前回の記事の続き。ほんとは前半と後半の2つに分けるつもりだったがしんどいので3つに分けることにした(4つになるかも)。
批判その5:トランプやブレクジット、権威主義的ポピュリズムの隆興はどう説明する?それらは、啓蒙主義の時代が終わり進歩が逆行していることを意味しているのではないのか?
ピンカーの反論:啓蒙主義の理念(理性の行使や科学的自然主義、世界的な人道主義や民主主義的制度など)は、人間が直感的に理解できるものでは全くない。人々は、動機付けられた認識や呪術的思考や部族主義や権威主義や過去へのノスタルジアへと、ついつい引き戻されてしまいがちである。啓蒙主義は常に勝利してきたわけではなく、ロマン主義やナショナリズムなどの反啓蒙主義的なイデオロギーからの反発にさらされてきた。2010年代の権威主義的ポピュリズムも、反啓蒙主義的なイデオロギーの一派に連なるものである。トランプのイデオロギーは単に感情的なものではなく、自分たちの主張は反啓蒙主義的な思想家たちに連なるものである、とトランプのブレインたちは誇らしげにも認めているのだ。現代のように社会的な変動が多い時代では、特に「自分は尊敬されておらず世間から取り残されてしまっている」と感じる層の人々を、反啓蒙主義的な思想は惹きつけるのである。
報道の自由や司法制度を貶めたり、外国人を悪魔化したり地球温暖化対策を交代させたり核軍拡競争を復活させようとしたりと、トランプ大統領の諸々の行いは進歩を信じる人々にショックを与えた。 しかし、広い視野で見てみると、ポピュリズムは決して多数派の賛成を得ている訳ではない。アメリカ人の半数以上は常にトランプを否定し続けてきたし、ヨーロッパでもナショナリスト的な政党は多数の投票を得られている訳ではない。ポピュリズムへの支持は日に日に減り続けている。トランプ就任やブレクジットの結果は、ポピュリズムの理論は実践してみると上手くいかない、という教訓を支持者たちに与えることになった。結局のところ、国内の民主主義的な手続きや国際協力が機能してない限りは現代の諸々の問題には対処できない、ということが改めて明らかになったのだ。
トランプや他の反動的な指導者たちが深刻なダメージをもたらしたとしても、世界全体を見れば、2018年の間にも世の中は良くなっていった。グローバリズムや科学や人権の理念などが持つ力は既に世界全体に行き渡っており、一部の国々で反動が起きたからといって一朝一夕に覆るものではないのだ。2018年に起こった進歩の例を以下に示そう(温室効果ガスの排出量を削減する方法が新たに46個発見された、自然保護区域の拡大が19ヶ所で起こった、ジカウィルスをほぼ消滅に追い込んだなど健康に関する改善が24種類起こった、貧困の削減のマイルストーンとなる出来事が6つ、女性の権利の向上が11つ…などなど具体例が延々と続く)*1。
批判その6:最も先進的でリベラルな社会では、絶望や憂鬱や孤独や精神病や自殺が流行している。このことについてはどう説明するつもりだ?
ピンカーの反論:そもそも、「人々はどんどん不幸になっている」いう発想が誤りだ。マックス・ローザーたちの記事が示すように、人々には「(自分は不幸ではないが、)最近の社会では、自分以外の人々は不幸になっている」と考えがちなバイアスが存在するのである。
実のところ、先進的でリベラルな社会は世界の中でも最も幸福な場所である。世界幸福度ランキングによると、北欧諸国やスイスやオランダやカナダなど、とりわけリベラルで先進的な国ほど幸福度が高くなっている。世間的なイメージとは異なり、ブータンはさして幸福な国ではない。そして、調査に対して「自分は幸福である」と答える人々の数は、先進国でも後進国でも上昇している。
保健指標評価研究所の調査によると、一般的なイメージとは裏腹に、各国における鬱病や依存症や精神病を患っている人々の割合は、どの国でも26年前からほとんど変わっていない。自殺率だって世界中のほとんどの国で下がっている。アメリカは例外であり、1999年以降は自殺率が上がり続けているのだが、それでも20世紀の前半に比べたら低い。「自殺率が高くなっている」という主張こそが、ごく近年のごく一部の国での現象にしか注目しないチェリーピッキングである。 そして、世界的な自殺率の減少の一因として、「女性の権利が向上し、女性が自由に行動できるようになったこと」が複数の論者から指摘されている。デュルケーム的な「伝統的な農村社会では自殺率が減り、現代的な都市社会では自殺率が増える」という発想には見直しが必要なのだ。現代の社会には自由ゆえに生じる諸々の問題があるとはいっても、自由がなかった過去の社会に起こっていたずっと大きな問題を見過ごすのは誤りなのである。
*1:手前味噌だが、以下の記事でも最近に起こった進歩が羅列されているのでよかったら参考にしてほしい。