道徳的動物日記

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読書メモ:『経済政策で人は死ぬか?:公衆衛生学から見た不況対策』

 

 

 邦訳が出たのは6年前であるが、コロナ禍により再注目されている。わたしは数年前にこの本をいちど通読していたが、このご時世なので読み返したくなって、改めて図書館で借りた。

 

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 いろんなところで紹介されている本であるし、わざわざわたしが紹介しなくても、優れた要約や書評はネット上のあちこちで探せるであろう。この記事では、わたしが特に関心を抱いている箇所についてだけ、メモ的に記録しておく。

 

 現在のわたしはちょうど失業中であるため、今回の再読時には「第7章:失業対策は自殺やうつを減らせるか」が最も印象的であった。

 

……不況が自殺増加の主要因の一つであることは間違いないが、不況でなくとも自殺が増えることはあるし、逆に不況というだけで自殺が増えるわけでもない。イタリアとアメリカの例のように、政府が失業による痛手から国民を守ろうとしなかった場合には、だいたいにおいて失業の増加と自殺の増加にはっきりした相関が表れる。しかしながら、政府が失業者の再就職を支援するなど、何らかの対策をとると、失業と自殺の相関が低く抑えられることもある。

(p.194)

 

 アメリカやイギリスやスペインなどでは不況時にうつ病罹患率と自殺率が増えたが、フィンランドスウェーデンなどの北欧では不況の以前から「積極的労働市場政策(ALMP)」が実施されていたためにうつ病罹患率と自殺率は増加しなかった。

 ALMPのなにが"積極的"かと言うと、失業者を再び職場に戻す再就職のための施策が充実していることだ。逆に、再就職支援に力を入れずに失業手当などの現金給付を行うだけの政策は"消極的"なものとされる。

……スウェーデンは失業者本人の積極的な行動を促すことに主眼を置いてきた。この国では、失業者はただ国から支援を受けてきたというよりも、労働力でありつづけられるように支援を受けてきたと言うべきだろう。

(p.199-200)

 

 ALMPにより、失業した場合にも速やかに再就職できる可能性が高まる。また失業中にもジョブトレーナーと交流することで精神衛生が保てるし、逆に、働いている人たちにとっても「もし失業してしまってもALMPがあるからすぐに再就職できるだろう」という安心感が与えられる。これらはいずれもうつ病の発生率を下げる効果があるのだ。

 逆に、失業手当等の現金給付では自殺リスクは下げられないのだ。医療サービスや保育支援の充実、住宅手当などのその他の社会福祉政策も、失業による自殺の解決策とはならない(p.203)。

 そして、不況下における緊縮政策は自殺率を大幅に上げる効果がある。緊縮政策は労働市場を破壊して雇用の数を減らすからだ。公務員の数を減らして、民間でも"雇用の流動化"を推進した2010年のイギリスにおけるキャメロン政権の経済政策は、もちろん、うつ病と自殺者を増やす結果となった。

 

 この本の結論部分でも、「公衆衛生に投資する」と並んで「人々を職場に戻す」ことの重要性が強調されている。

 

不況時の最良の薬は安定した仕事である。不況下においては、失業、あるいは失業への不安が健康を悪化させる強力なトリガーとなる。株価はいずれまた上がるだろうが、失業という問題はなかなかハードルが高く、景気が回復しても全員が元の状態に戻れるわけではない。だからこそ、積極的労働市場政策(ALMP)によって、不況下においてもできるかぎり失業者を職場に戻す努力をしなければならない。またそうしたプログラムがあることで、失業への不安が軽減され、鬱病患者や自殺者の増加を抑えることができる。またALMPが効果をあげれば、失業手当を受ける人が減り、労働供給も増えるので、経済にとっても助けになる。

もちろん不況時には仕事は減るのだから就職は難しい。したがって、雇用創出のための刺激策も必要になる。ケインズがーーおそらくは少し皮肉を込めてーー主張したように、失業者をそのままにして失業手当を払うより、その分の紙幣を瓶に詰め、失業者の半分を雇って穴を掘って埋めさせ、残りの半分を雇ってその瓶を掘り出させるほうが、景気対策として有効である……

(p.242)

 

 ここからは私的な雑感。

 正直に言うと、失業をした時点では失業手当などの現金給付を当て込んで、貯金を切り崩しつつもしばらくぷらぷら気ままに生きることを期待していた。本を読んだり文章を書いたり、映画を観たりなどだ。…しかし、特にコミュニティに所属していなかったり定期的に参加する活動(フットサルとか読者会とか)もなかったりする身分で失業しても、あっという間にメリハリを失ってしまい、趣味を持続することは難しい。本はすぐに読めなくなってしまったし、映画はいまでも見続けているがけっこうしんどさやマンネリ感が出てきている。コロナのせいで劇場が閉まってしまったので新作映画も見に行くことができないし、新しい社交活動にチャレンジする機会も物理的に閉ざされていることは問題だ。

 単調でメリハリがなく、そして不安だけはしっかり存在する生活を続けていたら、遅かれ早かれうつ病になるだろうなという気はする。

 ……しかし、再就職をして職場に復帰したところで、その仕事内容がつまらなかったらやっぱり精神的にダメージを負ってしまうんじゃないかという気持ちは拭えない。実際、仕事を辞める直前は「労働疎外」のことばっかり考えていたのだ。

「仮にベーシックインカムなどで生活するのに充分な金が与えられているとしても、労働を通じた社会参加を行わずに無職状態で生きることは本人の心理的・精神的・実存的な健康に悪影響である。単純労働でもいいから、労働可能な人の雇用を保証することの方が大切だ」という「ジョブ・ギャランティー」的な主張はいまでも胡散臭く思っている。たとえば、失業手当の金額とか給付期間とかが2倍になって要件とかがもっと緩くなったら、もう少し快活な失業生活を送ることができていたと思う。

 

 私事はこれくらいにして、マクロな話をすると……コロナ禍の経済悪化は「自粛要請」によって引き起こされているわけであり、現時点の経済的な施策としては、企業などに対する休業補償と私人に対する現金給付(また、住宅確保の支援)に関する議論が目立つようだ。

 しかし、公衆衛生と経済との間には、やはりジレンマが存在する。公衆衛生を重視するあまりにソーシャル・ディスタンスを徹底して外交的活動を制限する社会になってしまうと、新しい生活様式に対応した新しいビジネスが出現してそれによって生み出される新しい雇用が存在するとしても、対応できずになくなってしまうビジネスとそれによって失われる雇用の方が絶対数としてはずっと多くなりそうに思える。いま流行りのテレワークだって、「いる人間」と「いらない人間」が可視化されてリストラの促進になりそうなものだ。企業や自営業者に自粛要請をしておきながら経済的補償を行わないことが最悪の結果をもたらすことは、言うまでもないのだが。

 

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 ALMPを採用しているスウェーデンが、コロナに対しては「集団免疫」戦略を採用して自粛要請や外出制限を行わないことは、なんとなく一貫しているように思える。集団免疫戦略を採用すれば、コロナで死ぬ人はたしかに増えるとしても、失業によって死ぬ人が増えはしないからだ。

 とはいえ、フィンランドを含む他の北欧諸国は、自粛要請/外出制限とそれに対する経済的保障という戦略を無難に採用したみたいであるが。

 

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