道徳的動物日記

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「原爆の夏から70周年」 by マイケル・シャーマー(世界的な核兵器廃絶の展望についての議論)

www.scientificamerican.com

 

 今回紹介するのは、マイケル・シャーマー(Michael Shermer)がサイエンティフィック・アメリカン(Scientific American)に掲載した記事「原爆の夏から70周年(The 70th Anniversary of the Summer of The Bomb)」。2015年の8月6日に発表された記事である。

 

「原爆の夏から70周年」 by マイケル・シャーマー

 

 7月16日。8月6日。8月9日。9月2日。70年目の原爆の夏(Summer of the Bomb)が近づいている。ニューメキシコ州の砂漠で原子爆弾「ガジェット」を用いた人類初の核実験が行われた日付、日本の広島市に「リトル・ボーイ」が落とされた日付、長崎市で「ファットマン」が爆発した日付、そして日本が降伏して第二世界大戦が終わった日付だ。

 それぞれの結果は、それまでの人類の歴史で目にされてきたどんなことからもかけ離れていた。 7月16日に行われたトリニティ実験では、TNT20キロトン(18100メートルトン)の爆発力を持ったプルトニウム爆弾が30メートルの鉄塔の頂上に落とされ、12キロメートルの高さのキノコ雲が待機中に巻き起こり(現代の民間機が飛ぶのと同じ高さだ)、トリニタイトと呼ばれる放射能ガラス(溶けた石英が砂と混ざり合った鉱物)で一杯になった76メートル幅のクレーターが残された。爆発の音はテキサスのエル・パソにまで届いた。8月6日に530メートルの高度から投下されて広島で爆発したリトル・ボーイはガンバレル型のウラン235爆弾であり、TNT13キロトンに相当するエネルギーを持っていた。リトル・ボーイは広島市の建物の69パーセントを含んだ爆発範囲を全て更地にしてしまい、推計7万人から8万人の人々を殺害した(更に7万人を負傷せさた)。8月9日に爆発したファットマンは爆縮型プルトニウム爆弾であり、TNT21キロトンの爆発は長崎市の44パーセントを破壊し推計3万5千人から4万人の死者を残し6万人を負傷させた。それ以降も日本が降伏しなかったとすれば、マンハッタン計画の指揮者のレズリー・グローブスは8月19日にまた一つ爆弾を落とす準備が出来ていたし、9月にもう三つ、そして10月に更なる三つの爆弾を落とす準備がされていた。ハリー・トルーマンは「未だかつて地球上で起きたことのない空からの破壊の雨」と日本を脅したが、彼は大袈裟に言っていた訳ではなかったのだ*1。(核兵器の威力と破壊性について理屈抜きの感覚を味わいたいなら、アメリカ公共放送サービス(PBS)のドキュメンタリー『 The Bomb 』を視聴するといい…この題材について私が観た中でも最も優れた映画だ*2。映画を製作したローンウルフメディア社は、それまで未公開であった映像を入試しデジタル技術で改良した。その映像の厳粛さには息を飲まされる。)

 

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(訳注:トリニティ実験を写した唯一のカラー写真、撮影者は実験に参加した科学者のジャック・アビー) 

 

 70年後の現在では、9カ国が核兵器を所有している(アメリカ、イギリス、ロシア、フランス、中国、インド、パキスタンイスラエル、そして北朝鮮)。また、アメリカや他の国々は、イランが10番目の核兵器保有国となることを制するために、低濃縮ウラニウムの生産量の98%と遠心分離機の備蓄数を削減させる暫定合意を結んでいる。70年後の現在も、私たちは核兵器と共に暮らしているのだ。私たちは楽観的になるべきだろうか、それとも悲観的になるべきなのだろうか?楽観的になるのに充分な理由がある、と私は考えている。

 

 第一に、核の抑止力は現在のところ機能している。別の核保有国に対して先制攻撃を始めたとして何か利益を得られる核保有国は存在しないために、相互確実破壊(mutual assured destruction, MAD)という戦略は有効に機能しているのだ。両方の国に報復のための能力が備わっているために、先制攻撃の結果は両方の国(と残りの世界の大半)の徹底的な壊滅となる可能性が最も高い。もちろん、核の抑止力が永続的な解決策になると考えるのは馬鹿げている。失敗した場合の代償はあまりにも高いのだ。西洋を核で壊滅させて世界をカリフ制の時代に戻してやろうと考えている狂信的なイスラム教徒のテロリストや『博士の異常な愛情』に出てくるような偏執狂的な将軍たちは、ハリウッドの脚本家たちが生み出した人物であるとは限らない*3 。だから、私たちはより持続的な解決策を考える必要がある。

 

 第二に、信じようが信じまいが、世界における核兵器の数は減っている。イランや北朝鮮のような国が核による威嚇を行っているのにも関わらず、世界における核兵器保有数の推計値は、最大であった1986年の7万発から今日の1万5700発にまで減少したのだ(私の著書『 The Moral Arc』の66ページにも掲載されている、下記のグラフを参照)。アメリカ科学者連盟の発表によると、アメリカの7200発とロシアの7500発が現在の核の保有数のうち94パーセントを占めている*4。更に希望が湧くのは、現在の世界には操作が可能になっている状態の核弾頭は4100発しか存在しないことである。その大半はロシアの1780発とアメリカの1900発で、フランスの290発とイギリスの150発がそれに続く。世界が粉々に爆破させられてしまう脅威に対しては、1945年以降では現在が最も安全な状態であるのだ。

 

 

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(訳注:縦軸は核保有数、横軸は年号。黒線がアメリカ、点線がロシア、太線が世界全体の核保有の合計を示している。)

 

 第三に、9か国という核保有国の数は世界全体の国々の合計数のたった5パーセントであるという事実が注目に値する。つまり、残りの95パーセントの国々は核が無くてもうまくやっていけているのだ。

 

 第四に、1964年以降、核兵器開発の計画を開始したがその後に中止した国の数は、計画を開始してそのまま完成させた国の数よりも多い。前者には西ドイツ、スイス、スウェーデン、オーストラリア、韓国、台湾、ブラジル、イラクアルジェリアルーマニア南アフリカ、そしてリビアが含まれている。核兵器保有しないことを妥当にする理由は数多くあるが、その一つは核兵器にかかる費用が非常に高いということだ。クレイグ・ネルソンの2014年の著書『The Age of Radiance: The Epic Rise and Dramatic Fall of the Atomic Era(輝きの時代:原子力時代の劇的な興亡の叙事詩)』によると、冷戦時代のアメリカとソビエト連邦は12万5000発の核兵器を製造するために5兆5千億ドルという計り知れないほどの費用をかけており、またアメリカは現在でも核兵器計画のために年に350億ドルを支払い続けている*5

 

 第五に、「核兵器ゼロ」を達成するための重要な努力は現在も進行中である。その中には、ヘンリー・キッシンジャージョージ・シュルツ、サム・ナン、そしてウィリアム・ペリーなどの冷戦を戦った人々によって示された計画も含まれている*6。彼らのような専門家たちやグローバル・ゼロのような組織の多くが、私たちが核兵器ゼロの世界を達成するための様々な方法を提案してきた*7。新書『 The Moral Arc: How Science and Reason Lead Humanity toward Truth, Justice, and Freedom (道徳の弧:科学と理性はいかにして私たちを真実と正義と自由に導くか)』にて、私はこれらの提案を要約しており、私たちの道徳の長い弧において核兵器ゼロがいかに論理的に達成されるかということを示している*8。以下では、私の議論を手短に紹介しよう。

 

 

 1:核兵器保有数の減少の継続。これまでの傾向に従いながら、世界における核兵器保有数を2020年までに1000発にまで減らして、2030年までには100発以下に減らすのだ。100発以下とは、核兵器保有国の間での最小限抑止(相互確実破壊という戦略を調節したもの)を維持するには充分な火力である。そして、もし間違いが起こったり狂人が登場して核戦争になったとしても、文明を全滅させるのには足りない火力でもある。

 

 2:先制攻撃の禁止。すべての「先制攻撃」戦略を国際法で違法とする。核兵器の使用は自衛上の目的でしか認められないようにするのだ。この法律に違反して先制攻撃を行った国があれば、国際的な非難や経済制裁の対象として、核による報復や場合によっては侵略も行いその国の政府を倒壊させて、その国の指導者たちを人道に対する罪で裁判にかけるのである。

 

3:核を保有する大国同士で協定を結ぶ。核兵器保有しているか獲得しようと試みており、核兵器を使用する意思も持っている小国やテロリストに対して、大国同士の同盟は強固な抑止力となるだろう。

 

4:核兵器を「使用すること」のタブーを「保有すること」のタブーへと移行させる。タブーという心理的カニズムは、すべての種類の人間の行動について効率的に抑止させることができる。第二世界大戦で毒ガスが使用されるのを防いだのにも、タブーが有効に働いていた。化学兵器生物兵器に対するタブーの背後にある心理は、核兵器に対するタブーにも容易く移転する。核兵器が引き起こす殺人的な高熱と放射能は、毒ガスや致命的な病気と同様に、それらが引き起こす地獄の中で無差別に人を襲う不可視の殺人者である。人々が核兵器に対して抱く反感は、脳の中で嫌悪感という感情と結び付いているのかもしれない。心理学者たちは、目にすることができない病気の感染・有害な毒物・不快を催す物質(吐瀉物や糞便など)などに関連付けられた感情が嫌悪感であることを確認してきた。…嫌悪感とは、生存にとって危険な物質から遠ざかるように身体に指示するためのものとして進化してきた反応であるのだ。

 

5:経済的相互依存。二国間での貿易が増えれば、その二国が戦う可能性は低くなる。これは完全な相関関係でなく、例外も存在する。しかし、経済的に相互依存し合っている国々の間では、戦争が起きるほどにまで政治的な緊張が悪化する可能性は低くなる。戦争には費用がかかる。経済制裁、通商停止、経済封鎖などはコストがかかるのだ(プーチンがクリミアを侵略したことがロシアの経済にもたらした効果を見ればいい)。そして、戦争が起これば両方の国でビジネスが停滞することになる。良くも悪くも、民主主義の国では政治家たちは金持ちの利益を気にしなければいけない。金持ちは商売にかかるコストが出来る限り低く保たれることを望むが、戦争となると商売のコストは引き上げられるのだ。このようにして、北朝鮮やイランなどの国々が経済貿易に招き入れられたなら、彼らも核兵器保有する大国と共依存することになる。そうすれば、北朝鮮やイランもそもそも核兵器を開発する必要性を感じなくなるだろうし、核兵器を使用する必要性はそれ以上に薄くなるだろう。

 

核兵器ゼロへの最も危険性の低い道」とでも呼べる方法を探求するためのシナリオは何十本もある。イスラエル首相のベンジャミン・ネタニヤフはイランの核兵器開発に対して懸念を抱いているが、イランの前大統領(訳注:マフムード・アフマディネジャド)が「イスラエルは地図から抹消されるべきだ」と発言したことを踏まえると、ネタニヤフの懸念は理解できるものだ。それでも、バラク・オバマ大統領が追求しているような種類の外交政策が主な理由となって、過去20年間において核兵器は劇的に減少しているのだ。北朝鮮が核を保有するのを防げなかったのは確かだが、全体としてはオバマが行っているような戦略は他の選択肢よりも優れたものである。何にせよイランは核兵器保有することになるかもしれないが、イランや北朝鮮経済制裁を行うよりも彼らを世界の国々のコミュニティに仲間入りさせる方が核戦争を予防する可能性は高くなるのだ。

 

 長い目で見れば、私たちは抑止力という罠から抜け出すことが可能である。いまだに脅威が存続していることをふまえると、私たちは核兵器ゼロの世界に向けて早急に行動を開始するべきだ。もしかすれば、原爆の夏の100周年目には世界に原爆はもう存在していないかもしれない。