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道徳的動物日記

動物や倫理学やアメリカについて勉強したことのある人の日記です。

ローリー・グルーエン『動物倫理入門』

倫理学 動物倫理 動物愛護運動 動物実験 野生動物

 

動物倫理入門

動物倫理入門

 

 

 

 本書は、Lori Gruen, Ethics and Animals: An introdution (2011)の翻訳である。

 

 本書の構成としては、まず1章「動物問題とは何か」と2章「自然なことと規範的なこと」で動物のことを倫理学的に考えるために必要な基礎的な用語や理論を説明されてから、3章から6章までの各章で肉食・動物実験・動物園などでの動物飼育・野生動物という問題が個別に取り上げられている。また、7章「動物保護運動の現状」では、動物に関する問題を解決するための運動はどのようになされるべきか、ということが論じられる。

 1章と2章では「動物は道徳的配慮の対象となるのか」「人間と動物の間に道徳的な差異は存在するのか」という動物倫理の基本的な問題設定、「自然なことや文化的慣習と、規範的なことや道徳的なこととの違い」「人間と人格の違い」「道徳的行為の行為者と受け手の関係」などの倫理学的な考え方の説明、「功利主義」「権利論」「フェミニスト倫理」「潜在能力アプローチ」「徳倫理」などの様々な倫理学理論が説明される。著者のグルーエンは自身ではフェミニスト倫理を支持しているが、基本的には、特定の理論を主張するのではなく様々な理論について中立的に説明している。

 3章から6章では、肉食や動物実験などそれぞれのテーマについて、「現代の社会では肉食はどのように成立していて、それが家畜にどのような影響をあたえているか」「動物実験はどのように行われていて、実験動物はどのような生を過ごしているか」といったことが、事例を取り上げながら詳しく説明されている(主にアメリカでの事例が紹介されている)。また、動物実験の章なら「実験動物に苦痛を与えることは、実験で生まれる新薬がもたらす利益で相殺されるか」、野生動物の章なら「ライオンによるガゼルの捕食など、野生動物が別の野生動物に危害を与えることは、人間が介入して防ぐべきか」「在来種や生物多様性を守るために外来種を駆除することは正当化されるか」など、各種の問題に特有の倫理的ジレンマについて検討される。

 

 グルーエンは自身も動物保護運動に参加しており、動物は道徳的配慮の対象になると主張している立場である。個々の事例についても、例えば肉食を正当とする主張や動物実験を正当とする主張を紹介しつつも、「動物に対して重要で新しい方向づけをするのでなければ、食べる必要がないのに食用に動物を殺すことの倫理的正当化は疑わしいままである。」(p.111) 「動物の利害が考慮されず、実験者に変わるための動機がない限り、動物実験に反対するのは倫理的に妥当なことであると思われる。」(p.138) という結論を書いている。

 「動物は道徳的配慮の対象となる」という立場のなかにも様々な理論があり、利害の衝突をどう考えるかということや、抽象的な事柄や理論的な細部などについては、それぞれの理論の間でも意見が分かれる。例えば、多くの権利論者は「それがどんな利益をもたらすとしても、動物を殺害することや監禁することは動物の道徳的権利を侵害するので正当化できない。そのため、動物実験はいかなる場合でも正当化できない」と考えるのに対して、多くの功利主義者は「実験の過程で殺害や監禁などによって動物に苦痛を与えるとしても、実験の結果から得られる新薬が多くの人間や他の動物の命を救ったり苦痛を和らげたりするなどの多大な利益をもたらすのなら、動物実験は正当化できる場合もある」と考える。しかし、実際の現代社会で生じている事態のほとんどについては、ほとんどの理論が同じ回答をすると考えられる。例えば、ほとんどの功利主義者は、現代社会で行われている工場的畜産や動物実験や動物園・水族館などは、それがもたらす利益を考慮としたとしても相殺できないほどに多大で不必要な苦痛を動物に与えているので正当化できない、と考えるだろう。倫理学のなかには「動物は道徳的配慮の対象にはならない」と主張する立場もあるが、現代ではマイナーな立場だと思われる。このような事情を考慮すると、単に様々な立場を紹介したり各種の事例に関係する倫理的ジレンマについて記述したりするだけでなく、倫理的ジレンマについての著者自身の結論(また、多くの倫理学者が同意するであろう結論)を書いているのは、適切であると思う。

 

 グルーエン自身の立場は、エコロジカル・フェミニズムに基づくものである。本書のなかでも「倫理は感情ではなく理性に基づくものである」「自律した他者を尊重することが道徳的配慮である」といった考えを否定して、「理性ではなく、他者に対する共感やケアの感情こそが道徳の源である」「自律を強調するのではなく、他者との関係性や依存性を尊重することこそが道徳的配慮である」といった、フェミニズム倫理・ケアの倫理の考えがところどころで紹介されている。7章では、ポルノに反対するフェミニズムの立場から、動物愛護団体PETAがキャンペーンに女性のヌード写真を利用したことについて批判している。そして、動物に対する差別は性差別や人種差別は社会的・構造的に結びついているのだから、ある抑圧と戦っている人たちは自分たちの運動に孤立するのではなく他の抑圧と戦っている人たちと連帯すべきだ、ということを主張する。さらに、倫理学的な理論や社会運動としてのイデオロギーにこだわりすぎることは保護の対象である動物にとっても助けにならないとして、倫理的な感性を養って積極的な共感に基づいて行動することが大切だ、と主張する。

 私としては、グルーエンの主張するようなエコロジカル・フェミニズムには理論面でも事実認識の面でも問題があると思っている。とはいえ、英米の動物倫理においてエコロジカル・フェミニズムフェミニスト倫理は一定の支持を集めてきた。日本では、動物倫理とエコロジカル・フェミニズムフェミニスト倫理を結びつけた議論はあまり紹介されてこなかったので、その点でもグルーエンの本が翻訳されて紹介されることには価値があると思う。

 

 

 

Ecofeminism: Feminist intersections with other animals and the earth

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