道徳的動物日記

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"意図に基づいた愛"を実践する方法(読書メモ:『How to Not Die Alone(独身のまま死なないために)』)

 

 

 久しぶりに洋書の紹介。

 

 本書のタイトルは How to Not Die Alone: The Surprising Science That Will Help You Find Love (『独身のまま死なないために:愛を探すための驚きの科学』)。副題に"科学"という単語が含まれている通り、著者のローガン・ウライは行動科学者。

 ハーバードで心理学を学び、Google社で行動経済学者のダン・アリエリーとチームを組んで研究した(その研究の成果は『予想どおりに不合理』に取り入れられている)後に、「自分がこれまでに学んできた行動科学のツールを恋愛関係にも応用して、人々が恋愛においてより良い選択ができるように助けることはできないか?」と考えて恋愛アドバイザーになった、という経歴の持ち主だ。

 

 本書で展開されるのは、Intentional Love(意図に基づいた愛)を実践するための方法である。

 

意図に基づいた愛は、あなたの恋愛生活を偶然ではなく選択の連続だと見なすことを求める。本書は、[恋愛について]知識と目的を持つことについての本だ。あなたの悪い習慣を自覚して、デートのやり方を修正して、重要な会話を相手とするための知識と目的を持つことについて、である。

(p.1)

 

パートナーを選ぶことはそれ自体がかなり大変なタスクであるうえに、古くさい考えや間違ったアドバイス、社会や家族からのプレッシャーがさらにそれを困難にしている。しかし、いままで、人々の愛の探求をサポートするために行動科学を応用した人はいなかった。その理由は、愛は科学的分析なんてものともしないマジカルな現象である、とわたしたちが考えているからかもしれない。あるいは、この批判を恐れていたのかもしれない:「合理的に恋愛したい人なんているわけないでしょう?」。だけれど、それは違う。わたしは、出会いの可能性を全て分析して「だれと付き合うべきか」を算出する超合理的なコンピューターになれ、とあなたに求めているわけではない。わたしの仕事は、あなたの恋愛にとって支障になっている盲点を発見して、それを克服するためのお手伝いをすることだ。

(p.4)

 

  著者によると、恋愛に困っている人たちの多くが、以下の3種類のパーソナリティのいずれかに分類される。

 

  • ロマン主義(The Romaticizer):恋愛関係に対して非現実的な期待を抱いている。
  • 最大化主義者(The Maximizer):パートナーに対して非現実的な期待を抱いている。
  • ためらっている人(The Hesitater):自分自身に対して非現実的な期待を抱いている。

 

 ロマン主義者が問題であることは、恋愛について「現実的」な知識を持っている人にとってはわかりやすいだろう。

「運命の人と一緒だったら、何が起こっても上手くいく」というのは幻想であり、パートナーと長く付き合っていくためには、途中で様々なトラブルや衝突が発生することを織り込んだうえで、二人で困難に立ち向かっていかなければならない。「ただしい相手を発見しさえすれば、成功した恋愛関係が得られる」という「運命の人」マインドセット(soul mate mindset)は現実にそぐわない。わたしたちが持つべきなのは、「成功した恋愛関係のためには継続した努力が必要である」と認識する「やっていこう」マインドセット(work-it-out mindset)なのである。

 これと関係して、デートにおいて「一目惚れ」(Spark)にこだわるのも止めた方がよい、とも著者は指摘している。初対面で伝わるような魅力とは外見や性に関するものでしかなく、相手の性格や自分との相性が測れるわけではない(むしろ、ナルシストであるなどの性格に問題のある人のほうが初対面だけなら魅力的であったりする)。一目惚れで始まっても良好な関係を築ける可能性はあるが、そうでない場合も沢山あるのだ。さらにいうと、初回のセックスがどれだけ上手くいったかどうかも重要ではない、と著者は指摘している。相手のテクニックがどうであれ、回数を重ねれば互いのリズムや性感帯などを理解しあってよいセックスができるようになっていくものだからだ(また、努力しなくても女性が寄ってくるイケメンはテクニックを磨くインセンティブが湧かないためにむしろセックスが下手であることが多い、とも女性読者向けに指摘されている)。

 

 本書で書かれている指摘のなかでもわたしがとくに面白く思ったのは、一見すると「合理的」に見える最大化主義者が、ロマン主義者と同じく非合理的であるという点である。

 最大化主義者は「自分にとってふさわしい人はこれこれこういう条件を満たさなければならない」と考えているが、彼や彼女の基準を実際に満たす人はほとんどいない。いざ誰かと付き合ったときにも「もっといい人がいるかもしれない」「この人がこの世で一番いい相手というわけでもないから、より良い相手が見つかったら乗り換えよう」と考えてしまう。このような考え方は表面的には合理的であるが、実際にはロマン主義者と同様に「青い鳥」を求めているに過ぎない。問題なのは、このようなマインドセットを持っている限り、彼や彼女が現実に経験している恋愛から得られる楽しさや幸福は減退し続けることだ。

 これは恋愛に限らず何事にも当てはまることであるが、「自分は優れた選択をしたか」という客観的な結果と「その選択について自分はどう思っているか」という主観的な経験は必ずしも一致しない。

 たとえばどこかに旅行したときに観光名所を2つしかまわれなかった可能性と3つまわれた可能性があったとして、前者であっても後者に負けず劣らず楽しい旅行になった、という場合はあるだろう(3つ目の名所に行けなかった代わりに2つの名所をじっくり観光できた、無理のないスケジュールのおかげで疲れなかった、など)。しかし、「あそこでバスの乗り換えがうまくいっていたら3つ目の観光名所にも行けたのに、しくじったな」と思うタイプの人は、3つまわれた場合にも「もっとうまくスケジュールを組んでいたら4つまわれたのに、しくじったな」と思うのがオチである。……そして、このような考え方を恋愛にまで適用すると、自分にとっても相手にとっても悲惨な関係をもたらしてしまうことになるのだ。

「最大化」思考に対する処方箋のひとつとして著者が提案するのが、目の前の相手が自分の基準に満たないと思っていたとしても、とりあえずその相手にコミットして深く付き合ってみることだ。わたしたちには自分の選択を後付けの理屈で合理化して「この選択は正しいものだった」と自分を説得させる「正当化バイアス」が備わっている。そもそもほんとうの意味で「客観的に優れた選択」なんて恋愛には存在しないのだから、相手がほどほど以上に良ければ、コミットした後に自分の認知を変えていくことのほうが合理的な選択だと言えるのだ。

 

 また、最大化主義者でなくとも、ある人が抱いている「自分はこれが欲しい」という主観的な願望がほんとうの意味でその人が必要としているものとは一致していない、それが得られたとしてもその人が幸福になるとは限らない、というのはよく生じる問題である。

「自分をほんとうに幸福にしてくれるものはなにか」ということについてわたしたちはとことん無知である、というのは幸福に関する議論では定番の問題だ。

 恋愛や結婚においても、わたしたちが相手に求める要素として「過大評価されがちだが、実際にはそれほど重要でないもの」と「過小評価されがちだが、実際には重要であるもの」が、それぞれに存在する。

 

 

●「過大評価されがちだが、実際にはそれほど重要でないもの」

  1. お金(低収入の夫婦は関係に不満を抱きがちではあるが、わたしたちは所得に適応してしまうので、一定の閾値を超えたら収入は夫婦関係に影響を与えない)
  2. 外見(わたしたちは相手の外見にも適応するので、イケメンだろうが美女だろうがそのうち飽きる)
  3. 性格が似ていること(自分と性格が異なり、互いの違いを補完するような相手とのほうが関係は長続きしやすい)
  4. 趣味が同じであること(「カップルは趣味を一緒に楽しむことが重要だ」と思われがちだが、うまくいくカップルとは相手の趣味にも興味を示しつつ、それぞれが自分の趣味を一人で楽しむことを許容するものである)

●「過小評価されがちだが、実際には重要であるもの」

  1. 精神的な安定と優しさ
  2. 寛大さ
  3. 成長を志向するマインドセット(「キャリアの成長」などではなくて、二人の関係性を良いものにしようと志向し続けてくれること)
  4. 相手の性格が、自分のなかの最良の部分を引き出してくれること
  5. 困難に対して適切に対処するスキル
  6. 「難しい決断を二人で一緒にする」という能力

 

 上記の通り、過大評価されがちな要素は、収入という客観的な指標があるものや、外見や趣味など簡単に判断が付きやすいものである。わたしたちには物質主義的なバイアスが備わっていることや、物事を判断する際に手っ取り早い指標を用いたがる傾向があることが影響しているだろう。

 その一方で、過少評価されがちな要素とは相手の人格のなかでもコアな部分であり、かなり曖昧なものであって、1度や2度のデートで見極めるのは困難である。時間をかけて少しずつ判断することが必要になるだろう。

 

 わたしたちが目に見える指標や手っ取り早い指標に惑わされてしまうことは、デートにも悪影響をもたらす。多くの人は、1度目のデートから「この人は恋人として合格であるか、不合格であるか」を判断しようとしてしまうのだ。

 

デートに影響を与えるのは、どこで会うかという物理的な場所だけではない。いつ会うか、なにをするか、デートに対してわたしたちが抱いているマインドセットのいずれもが、デートの環境であるのだ。

(…中略…)

…わたしのクライアントの多くが、愛を必死で求める一方で他のことにも忙しくするあまりに、デートから得られるはずの楽しみの全てを逃してしまっている。その代わりに彼や彼女が行なっているのが、わたしが評価的なデート(evaluative dating)と呼ぶものだ。…

評価的なデートの問題は、不快であるというだけではない。長期的な関係を築くためのパートナーを探すうえでは、ひどく非効率的な方法でもあるのだ。この章では、デートのマインドセットを評価的なものから体験的(experiential)なものに切り替える方法を教えよう。相手の履歴書を見ながら「この人はわたしにとって相応しいだろうか?わたしたちの間には充分な共通点があるだろうか?」と自問自答する就職面接のようなデートをするのをやめて、自分の頭のなかから外に出てデートの体験そのものに目を向けて、「わたしはこの人のことをどう感じているだろうか?」ということを考えるのだ。二人が一緒にいる時に物事がどう展開してるか、という点に注目する。好奇心を持ちながらデートする。驚くことをためらわないようにするのだ。

(p.150 - 151)

 

「評価的なデート」はやればやるほど楽しくなくなり、仕事のように感じられていく。「相手がどんな人間であるか、二人に共通点はあるか」というのを確かめることを何度も繰り返していると、会話のパターンや内容がマンネリ化してしまい、過去にも他の人と交わした応答を自動的に繰り返す作業のようになってしまうのだ。そして、このようなデートを繰り返している限り、相手の本質を知ることはできなくなるし、だれかと深い関係に突入する可能性も遠のいてしまう。

 一方で、「体験的なデート」を実践できれば、デートそのものが楽しくなるし、相手との愛着も深めやすくなり、相手のことを深く知りやすくなるだろう。

「体験的なデート」を実践するためのアドバイスは以下の通り。

 

  1. デート前から自分の気分を盛り上げるようにする。そのためのルーティンも考えて実践する(仕事の連絡をシャットアウトして「デートの日」感を強める、デート前にお気に入りのポッドキャストを聴く、エクササイズしたり長風呂したりしてスイッチを入れる、など)
  2. デートの場所や時間はじっくり考えて選ぶ(自分がもっともリラックスできる時間帯を選ぶ、向かい合って緊張するテーブルよりも互いにリラックスできるカウンター席を選ぶ、など)
  3. クリエイティブな活動を伴うデートをする(一緒に何かを制作する、レストランに行く場合にも焼肉など自分で調理するタイプの店を選ぶ、スポーツ、ゲームセンター、なにかのコンテストや教室に参加するなど。初対面の人と複雑な活動をすることには居心地を悪い思いを抱くかもしれないが、結果としてはデートの経験は充実したものになるだろうし、複雑な活動を通じて相手の人格も見えてくるので長期的なパートナーとしての相性も測りやすい)
  4. デートに対する自分のコミットメントが相手に伝わるようにする(相手の事情を配慮しながら充実したデートプランを設定する、など。一般論として、「自分のために努力してくれている」ということが伝わると相手は好意を抱きやすい)
  5. デート中に遊びの時間を設ける、ユーモアを意識する
  6. 些細な会話はなるべく避けて、思考を触発するような質問や人生観に関わる質問をするなど、充実した会話を意識する
  7. 相手に対して興味を持つように努める
  8. スマホは触らない
  9. デートの終盤をとくに楽しくさせる(カーネマンの「ピーク・エンドの法則」
  10. デート後は「デートは楽しかったか、相手は自分を楽しませてくれたか」という点をチェックリストで確認する(チェックリストといえば「相手のスペックはどうだったか」になりがちだが、そうではなく、自分の経験に焦点をあてたリストを作成する)

 

 この本の後半では、いざ相手と恋愛関係になった後の段階の問題が取り上げられて、「相手との関係を継続するかどうかの判断はどうすべきか」「別れると判断した場合の切り出し方」「別れた後のマインドセット」「結婚するかどうかの最終判断」などについてそれぞれ章を割いて書かれている。

 そして、最終章のトピックは「結婚を長続きさせる方法」。ここはトピックの重さに比べると短い分量になっているが、先日に読んだアーロン・ベックの『愛はすべてか』を思い出させるところが多い*1。夫婦関係を長続きさせるためには「放っておいたらなんとかなるさ」「言葉にしなくても自分の気持ちは相手に伝わっているだろう」という態度は天敵であり、二人で定期的に話し合いながら、自分たちの努力によって意識的に関係を維持することが重要であるのだ。

 

 最終章における以下の段落では、著者のスタンスが気持ちよく表現されている。

 

強固なパートナーシップは、偶然にあらわれるものではない。それは注意と選択を必要とする。意図に基づいた愛が要求されるのだ。意図に基づいた愛の世界……実のところ、意図に基づいた生き方の世界……では、あなたが人生を振り返った時に、慎重かつ意図的に行なった決断で彩られているのを見ることが希望となる。あなたは一人の人をもっと深く愛せていたかもしれないし、三人の人と大切な関係を築けていたかもしれないし、独身として刺激に満ちた人生を送れていたかもしれない。いずれにせよ、あなたの人生は偶然ではなく冒険だったのだ。あなたの人生はあなたがデザインしたのであり、あなた自身が責任を持っていたのであり、あなた自身がどんな人間であるかということと自信が望むものについて正直であり続けてきた。そしてもっとも重要なことは、軌道修正が必要になったときに、あなたはそうしてきたということだ。あなたは、人生に関して他の人が抱いている考えではなく、自分自身の考えにしたがって生きてきたのである。

(p.286 - 287)

 

 ここには、行動科学に基づいた自己啓発本のエッセンスが含まれている。「愛」という意図や理性から程遠く思える物事がテーマであるからこそ、ほとんど哲学的ですらある。

 上記の文章はいかにもアメリカ人的だと揶揄する人がいるかもしれないし、新自由主義的だと非難する人もいるかもしれない。しかし、わたしにはある意味でストア哲学的に思える。行動科学と認知行動療法はつながっているのであり、そして認知行動療法の源流はストア哲学にあるからだ*2

 

 著者は女性であるが、彼女のクライアントは男女の両方であるし、LGBTQ+の人やポリアモニーの人も対象にしているらしい。

 ここまで紹介してきた内容を見ると「女性向けだ」という感想を抱く人もいるかもしれないが、わたしは、男性にも充分に参考になる内容であると思う。いわゆる「恋愛工学」や「モテ・テクニック」の本でも行動科学が参照されることはあるが、この本の主眼はタイトルの通り「独身のまま死なないこと」だ。

 男性向けの本では、「長期的な関係」や「愛」そのものに主眼が置かれることが少ないだけでなく、恋愛やセックスと幸福の関係も無視されてしまいがちである。この本を読んでいれば、単にモテればそれでいいというものではないことがわかるだろうし、「恋愛をしたり女性と関わったりすることを通じて自分はなにを求めているのか」ということについて深く考えるきっかけにもなるだろう。

 

 最後に、日本に特有の事情についても考えてみよう。「日本における婚活はとくに歪んでいる」と指摘されることは多い*3。おそらく、婚活に関する諸々の環境(アプリや相談所や街コンなど)は、その参加者を男女ともに「最大化主義者」とさせて、「評価的なデート」を行うことを誘導するような設計になってしまっている……そして、この本に内容に鑑みれば、それは当事者を疲弊させて不幸にさせるだけでなく、「人生のパートナーを見つける」という婚活のそもそもの目的にとっても効率が悪いのだ。

 というわけで、結婚相手を探している人であっても、おそらく最善なのは「婚活しない」ことだろう。つまり、露骨に「婚活用」に設定されている経路ではなく、他の経路を通じて相手を探すことだ。たとえばマッチングアプリを使う際にも、年収やスペックの表示が求められるタイプのアプリではなく、もっと緩くて遊びや楽しみの要素が強い若者向けのアプリを通じて探していくほうがよいかもしれない(時間はかかるかもしれないし、年齢層が高い人には厳しいかもしれないけれど)。

 婚活しか経路がないという場合にも、その「市場」のメカニズムに左右されて自分にとっての幸福を見失わないように、意識的に対抗していくことがよいかもしれない(環境に流されるのではなく、理性によって環境が自分に与える影響をコントロールする、というのはストア主義の基本でもある)。この本で書かれている「体験的なデート」のテクニックはいかにもアメリカ人的であり「陽キャ」的かもしれないが、だからこそ日本の婚活の現場では実践している人は少ないだろうし、「市場」での競合相手との差別化も図れるだろう。実践してみたら楽しいだけでなく相手にとっても良い印象を与えることができるかもしれない。それによって、自分が「スペック」的には多少不利であるとしても、相手が好意を抱いてくれる可能性はある。……まあわたしはまだ婚活をやったことがないので無責任なことしか言えないけれど、やってみて損はないはずだ。

*1:

davitrice.hatenadiary.jp

*2:というわけで『認知行動療法の哲学ーストア派と哲学的治療の系譜』の出版を楽しみにしています。

www.amazon.co.jp

*3:

gendai.ismedia.jp