところです。

 

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