道徳的動物日記

倫理学、社会科学、時事問題、世相などについて論じます。

「男性のセルフケア」論についての雑感

 

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 なんとなく上記の記事を眺めていたら色々とひっかかるところがあり、以前からのわたしの問題意識や関心とも関連している内容でもあるので、思うところをメモしていく*1

 

現代社会における「男らしさ」は多様化していますが、それでも「男は仕事」という価値観はいまだ根強くあります。

私が最初にそれを実感したのは、就職活動で苦労していたときです。内定がないときは自分が一人前ではないように感じていました。何も悪いことをしていないのに、平日にぶらついていて他人の目が気になったこともあります。働き始めてからも、有給休暇を取るのは気まずいし、ちょっとした体調不良で休むのは気が引けるし、「売り上げを上げるのが格好いいのかな」と感じたこともあります。

これに適応しすぎると「休むのが下手で、遊び方を知らない」大人になるのでしょう。真面目な男性ほどセルフケアが下手なのは、一生懸命周囲に合わせようとするからだと思います。つまり、男らしさと資本主義は結びついているのですね。

 

 わたしは男性だけれど、有給休暇もガンガン取るし、ちょっとした体調不良ですぐに休んでいる。それができるのは、「どうせいつか専業の物書きだか翻訳家だかになってやるし」と願望しながら、会社員として出世することを最初から諦めているからだ。

 一方で、女性であっても、会社員としてキャリアを積んで出世することを志向している若い人たちはそう簡単には休まない。安易に休んだら自分の持ち分の仕事が滞るし、査定にも響く可能性があるためだ。わたしの知り合いにはバリキャリの女性もいたが、彼女は常に一生懸命周囲に合わせようとしていて、それゆえに自分の体調を考慮せずに無理をしてしまっていた。休日もよく仕事のことを考えていたし、遊びに専心することもできていなかったように思える。

 他方、パートや派遣社員として働いている既婚女性たちは、自分の体調不良にせよ家庭内の事情にせよ、さまざまな理由から気軽に休む。それは彼女たちにとってキャリアが最優先ではないからであるし(家庭のほうが優先順位が高いのだろう)、会社のほうもそのことを承知したうえで、そういうポジションとして彼女たちを採用しているからである。そして、数は少ないけれど、同様のポジションの男性もいる。

 

 また、わたしは男性であるが、内定がなかったときに平日にぶらついていても他人の目が気になることはなかった。

 そして、わたしの周りの幾人かの女性の話を聞くと、彼女たちは、就職活動で苦労して内定がとれなかった時期にはコンプレックスやプレッシャーに苛まれていたようである。

 これは当たり前のはなしだ。ふつう、現代の大学生にとって、内定がとれないまま大学を卒業してしまうのはヤバいことだからである。新卒採用を逃すとキャリアの選択肢はぐっと狭まるし、大学を出たのに正職にも就けないと親に対して申し訳が立たない。内定が取れないあいだは将来への不安は甚大なものとなるし、周りの学生たちが自分よりも先に就職していったら、コンプレックスも強くなる。

 それは、男子学生であろうが女子学生であろうが、まったく変わりない。例外は、就職しなくてもなにも問題にならないほど家が裕福な学生か、自暴自棄になって開き直っている学生だけであろう。

 さらにいうと、体調不良で休むことや有給休暇を取ることに対する申し訳なさにせよ、内定が取れなかった時期のプレッシャーとコンプレックスにせよ、わたしの周りでは男性よりも女性のほうが強かった。単に、わたしの周りの男性には不真面目な人が多くて、女性には真面目なひとのほうが多い、というだけであるかもしれないが(しかし、男性は女性よりも不真面目であり、女性は男性よりも真面目であるというのは、ごく一般的な傾向でもある)。

 

 要点は、「男らしさと資本主義は結びついている」かどうかはまったく定かではない、ということだ。

 キャリアを志向する人は自分の社会的な立ち位置や評価を気にするだろうし、出世のためにセルフケアを犠牲にする傾向があるだろう。そして、この社会に性役割分業の規範が根強いことは事実であるし、キャリアを志向する男性の割合はキャリアを志向する女性の割合よりも高いことは確実である。

 だが、キャリアを志向しない男性もいれば、キャリアを志向する女性もごまんといる。結局のところ、ここで言えるのは、「会社員らしさと資本主義は結びついている」ということでしかないはずだ(しかしこれはほとんど自明なことだ)。

 

管見の限り、男性のセルフケアで多いのは「サウナ・筋トレ・禁酒」。一言で言うと「痛気持ちいい」ものが好き。鈍くてかたい、男性的身体をぶっ壊すもの。サウナはやっぱり交互浴。筋トレなんて文字通り筋肉破壊です。禁酒・禁煙もまたある種の修行めいています。

まず第一に、スキンケアは気持ちいい。化粧水を肌に含ませると、自分の肌がいかに乾燥していたかを実感します。

第二に、これまで美容なんてしたことがなかったので、効果が出るのが早い。私の場合、肌荒れが激減しました。。第三に、普段から美容をしている人たちが色んなことを教えてくれるので、コミュニケーションが豊かになる。妻はもちろん、同僚と化粧品の話題で盛り上がることさえあり、「おすすめアイテム」の情報がどんどん入ってきます。

 

 わたしはエクササイズと筋トレの中間にある運動を頻繁に行っている。ステッパーを踏みながら4kgの軽いダンベルを両手に持って腕を上下させるという運動だ。それなりに汗はかくし、腿や腕に多少の筋肉はつくが、シックスパックになったりすることはまずない。プロテインも摂取していないし。

 化粧水は数ヶ月前に恋人に勧められて使うようになった。たしかに、肌に水分を含ませることは気持ちいい。また、わたしの友人も同じように恋人ができてからその勧めで化粧水を使用するようになったので、たしかに男性というジェンダーにとって化粧水(や乳液)を使用したスキンケアは「盲点」ではあるとはいえるだろう。

 とはいえ、「サウナ・筋トレ・禁酒」によるセルフケアを「非」として化粧水などによるセルフケアを「是」とするのは、かなりご都合主義的でミスリーディングだ。サウナに関してはわたしは苦手なのでやっていないが、先述したように筋トレに類するエクササイズはしているし、禁酒も定期的に実行している。そして、これらを実行する際に、「痛気持ちいい」と思ったり「男性的身体をぶっ壊す」という感覚を得ることは、まったくない。

 エクササイズをして汗をかいたり痩せたりすれば顔のむくみが取れるし、禁酒を続けて睡眠時間を改善すれば肌の調子は劇的によくなる。化粧水という短期的な対処療法よりも、その効果は強い。筋トレをして酒も飲まずにぐっすり長時間睡眠をとった日の朝は、化粧水なんかメじゃないくらいにお肌がピチピチになる。

 つまり、目的が一緒で、手段が異なるというだけなのだ。とはいえ、「どんな手段を選択するか」ということについては興味関心や知識と情報量の問題もあるし、時間と費用などのコストとそれに対するパフォーマンスの評価に関する個人差の問題もあるだろう。そして、知識や情報量にはジェンダー差があることは、たしかに認めざるをえない。

 ただし、、ひとりの貧乏人として言わせてもらうと、別の箇所で「資本主義」を批判する風の文言を入れておきながら、化粧水や乳液などはコストのかかる「商品」であることが無視されているのは不誠実である。「おすすめアイテム」の情報を交換することも、様々な商品を購入して試すということが前提されているだろう。それってめちゃくちゃ資本主義的な営みじゃない?単なるスキンケアを超えた「メイク」となれば、その資本主義性はなおさら増すことだろう。なにしろ化粧品ってお金がかかるものだから*2

 

もちろん、男社会の構造そのものは、まだまだ強いです。個人レベルで「男は仕事」という価値観に抵抗しようとしても限界があります。始まりは「デキるビジネスマンのバレない時短メイク」でもいいと思うのです。いまだ強力な男社会の建前に「こう言えば通るかな」という方便も駆使しつつ、ちゃっかり自分の世話もする。その積み重ねの先に、セルフケア上手な男が増えていけば、男性だけではなく、あらゆる人にとってもう少し生きるのが楽な世の中になるのではないでしょうか

 

 さて、セルフケアをするなら、もちろんタバコは絶対に吸わないほうがいいだろう。タバコはお肌の天敵であり、健康にもまったくよくない。同様に、できるだけダイエットを継続して、肥満は避けるべきだ。肥満の健康リスクは甚大なものであるし、もちろん見た目も悪くなる(美容を語るならルッキズムを避けることは欺瞞というものだ)。

 でも、こうなると、「喫煙者とデブは自己管理能力がないとされて、アメリカでは出世できない」というクリシェに一直線である。よく考えてみると、自己管理とセルフケアの区別を付けることは困難だ。しかし、自己管理と表現したとたんに、「あらゆる人にとってもう少し生きるのが楽な世の中」とは真逆のイメージになる。フーコーとかなんとかの現代思想家を持ち出さなくても、自己管理と現代資本主義が切っても離せないものであることは、いまでは常識になっている。

 実のところ、会社や上司のほうだって、求めているのは「有給を取ったり体調不良で休んだりしない男性社員」ではなく「適度な頻度とタイミングで有給を取ってくれて、壊れたり倒れたりすることのないように自己管理できる、男性社員か女性社員」であるはずだ。どれくらいの頻度で休まれるのが望ましいかは業種や職種によって異なってくるだろう(営業なら頑丈なほうがいいし、WEB部門なら定期的に休む代わりに出社時にパフォーマンスを発揮することのほうが重要である、などなど)。資本主義の上澄みにいる「デキるビジネスマン」であればあるほど、男性であっても女性であっても、セルフケアという名の自己管理能力に長けているはずである。

 べつにそれは悪いことでもなんでもない。わたしは貧乏人だけれど資本主義が悪いものだと思っていない。しかし、たとえば資本主義と性別役割分業とか家父長制社会とかを結び付けてまとめて打倒したいタイプの論者にとっては、不都合な事態となるかもしれない*3

 

 ……というわけで、これはこの記事に限らないジェンダー論全般に対する一般的な批判だけれど、「男らしさ」やジェンダー規範を持ち出す前にいろいろと考えることはあるはずだ。

 たとえば、すべてではなくともかなり多くの事象が、「個人と組織にとってのそれぞれの合理性」という観点から分析して論じることができるのである(これこそが、「経済学的思考」の基本だ)。

 

 

 

*1:とはいえ、今回のブログの意図は、該当の記事を叩いたり批判したりすることではない。わたしも同じ媒体に寄稿した経験があるからわかるのだが、基本的にネット雑誌媒体というものは字数制限が厳しく、言いたいことを正確に伝えたり、複雑な議論を展開したりするのが難しいものだ。だから、あまりに厳密な内容を求めることは「ないものねだり」であるし、それを理解しておきながら強く批判するのはフェアではない。

*2:その点、ダンベルはいちど買えば半永久的に使えるし、ステッパーだって安物であっても一年から数年は持ってくれる。また、禁酒をして、酒の代わりにハーブティーを飲むことは、リラックス効果のみならず出費の節約という観点でも優れている。

*3:この記事の著者がそういうタイプの論者である、とはは思わない。