道徳的動物日記

倫理学、社会科学、時事問題、世相などについて論じます。

ポストモダンの右と左

 

真実の終わり

真実の終わり

 

 

 

 ようやく『真実の終わり』が図書館で借りれるようになったので、パラパラと読んでみた。内容としては大したことがなくて、HONZの書評にまとめられている以上のものはほとんど得られない。要するに、ポストモダニズム的な相対主義のためにフェイクニュースや知識に対する軽視がまかり通ってドナルド・トランプのような人間が大統領に選出されてしまった、というアメリカの現状を嘆く本だ。

ポストモダンの右傾化」という問題はミチコ・カクタニ以外の論者もよく指摘するものではある。このブログでも、フーコーとかデリダとかを批判しながら「ポストモダニズムが民主主義を毀損して右翼の増長を許したんだ」と主張する記事を紹介したことがある*1

 それとは別に、読んでいてわたしが思い出したのがジョセフ・ヒースの「『批判的』研究の問題」というエッセイだ。このエッセイでは直接には「批判理論」が問題視されているが、フーコーなども取り上げられていることだし、ポストモダニズムにもあてはまる問題が指摘された記事だといえるだろう。

 

econ101.jp

 

 最初の段落は、特に印象的だ。

 

学部生だった頃,こんな風に思っていた――《「客観的」「価値自由」なやり方で社会現象を研究する実証主義が社会科学で蔓延しているのは世界の災厄だ.そんなものは幻想だ,というか有害な幻想だ.だって,客観性をよそおいつつ,その裏には隠れた目標があるんだから.つまり,支配しようという利害関心をもってるんだ.人々を主体ではなく研究の対象として扱うなんて政治的に中立じゃない,だってそうやってうみだされる知識ってのは,どういうわけかうまいぐあいに,まさに人々を操作し管理するために必要とされるたぐいの知識になってるもの.つまり,「客観的な」社会科学はちっとも価値自由なんかじゃない,むしろ抑圧の道具になってるじゃないか.》

 

 さて、実は、わたしも学部生だった頃には上記のような"批判理論的"なマインドを持ってる時期があった。

 デリダとかアガンベンとかの、大元の思想家自身が書いた本にも手を出したりはしたが、難しかったし読みにくかったのでほとんど理解できなかった。とはいえ、彼らの思想についてわかりやすく説明する入門書とか彼らの理論を具体的な問題に援用した本はいっぱいあった。だから、社会科学のイデオロギー性とかアメリカ文学の"キャノン"に隠されたレイシズムとか諸々の政策や施策に潜む"生権力"などなど、そういうものを暴き立てるような議論にばかり触れていた時期があったのである。つまり、一見すると当たり前であったり中立であったりする制度や事象のなかに潜む隠された意図や権力を見出すこと、それもナショナリズムであったりレイシズムであったりセクシズムであったりなどなどのできるだけ悪どい意図や権力を見出して批判すること、ということこそが"文系"の勉強である、と思っていたフシが自分のなかにあったのだ。

 学部の友人たちには、上記のような文字通りの"批判理論マインド"を持つ人はいなかったように思える。その代わりに、価値や知識に対する批判理論的/ポストモダニズム的な相対主義を、多かれ少なかれ抱いている人が多かった。そういう考え方は、たとえば大学の一般教養で「科学と現代社会」といった題名の授業を受けたり、大学受験の現代国語科目の模試や過去問でそれらしい評論文を解いたり、あるいは少し賢しらな作家が書いた漫画や小説なんかを読んでいくうちに、目端の利く学生であれば自然と身に付けていくものなのだ。

 ……理系の学生であったり、文系であっても歴史学や経済学などを真面目に勉強する学生であれば、ゼミでの指導や卒論の執筆を通じて「研究って思った以上に大変だし、ちゃんとした手続きや制度があるし、根拠とか論証とかも求められたりするし、好き勝手になんでも言えるものじゃないんだなあ」と気が付くかもしれない。しかし、すべての学生が真面目に勉強しているわけじゃないし、哲学や文学などの場合にはいくら勉強しても「でもこの内容が実際のところどれくらい確かで客観的であるかなんて、わかったものじゃないよなあ」というモヤモヤを抱えたまま大学を卒業する、という人も多いことだろう。

 そして、"批判理論マインド"を持っていた頃のわたしはサヨクであった……すくなくとも、サヨクを目指していた。それに対して、わたしの周りの"相対主義者"な連中の大半は程度の差はあれどもウヨク的な人間が多かった。同級生のほとんどは「正義の反対には別の正義がある」「善悪の基準は時代によって変わる」という価値相対主義的なことを言いたがっていたし、当時流行っていた歴史修正主義の問題についても「でも歴史の教科書ってけっきょくその時代の主流なイデオロギーや権力によって書き換えられるし、歴史学の人たちがいくら議論したところで結局のところ歴史的な事実なんて確かめられるはずがないよね」と、(本人が自覚しているかどうかはともかく)歴史修正主義に親和的なことを言う人が多かったのである。

 

 しかし……いまから思うと、ポストモダニズム的な考え方に触れたのなら"相対主義者"になる方が自然なのであり、"批判理論マインド"を持つようになる方が不自然であったのだ。

 前者はポストモダニズムの考え方を額面通りに受け入れた結果、右も左も関係なく、なんにでも疑いや批判の目を向けている。一方で、後者は疑いや批判を向ける対象を「権力っぽいもの」「強者っぽいもの」「マジョリティっぽいもの」に限定して、そうでないものはスルーしている。なにを批判してなにをスルーするか、という選別には明確な基準があったわけでなく、"お約束"や"空気"になんとなく従っていた。「これは悪どいから批判の目を向けるべし」という対象とそうでない対象とをあらかじめ選別していて、前者にだけ批判の目を向けていたのだ。

 さらに言えば、対象が「悪どいものである」という結論が先立っていて、そのうえで「悪どいものがやっていることだから、なにかしらの悪どい意図や悪どい目標が隠されているはずだ」とみなして、がんばってそれを見つけ出してあばき立てる、というかたちで思考を展開していた気がする。……すくなくともわたしはそうであったし、また、わたしが本や授業やネットで触れていた批判理論的/ポストモダニズム的な議論も、だいたいはそういう論点先取的な発想に基づいて編み出されたものであったように思える。

 

 さて、最近はあまり話題にならなくなってきたが、ひと昔前のネット論壇……というかはてな論壇では「歴史修正主義」をめぐる議論が盛んに行われていた。

 それも、単純な右派と左派の対立ではなく、歴史修正主義を肯定/容認する"わかっていない"ポストモダン相対主義者と、それを批判する"ただしい"批判理論家の対立が主であった(というか、大学にポストを得ていたり主流メディアで発表する機会のある前者に対して、ネットが主な活動の場である"はてサ"がブログなどで批判する、という構図であったような記憶もある)。

 いまから思うと奇妙であるのは、ポストモダニズムそのものに対してまで批判が向けられるのではなく、あくまで「日本のポモ」だけが槍玉に上がっていたことだ。ポストモダニズムそのものについては「デリダはそんなこと言わない」などと擁護されており、左翼であり反権力であるデリダとかフーコーとかの「意図」や「動機」を無視して当人たちが望んだのとは正反対の方向に理論をはたらかせたから日本のポモはダメだ、というかたちで批判がおこなわれていたのである。

 しかし、ある理論の使い道や用途はその理論を生み出した当人の意図や動機に基づいて制約されなければならない、なんてことはないだろう。

 たとえば、西洋の思想家たちは古代から近代にいたるまでおおむね女性差別的であったり人種差別的であったりしたが、彼らが生み出した理論がいまでは性差別の問題や人種差別の問題を分析して批判することに用いられている。問題点を修正したりアップデートしたりしながら、その理論を生み出した当人には予想もつかないところへと適用されるようになっていく、という発展性とか拡張性とかが、理論というものの性質であり面白さでもあるだろう(だから、理論を応用した相手に対して「それは換骨奪胎というものであり、その応用の仕方は間違っている」と批判することも、大概は不当であるのだ)。

 そして、ポストモダニズム理論(あるいは批判理論)を生み出した人たちが左派だったとしても、その理論が右派にとっても都合よく使えるものであることは、火を見るより明らかであったのだ。

フーコーデリダ歴史修正主義者を支持するわけないから、ポストモダニズム歴史修正主義を擁護するのは無効です」なんて通じるわけがない。理論を生み出した人たちの意図や動機を持ち出さなければ"悪用"することを防げないのだとしたら、その理論自体がもとからガバガバで問題のあるものだった、ということである。……だから、日本における歴史修正主義の問題だけでなく、海のむこうで"ポスト・トゥルース"や"オルタナティブ・ファクト"な風潮を生み出してしまうことも必然だったといえよう。

 

 ポストモダニズムや批判理論に基づいて、相手のことを「客観性をよそおいつつ、その裏には隠れた目標がある」という風に批判することには、自家中毒の危険がある。

「すべての理論や議論には意図や目標が隠れているのであり、相手だって俺だって客観的な事実を論じることはできない。相手にも意図や目標があり、俺にも意図や目標があるのだ。そして、俺も相手も自分の意図や目標を遂行するために議論を展開しているのだとすれば、アカデミアは真実を追求する場ではなく、どちらがよりもっともらしいことを言って主導権や影響力を握るかという闘争の場である。だから、確かさや客観性を保ちながら真実を追求するのではなく、自分の派閥の力を強めて相手の派閥の力を弱めることをがんばろう。批判の目も、相手にだけ向けるのが正しい。自分の側の議論にも批判の目を向けると敵に塩を送ることになってしまい、敗北につながりかねないからだ」となってしまうのだ。……ごく一部ではあるだろうが、こんな認識でがんばっている人はアカデミアのなかにもマジで存在していることだろう。

 マルクーゼの名前は忘れられても、彼の生み出した「抑圧的寛容」の発想はいまでも影響力を発揮しつづけている*2。あるいは、ジョナサン・ハイトが指摘するように、マルクスは「社会正義大学」の守護聖人でありつづけている*3。近年におけるポスト・トゥルースの問題とか、ちょっと前のポストモダン論争とかも、大元はこのあたりにあるのだろう。