道徳的動物日記

倫理学、社会科学、時事問題、世相などについて論じます。

読書メモ:『金持ち課税:税の公正をめぐる経済史』

 

金持ち課税

金持ち課税

 

 

公正さには多くの異なる意味があるだろうが、課税における公正さには共通する特徴がひとつある。それは、人びとは平等に扱わなければならないという考え方である。課税における市民の平等な扱いは、三つの異なるタイプに分けることができる。第一は「平等な扱い」論だ。これはすべての人が同じ率で税を払うべきだという考え方で、その理由は、これが基本的な民主的権利(各人の一票の重さは同じ、など)を模倣しているからである。第二のタイプは「支払い能力」論で、これは、支払う税の率はその人が自由に使える資源によって条件づけられるべきだという考え方になる。第三のタイプは「補償」論で、これは、支払う税率は国家が別の行動によってその人を特権的な地位に就けたかどうかによって決めるべきだと考える。

……(中略)支払い能力主義は多くの市民から共感を得ているし、これからもそうあり続けるだろう。

(しかし、)支払い能力論は多くの人に訴えるが、勝利することは滅多にない。

(p.227-229)

 

 というわけで、二十世紀の欧米諸国において富裕層に対する課税を強化する契機となったのは、世界大戦における大規模動員(徴兵)出あった。

 

 

戦時政府がほかの国民より富裕層への課税を増やしたのは、戦争のための動員によって、税の公正さに関する考え方が変わったためだった。戦争のための動員によって新しい、説得力の強い補償論の機会が生まれ、富裕層課税への支持が増大したのである。

……(中略)戦争は当時の政治環境に予期せぬ衝撃を与え、新たな不公平を生み出した。すなわち、国家が大多数の市民に求めるもの(戦争を遂行するためのマンパワー)と、国家が富裕層に特権を与えていること(多くの経済部門にとっての戦時利得の増大)との不公平である。

(p.148)

 

 しかし、この「補償論」の影響は長続きしなかった。第二世界大戦後の1945年以降から、世界大戦の記憶が薄れるに伴って補償論の力が弱まっていったのだ。その後も戦争は行われているとはいえ、欧米諸国ではもはや徴兵が行われているわけではなく、戦争による犠牲の不公正は「大多数の一般国民 vs ごくわずかの富裕層」から「ごくわずかの兵士 vs 大多数の一般国民(含むごくわずかの富裕層)」となっているから、戦争への補償論で金持ちに対する課税を正当化することはできなくなっている。

 もっと抽象的なタイプの補償論…「低所得層は売上税や物品税や社会保障などの支払いですでに十分に苦しんでいる」ことや「経済利益は不公正に富裕層に傾斜しているのだからもっと重い税を課すべきだ」(p.225)ということや「富裕層はほかのタイプの税による負担が少なく、しかも控除や抜け穴から利益を得やすい」(p.226)ということを根拠とした補償論は19世紀の時代から現代に至るまで主張され続けてはいるが、さほどの効果を挙げていないのである。

 

 著者たちの論理を実証するパートが大部分を占めているので堅実ながら地味な内容であるし、文章も読みやすくはない。しかし、その実証が示唆している内容はなかなか衝撃的かつ絶望的だ。要するに、「徴兵制による大規模動員があった時代には、庶民が文字通りの"血税"を支払っていたのだからその補償として金持ちへの課税強化にも説得力が生じて正当化できたけれど、それはごく例外的で限定的な事象であった」ということだ。

「支払い能力」論や戦争以外を理由とした補償論でも金持ちに対する課税は正当化されるはずだ、と考える人はわたしを含めて多数いるだろうが、課税強化を実行できるほどにそれらの議論が説得力を持って広範な支持を集めることはない……これは、日本の状況を見ていても「たしかに」と頷ける部分はある。要するに、これらの議論は「平等な扱い」論に比べて抽象的に過ぎるのだ。もっと直感的なレベルの価値観や通俗道徳は、金持ちへの課税を強化することに不公正さを見出してしまうのである。

 

 このご時世にこの本を読んでいると、嫌でもコロナウィルスとの「戦争」を連想してしまうところである。実際、コロナウィルスによる被害(健康被害と、自粛に伴う経済的被害)は貧困層〜中間層が大半なはずの非正規労働者や自営業者に集中しているようには思える。とはいえ、コロナウィルスで金持ちが得しているかどうかはわからない。新しいビジネスチャンスだとして得している金持ちもいそうな気はするが、それは一部だろうし、損している金持ちもいるかもしれない。それに、世俗的なレベルでは「自宅待機やリモートワークになって出勤しなかったり仕事サボったりしていても給料が貰えるし家族との時間も増えてラッキー」と嘯いている、中間層なホワイトカラー連中の方が目立ってしまうところである。貧困層の怒りや不公平感の矛先は、金持ちよりも先に中間層に向かっているかもしれない(すくなくとも、わたしは連中に対してわりと不快感を抱いている)。……というわけで、コロナウィルスへの「補償」も、金持ち課税を正当化する根拠になることは期待できないだろうなという気がする。