道徳的動物日記

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読書メモ:サミュエル・ハンティントン『分断されるアメリカ』

(2018年の1月に別ブログで書いた記事だが、別ブログの方は閉鎖してしまったので再掲。この次にアップするフランシス・フクヤマの『IDENTITY 尊厳の欲求と憤りの政治』の感想記事に関係するので、このブログに再掲載することにした。)

 

 

分断されるアメリカ (集英社文庫)

分断されるアメリカ (集英社文庫)

 

 

 

 『文明の衝突』で有名な(悪名高い?)ハンティントンの本。原著の出版は2004年だが、アメリカ国内で移民の数が増大したり多様性が増したりし過ぎたために宗教の権威が失墜したり労働を尊ぶアングロ-サクソン文化の存在感が無くなったりしたためにアメリカ社会における統一性が崩壊して国内で分断が生じ対立が生じた・・・と嘆いている本。特に、ヒスパニック系移民の増加のために英語が唯一絶対の公用語ではなくなってアメリカが二言語国家になりつつあることを分断・対立の原因としてハンティントンは危険視している。そして、存在感を増した移民たちが権利主張をしたり自分たちの文化を貫いてアメリカ文化に同化することを拒むようになるにつれて、その反動として、自分たちこそが正当なアメリカ人であると自称する白人たちが彼らの文化や権利を主張するホワイト・ネイティビズムが活発化するであろう。また、庶民たちは右派エリートが望むような帝国主義的な外交政策も左派エリートが望んでいるようなグローバリズムも求めていないのであり、鎖国的・保護主義的な外交政策を望んでいるのだ・・・などと書かれているのであって、要するに、2016年の大統領選挙によるトランプ政権の誕生を2004年の時点から予測していた的な本である(だから、邦訳版が最近になって文庫化された訳だ)。

 ただまあ内容としてはアメリカの保守派知識人の主張としてはかなりありがちなものである。多文化主義アイデンティティポリティックスに対して批判的な論旨とは私が紹介してきたジョナサン・ハイトやマーク・リラと一緒だし、プロテスタント的な労働文化の重要性を強調するのはエイミー・ワックスやチャールズ・マレーに近い。ハンティントンはキリスト教の影響力を復活させることによってアメリカ国民を再び統一することを求めているのだが、この辺りはロバート・パットナムやロバート・ベラーを思い出させる。・・・だが、心理学の知見をふんだんに紹介してくれるハイトの『社会はなぜ左と右にわかれるのか』や社会科学の統計的なデータを大量に用いたマレーの『階級「断絶」社会アメリカ: 新上流と新下流の出現』やパットナムの様々な本に比べると、ハンティントンのこの本は歴史的なエピソードや一般論に頼る側面が強いというか、目新しいデータが提示されている訳ではないので、学術的な面白さとか知的好奇心を満足させてくれるとかそういうのはない。ただ、上述したように2004年の時点でこの本が書かれていたということが重要なのだろう。

 しかし、この本が出版されて以降もアメリカに来るヒスパニック移民の数は増えているはずだし、いくらハンティントンが嘆いたところでアメリカの二言語化は避けられない傾向だろう。また、アメリカの若者の間で宗教離れが進んだり無視論者が増えているというニュースもよく聞くから、「宗教の影響力を復活させる」というハンティントンの提案にも現実味はないように思える。一方で、ハンティントンは宗教や言語の他にも、民主主義や法の支配や平等主義や勤労精神などの「アメリカの信条」に移民やマイノリティも従わせること、つまり多文化主義アイデンティティポリティックスを弱めさせて共通文化やナショナリズムを強めることも提案しているだのが、これはまあ上述したハイトやリラなどの記事で提案されていることとも共通しているし、わりと現実的で妥当な道筋だとは思う。