『福祉国家』、『ポピュリズム』、『移民』、『法哲学』、『マルクス』などに続いてVery Short Introduction シリーズの邦訳書を紹介するシリーズ。
今回はすばる舎から出ている『14歳から考えたい』シリーズのうち3冊を一気に流し読みしたので、ごく短い感想だけ残しておく。なおいずれも「14歳」向けではないし、「14歳」向けにしようとする努力が裏目に出ているように思えるのだが、これに関しては『14歳から考えたい 貧困』の感想を書いたときに十分に愚痴ったので割愛。
テーマがテーマだということもあり、基本的にどの本もサヨクというか左派的な観点から書かれていて、他のVery Short Introduction シリーズに比べても中立性や客観性には欠ける。とはいえたとえば『レイシズム』というテーマを中立的に扱うことは可能ではあろうがそのような行為自体が他の左派からの批判を受けるリスキーなものであろうし、『優生学』についても現在の一部の生命倫理学者なら肯定的な議論はできるであろうがそのような議論自体がかなりマイナーであるから優生学について中立的に議論しようとすること自体が(現状では)偏ったものである、みたいなことは言えるだろうから仕方がないところはあるかもしれない。
『レイシズム』については他の人の感想を見ると「難しい」という声も多かったが、レイシズムに関する社会学にある程度触れたことのある人なら「はいはいそういうことね」とか「あーああいうやつね」とか言った風に「察し」の付く議論が多く、全体的にもそこまで難解ではない。レイシズムは生物学だけでなく文化に基づくものであること、イスラモフォビアも(「レイシズム」の定義を操作すれば)ある種のレイシズムであることなどは、まじめに考えれば難しい議論であるかもしれないし矛盾も見つかるかもしれないが、薄く浅く「反差別を重視している人の言いたいこと」として理解するならすっと飲み込める。
また、本書では人種の際を強調せず個人を平等に扱おうとするカラーブラインドは被差別者の人生経験やアイデンティティを無視するものであるうえにネオリベラルだったりするからダメ、「無意識の偏見」に関する社会心理学の議論は構造的レイシズムの深刻さを真剣に捉えておらず個人の意識に問題を帰着させるからダメ、トランプなどを支持するようなポピュリストたちについて「労働者階級」であることとか「反エリート」であることを強調する議論はポピュリストたちがレイシストでもあるという問題を覆い隠すからダメ、といったことが主張されている。要するに、とにかく社会の問題は「レイシズム」によって分析しなければならないし、ついでにいうと人種間の平等は見せかけなので差異を強調した議論をしなければならない、という感じだ。……この書きぶりからも伝わるだろうが、本書を読んでいてわたしはかなり徒労感やうんざり感を抱いてしまった*1。とはいえ、本書のような議論は、現代の(左派)社会学における「レイシズム」論の典型であることは確かであるし、そういう意味では入門書として良いものだと言えるかもしれない。もちろん他の考え方に触れることを前提にすべきだけど。
また、ニコラス・ウェイドの『人類のやっかいな遺産』をはじめとする、左派社会学ではないタイプの学問や方法論に基づいた書籍や議論などが多数取り上げられたうえで「レイシズムの深刻さを理解していない」とか「レイシズムに基づく議論である」とかしてバッサリ切り捨てられるのも本書の特徴(『人類のやっかいな遺産』については私も微妙な本だと思うけど)。他の学問や他のトピックを扱っているVery Short Introdutionやその他の入門書ではもうちょっと他人の議論に対してフェアであったり謙虚であったりするものだけれど、まあそういう独善さもこの種の社会学の特徴ではあるのでやはり入門書としては逆説的にいいのかもしれない。
『セクシュアリティ』は全体的にミシェル・フーコーの出番が多く、そのせいか「規範」とか「権力」に関する言及が少し口うるさいし、進化生物学の議論についてはかなり冷淡に扱われている。「性といえばフーコー」というのもいい加減に止めたほうがいいと思うんだけど、まあ現状そうなっているんだから仕方がない。
全体的には政治的なメッセージ性はさほど過剰でもなく、古代ギリシア・ローマやキリスト教社会や近代社西洋などでセクシュアリティはどう扱われてきたか、フェミニストたちは「性の解放」やポルノについて賛否それぞれどんな議論をしてきたか、現代ではセクシュアリティやジェンダーに関してどんなことが問題になっているか……といったことが、さほどのノイズもなく、時系列順に比較的わかりやすくまとまっている。古代だと「女性は性に旺盛」だとされていたのがキリスト教以降は「女性には性欲がない」とされたことや制欲自体に関する見方が歴史上で二転三転してきたこと、マルクス主義でも「性の解放」を期待する面があったこと……などなどについては面白く感じたし、知的好奇心がそこそこ充たされた。
『優生学』は優生学の歴史を丁寧に解説する本で、ほとんどが戦前までの話で現代に関する議論は終盤に僅かにあるくらい。なので面白みはあまりなかったし、抱ける感想もとくにない。でもまあ優生学の歴史についてここまで読みやすくかつまとまった解説がされている本は邦訳書を含めてもほとんどないだろうから、そういう点では有益な本であると思った。