道徳的動物日記

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読書メモ:『人生の意味とは何か』

 

 

 

Very Short Introduction シリーズの邦訳書を紹介するシリーズ(カテゴリを新設しました)。

 

 U -NEXTの余っていたポイントを使ってビル・ナイ主演の『生きる LIVING』を観たということ、そして「人生の意味」というテーマには昔から関心を抱いていたということもあって本書を手に取ったが、結論としてはいままで読んできたVery Short Introduction シリーズのなかでも最悪クラス。訳者あとがきでは著者のテリー・イーグルトンの文章について「…体制への鋭い批判精神にあふれ、ウィットとアイロニーに富む卓抜なレトリックに裏打ちされている」(p.167)とヨイショされているが、実際には、論理的な説明によって議論を整理することなく思いつくがままに話を飛躍させながら「人生」とか「意味」とかいった単語から連想されるトピックをのんべんだらりと並べ続けただけの内容であり、読者に対して知識を提供したり読者の理解を深めたりするという意欲には全く欠けている。第四章で提示される快楽主義的な幸福感とアリストテレス風のユーダイモニア的な幸福感の対比もいまやこのテーマの著作ではありふれたものであるし、最終的な結論として幸福や人生の意味を「ジャズ・バンド」に類比させながら語るくだりも、要するに共同体主義的な幸福論や人生の意味論ということであって、それ自体は説得力あるものだがやはり(哲学や倫理学では)ありふれていて全く珍しくない議論だ。結果として本書を読むことでわたしの有意義な人生の貴重な時間がちょっと奪われたのは有害でしかなかった。

 イーグルトンはポストモダニズム批判者として名を馳せているようだが、議論を曖昧にして物事についての理解や整理に導かない「ウィットとアイロニーに富む卓抜なレトリック」のために、彼の文章もポストモダニムと同じくらいかそれ以上に人を理性から遠ざける迷妄なものになっている。また、本書のなかには原著が出版された2007年当時の世界情況を前提とした社会批判みたいなものが散りばめられているのだが、それも思わせぶりだったり当て擦りだったりしていて内容がはっきりせず、現代になっては完全に賞味期限切れなものになっている。バーナード・クリックの『デモクラシー』と同じく大御所だからといって甘やかされてきた著者を採用したせいでVery Short Introductionや入門書としての意義が全くない本が刊行される羽目になっており、こういう著者が多々いるという点ではイギリスの人文学界隈や書籍界にもなかなかロクでもない面があるのだなと思った。

 本書を読んで唯一収穫が得られたとすれば、物事を淡々と切り分けて分析する分析哲学の味気ない議論のスタイルは、とくに「人生の意味」(や「幸福」)といった壮大で重要なテーマについて論じるときにこそ必要不可欠なのだ、というのを再認識できたこと。逆に言えば文学研究者だが文芸理論家だかにこんな重要なテーマについて書かせることが間違いなのだ。『デモクラシー』が著者を代えて新たに刊行されるように、『人生の意味』のVery Short Introductionもそれに相応しい哲学者にバトンタッチさせて刊行し直すべきだろう。また、「人生の意味」に関する(分析)哲学は近年でもどんどん研究が発展しているからこそ、こんな本を手に取ってしまう人の数を減らすためにも本邦でも翻訳が進んでほしいなと思った*1